パトリツァ・コンタビリタ 二十一
お昼過ぎにプルクラ様からのお返事が届きました。もちろん中にこっそりエスピーア様からのお便りも忍ばせてございます。
プルクラ様からのお手紙には、あの方がとても大切なお役目を果たしたため、しばらくは法務省に登庁できなくなり、その分旦那様のお仕事が増えて屋敷に戻れない日が続くので、その間にあの方を連れ出してほしいと書かれていました。
しかしあのお方の私室は旦那様の執務室の隣。警備のものが厳しく見張っていて近寄ることができません。
いったいどうやって外に連れ出せばよろしいのでしょう。
エスピーア様からのお便りには、必ず助け出すので信じてほしい、毎朝あの方の道楽に付き合わされて大変だろうがあと数日我慢してほしい、と書かれていました。可能ならば2日後の午前中にあの方を連れ出してほしいとも。
このお便りを読んでわたくしは天啓が降りたような心地がしました。
いくらあの方が自室にこもりきりでも、毎朝かかさず行っているアナトリオの散歩の時は必ず出てきます。そこを狙って話しかければ良いのです。
そうとわかれば明日から早起きしてあの方の茶番につきあってやりましょう。
そして2日後、何とか言いくるめて街に連れ出すのです。プルクラ様、エスピーア様にお返事を出して、どこにどんな口実で呼び出すのか指示をお願いします。
そして待望の2日後。
昨日、今日と決死の覚悟で早起きをして、アナトリオの散歩につきあいました。何があってもひたすら我慢して文句も言わずにいたので、あの方は少しわたくしを見直した様です。
アナトリオも満足して疲れたようなので、乳母に沐浴と食事の世話を任せ、わたくしたちも朝食をとることにしました。
「何か良いことでもありましたか?とても嬉しそうですが」
あっという間に食事を終えて、食後のコーヒーを愉しんでおられたあの方が尋ねられました。
わたくしはまだ半分も食べ終えておりませんのに、どうやって詰め込んだのでしょう?
「いえ別に。それより、プルクラ様から久しぶりに孤児院に行かないかとお誘いがありまして。子供たちがわたくしに会いたがっているそうで……もしよろしければディディ様もご一緒しませんか?」
「パトリツァ夫人、私は家族でも友人でもございません。愛称呼びはお控えください。
それから、孤児院の慰問ですが今は少々物騒な時期ですのでおやめください。
どうしてもとおっしゃるならば充分な護衛が必要です。ご主人に使いを出して伺ってみましょう」
失礼な事を言われてしまいましたが、今日は大事な日です。大人なわたくしはこんな下らない煽りはにいちいち反応しません。
それより、旦那様に使いを出すのはいけません。わたくしがあの方と一緒に出掛けようとしているなんて聞いたら旦那様は何をおいてもすぐ飛んで帰られることでしょう。
プルクラ様のお話では、あのお方は孤児院に並々ならぬ興味がおありだから、中に入れると匂わせれば必ず乗ってくる筈でしたのに……
「護衛ならあなた一人で充分でしょう?騎士団の手練れ顔負けの武芸の達人とうかがっておりますわ。
無粋な護衛が何人もついてきては、子供たちが怖がってしまいます。どうかわたくしと二人でいらしてくださいな」
「それはできません、せめて侍女と一緒でないと。護衛も私の他にあと2名は必要です。その条件でご主人に外出して良いか伺います」
「そんな、お忙しい旦那様を煩わせるなんて……たかが孤児院の慰問くらい、自分で行くかどうか決められないのですか?
それともわたくしへの嫌がらせ!?酷いわ……酷すぎる……っ!!」
わたくしが涙を流して見せますと、あの方は何とも深々とため息をついたのち、渋々といった体で旦那様へのお伺いを立てずに出かける事を認めました。
まったく、このわたくしが誘ってやっているというのだから、素直に喜んで言いつけに従えば良いものを。愚か者はだから嫌なのです。
でも、これでプルクラ様、エスピーア様とのお約束が守れます。これでわたくしも晴れて自由の身になれるのですわ。
そう思えば愚か者が少々駄々をこねたくらい、笑って許してやれる気がします。わたくしったらなんて心が広いんでしょう。