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エルネスト・タシトゥルヌ 二十四

 また神殿に呼ばれて大規模な治癒魔法を行使させられたディディ。魔法は成功して患者はすぐに回復したが、ディディは施術直後から昏睡状態で全く意識が戻る様子がない。

 血の気が引いて蒼白く見える肌にびっしりと脂汗を浮かべ、苦し気な息をする彼を見守る事しかできない俺は、一睡もできないまま目の前の書類を処理する事で不安と焦りでいっぱいの心を誤魔化していた。


 このまま目覚めなかったら……そんなことになったら俺はもう生きてはいけない。

 少しでも気を緩めると、恐ろしい想像が脳内を埋め尽くして息ができなくなりそうだ。だから目の前の書類に集中して、つとめて他の事は何も考えないように必死になった。

 幸か不幸か、処理すべき書類はいくらでもある。ディディが当分職務に戻れない以上、今まで二人でやっていた職務を一人でこなさなければならない。

 夜が明けて、とりあえず身支度だけは整えようと執務室を出る。一斉検挙に向けて、細々とした指示も出さねばならない。ディディを一人残していくのは断腸の思いだが、今日も登庁せざるを得まい。

 できれば数日中に手配を済ませて全てに片を付けてしまいたい。


 執務室を出てすぐ、昨夜何度もパトリツァが入ってこようとしていたと告げられた。警備担当者の疲れた様子を見るに、深夜にも拘わらず何度も何度も押し問答する羽目になったようだ。

 この非常時に、しかも夜中だというのに一体何の用だというのだろう?


 手早く朝食と身支度をしていると、その間にまたパトリツァが懲りずに執務室に押し入ろうとしたらしい。そんなに火急の用があるとも思えぬのだが、放置しておいて留守中にまた騒がれても面倒なので、登庁前に話を聞いておこう。


「おはよう、パトリツァ。昨日から何度も執務室に来ようとしていたらしいけれども、何か急な用事でも?」


 食堂に入り、俺の顔を見つけた途端に勝ち誇ったような表情になったパトリツァは、しかし不機嫌そうに放たれた俺の言葉を聞いた途端にまた不満気な顔になりしどろもどろに答えた。


「い……いえその……旦那様はどうしていらっしゃるかと」


「今はとても大切な政務を抱えています。機密文書もあるので執務室には決して近づかないように。何か急な用があるなら執事か警備の者に伝えて下さい」


 この忙しい時に特に用もないのに邪魔をしないでもらいたい。


 うじうじと恨みがましい目をして口の中でぶつぶつ言っているパトリツァは孤児院に行けないのが不服なのだろう。幼い子供を欲望のはけ口にして、恥ずかしくないのだろうか。

 いや、それが人として恥ずかしい、とんでもない悪行だと理解できないからこそいくら止められても繰り返すし、止められて不平不満をため込むのかも知れないが。


「しばらく不在がちになりますが、どうしても出かける時は必ず侍女と護衛を連れて行くように。行き先は執事の誰かを通して必ず伝えて下さいね。それから、孤児院に行くときは私も同行しますから。決して私が不在の時は行かないように」


 しっかりと言い置いて、急ぎ登庁した。

 念のため、パトリツァがディディを害する事のないよう、執務室には絶対に近付けないよう警備の者に念を押しておく。


 それから2日は何事もなく過ぎた。

 パトリツァも少しは反省したのか、翌日から起き上がれるようになったディディとトリオの散歩の場に現れて、彼がトリオの世話をする姿を黙って見ていたらしい。珍しく癇癪かんしゃくを起こすこともなく、トリオが彼女を嫌がって避けても泣いたり暴れたりはしなかったそうだ。


 このまま何事もなくこちらの捜査が終わるまでおとなしくしていてくれれば良いのだが……


 そんな俺の甘い考えを嘲笑うような事態が起きたのは、ディディが倒れて三日後のことだった。

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