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エルネスト・タシトゥルヌ 二十三

 またディディが神殿に呼び出されたと言い出した。

 今度は血液の病気で苦しむ子供のために、血液と骨髄をまるごと再構築するらしい。いくら幼い子供だからって、全身の血液と骨髄を全て作るとなると、どれほどの代償が必要となるのやら……とても見当がつかない。

 どうしても納得が行かなくて、何度も話し合った。


「どうしても断れないのか?時期が時期だし、どう考えてもあやしすぎる。

 だいたいついこの間だって無茶な願いを聞いてやったばかりだろう?どうしてお前がここまでしてやらなければならないんだ」


「そういう問題じゃないんだ。まだたったの5歳なんだよ。僕の術でなければ助からない。僕が術を使えば元の健康な身体に戻れる。

 トリオが同じ病気になったらエリィは同じことがいえるの?」


「そんな事を言って……消費されるのはお前の生命だろう!?このままじゃ寿命を削り取られて死んでしまうんじゃないか?

 前回倒れてからまだ1か月も経ってないんだぞ!?」


「大丈夫だから。僕を信じて」


「前回術を使ってからまだ全然回復していないじゃないか。今度こそお前の生命が失われるかもしれないんだぞ。お前に危険な真似はして欲しくない。

 本当は一回だってあんな奴らに協力させたくないんだ。頼むからわかってくれ!!」


 何度話し合っても同じ事の繰り返しで、結局は俺が折れる羽目になった。

 彼は自分のせいで、誰かが不幸になる事を極端に恐れている。

 自分の施術を受けられれば健康体に戻れるのだから、もしその子が苦しみ続けたり、亡くなるような事があれば自分のせいなのだと、そう思い込んでしまうのがディディなのだ。病気の子供の存在を知らされた時点で、彼に断ると言う選択肢はないのだろう。

 彼のそんな性格をわかった上で、このタイミングで依頼をしてきた神殿には不信と憎悪の念しか湧かない。


 数日後、結局神殿に呼び出されたディディは術を使った。

 俺も付き添いたかったが、控室までしか入れず、術を使っているところは見られなかった。施術を終えて戻って来たディディは俺の顔をみた途端に緊張の糸が切れたかのように崩れ落ち、そのまま完全に意識を失った。

 昏睡状態の彼の顔は蒼白で、抱き上げた身体は氷のように冷たく、心音も弱々しい。

 このまま死んでしまうのではないか。そんな恐怖心にかられ、神官がベラベラと何か言っているのを無視して屋敷に急いだ。

 使用人に指示を出して執務室に寝台を持ち込み、付き添いながら休ませることにする。

 いくつか処理すべき書類も持ち帰ったので、「呼ばれぬ限りは誰も執務室に絶対に近付かぬように」ときつく申し渡し、執務室のある二階の廊下の出入りは私兵に警備させた。


 夜半、うなされ続けるディディに何度か口移しで水を飲ませた。そのたびに、少しだけ呼吸が楽になるようだが、またすぐに苦し気な浅い呼吸に戻ってしまう。

 俺の生命などいくらでもくれてやるから死なないでくれ。祈りながらも政務はどんどんこなしていく。


 残念ながら、今まで二人でこなしていた政務を俺が一人でこなさなければならないので、登庁せずに職務をこなすのはまず無理だ。奴らが捜査官の存在に気付いてしまっている以上、一日も早く令状を取って一斉に検挙しなければ、またトカゲのしっぽ切りをされてしまう。

 屋敷にディディ一人を残して登庁するのは断腸の思いだが仕方がない。

 見守る事しかできない俺は一睡もできないまま夜が明けて、とりあえず身支度だけは整えようと執務室を出た。


「旦那様、実は……」


 二階の警備にあたっていた私兵が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「どうした?」


「パトリツァ夫人が何度も何度も執務室に入れるようにおっしゃられまして……」


「何だと?」


「職務上の機密事項もあるので、旦那様のお仕事が終わるまでお待ちいただくよう何度も申し上げたのですが……」


 この非常時に、しかもこんな深夜に何の用だろう?警備担当者の疲れた顔を見る限り、彼の説明を聞こうともせずに何度も押し入ろうとしたのだろう。


「ご苦労だった。すまんが、いくらゴネられても私の不在中は誰も執務室に入れないように。ただし、後でケイロン医師せんせいがいらっしゃったらディディの診察をお願いしてくれ」


「かしこまりました」


 頭を下げる警備担当者に「世話をかけるな」と声をかけ、急ぎ登庁の準備をしながら、俺は不安と焦りで胸が締め付けられるようだった。

 いかん、冷静さを失ったら奴らの思う壺だ。さっさとあの犯罪者どもを一網打尽にして後顧の憂いをなくしてしまわねば。


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