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エルネスト・タシトゥルヌ 二十六

 パトリツァが強引にディディを連れ出したという報せをもらって駆けつけた俺が見たものは、意識を失って倒れたゴロツキ風の男が二人と、薄汚い路地に腹を押さえて転がって、ぎゃあぎゃあとみっともなく喚く男女。

 ……そして、血の海のなかで力なくうずくまるディディの姿だった。

 慌てて駆け寄って抱き上げた彼は、美しい髪は耳下で無残に切られ、顔色は蒼白を通り越してもはや灰色がかっていた。形の良い爪も一枚残らずはがれている。身体は氷のように冷たい。

 俺の必死の呼びかけに、一度だけうっすら瞼をあけてくれたが、既にオレンジの瞳は虚ろで焦点があっていなかった。


「……えりぃ……ごめん……」


 血の気が引いて青紫色になった唇から掠れた声がかろうじて漏れて……わなないた唇がかすかに動いたかと思うと、抱きしめた身体がずしりと重くなった。

 もう、いくら呼びかけても、何か反応が返ってくることは二度となかった。


 赤黒い血の海に血の気を失ったディディの顔。覚えているのはそれだけだ。

 その後は何をどうしていたのか全くわからない。頭の中は真っ白で、もう何も考えたくなかった。


 気が付くと屋敷にいて、物言わぬディディを抱きしめていた。

 しなやかな身体はもう硬くこわばっていて、ぬくもりなど微塵みじんも感じられない。目蓋は閉じられたままで、あの美しいオレンジ色の瞳が俺を優しくみつめてくれることはもう二度とないのだ。


 全てが悪夢の中のようで現実味がない。

 そんな中、現場で取り押さえられた賊の中にエスピーアがいたこと、奴が何故か右腎臓が欠損した状態で発見されたこと、パトリツァも左腎臓と子宮、卵巣を失った状態で発見された事などの報告を受けた。

 エスピーアは臓器を失った激痛でよほど参っているのか、尋問するまでもなくペラペラと情報を吐いているらしい。

 これで物的証拠を固めるまでもなく令状を出すことができるとマリウス殿下が凄みのある笑顔で言っていた。


 侍女や随行した護衛の証言で、パトリツァは待ち伏せのある路地まで意図的にディディを連れて行ったこと、あっさり襲撃犯を撃退しそうなディディに恐れをなして後ろから抱きつき、確実に殺害させようとしたことが分かったそうだ。

 毒が回って倒れたディディをあざけり、嬉々として自分たちの殺害計画がいかに完璧かを高笑いしながら披露していたらしい。それが、いきなり倒れたかと思うと、腹を押さえてぎゃあぎゃあ泣きわめき始めたのだと言う。

 今さらどうでも良い情報ではあるが、あの女は人身売買の共犯であるだけでなく、ディディ殺害においても実行犯の一人だったということだ。


 何を言われても言葉が脳内で意味のある情報としての像を結ばず、ただの無意味な音の羅列として右の耳から左の耳へと流れて出て行ってしまう。頭の中に靄がかかったように、何を見ても聞いても現実感がない。

 ……もう、何もかもどうでもいい。

 俺はなぜまだ生きているんだろう……?




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