パトリツァ・コンタビリタ 二十七
医師の病状説明でショックを受けたわたくしに、お兄様、旦那様、マリウス殿下が口々に貶めるような事をおっしゃって、心の傷に塩を塗りたくります。
わたくしがいったい何をしたというのでしょう。懸命に侯爵夫人として社交界の華と君臨すべく、精一杯がんばっていただけですのに。
皆様にはわたくしが侯爵夫人としての務めを果たせたのはアナトリオを産んだだけだと。使用人の統括もお金の管理も夫の領地経営の補佐も、何一つ満足にこなせておらず、全てあのお方にフォローしていただいてたのだと言われてしまいました。
なんという屈辱でしょう。
「ひどいですわ……アバズレはあの方のほうでしょう?旦那様をたぶらかしていつも二人きりでいやらしい事をしていたんですから」
「お前、言うに事欠いて何を……?クロードは、少なくとも性交できる身体じゃないぞ。相手が女だろうが男だろうが」
「……は?」
お兄様が呆れと蔑みの籠った声で吐き棄てるようにおっしゃいましたが……今、信じがたい言葉が聞こえた気がするのは気のせいでしょうか?
「ディディは幼少時に事件に巻き込まれて大きな怪我をしているんですよ。だから貴女が勘繰るような行為はできません」
「そんな……嘘でしょう?だって夜中に執務室でえんえんと口付けを……」
「ディディが神殿に呼ばれて治癒魔法を使わされた時ですか?衰弱して水も飲めない状態だったので口移しで飲ませていただけですよ。脱水症状を起こしかけていたので」
「自分が男を咥えこむ事しかしないから、他人も同じだと思い込んでいたんだな。
清廉なクラウディオと淫売のお前を一緒にするな」
旦那様もマリウス殿下も冷たい声で淡々とおっしゃいます。
あの方と旦那様の不貞を疑うのは、わたくし自身が不貞を働いてばかりのいやらしい人間だからだと。
「そんな、ひどい……たすけてエスピーア様……」
「エスピーア?ああ、イプノティスモの次男坊か、そういえばお前の情夫だったな。あいつならとうに裁判も終わって処刑されたぞ。お前の『お友達』のプルクラもな。
今回の実行犯というだけでなく、児童売春に孤児育成手当の着服、人身売買や麻薬の取引……叩けば埃しか出ない連中だったな」
「し……処刑……」
「もっとも、エスピーアはなぜか腎臓と盲腸が引きちぎられたように消えていたのに、外傷がなかったせいで腹腔内の出血に気付くのが遅れてな。
酷い腹膜炎を起こしていたから、危うく処刑を待たずに死ぬところだったらしい」
「そんなむごい……」
「とにかく、こいつが侯爵夫人にふさわしいかどうかは別としてだ。これだけの事をしでかしたんだから、何もお咎めなしという訳にはいくまい。公開裁判を受けて全国民の前で罪人として罰を受けるか、表向き病気療養という形にして幽閉するか。どちらが良いか、一応本人の希望を聞いてやる」
「どうしますか?私としては家名にこだわりもないし、貴女に裁判を受けていただいて全く構わないのですが」
あまりの事に絶句するわたくしに、マリウス殿下と旦那様が、どうでも良い事のようにおっしゃいます。
実際、お二人にとってはどうでも良い事なのでしょう。わたくしも、何もかもどうでも良くなって参りました。
わたくしがあんなに頑張っていたのに、誰もわたくしを理想の侯爵人だとは思っていなかった。
旦那様も、顔合わせの時におっしゃっていた「あくまで王命による政略結婚」という言葉は照れ隠しでもなんでもなくて、本心からのものだった。
あの方と旦那様の不貞を信じて糾弾する、正義の戦いを挑んでいたはずが、わたくし自身の不貞と犯罪を糾弾されただけだった。
どうせわたくしがいくら頑張っても誰も認めてくれないのです。だったら社交とも旦那様とも関係のないところで誰にも会うことなく、誰にも傷つけられたり馬鹿にされたりすることなく、静かに暮らすのが一番でしょう。
「……わたくしを領地にお連れ下さい」
「よく決断しましたね。それではゆっくり療養していらっしゃい。きっと気に入りますよ」
そしてついに旦那様は、顔合わせでお目にかかってから初めて、心からの笑顔をわたくしに向けて下さったのです。