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エルネスト・タシトゥルヌ 二十二

 その後、既に先約のある予定を除いてパトリツァにはしばらく外出を控えてもらうことにした。あの一味から距離を置くためだ。


 しばらくの間は我々が出勤している間にトリオと過ごす時間を作っていたようだが、トリオが少しでもぐずったり何か汚したり、オムツ替えをしてもらいたがったりするたびに癇癪かんしゃくを起こして喚きたてるため、乳母たちは途方に暮れていた。

 誰も何も言わないが、トリオに手を上げる事もあるらしい。報告に来る乳母が手や顔に痣を作っていることがある。おそらくトリオをかばってパトリツァに殴られたのだろう。

 挙句の果てに孤児院の子供たちがいかに躾が行き届いていて美しかったかを並べ立て、子供とはかくあるべきと喚きたてるので、ついに乳母が耐えかねた。

 このまま好き勝手に毒を吐かれていてはトリオのためにならない。


 その話をしたら、ディディも何度かパトリツァがトリオに手をあげようとするのを見たと言っていた。自分がついていればすぐに止められるし、万が一の時にもすぐ治癒できるけれども留守中に何かあったら対処できないと表情を曇らせた。


 結局、今まで通りに朝ディディがトリオと過ごすのを見て、子供との接し方を学ばせることにした。

 俺やディディにしたら、朝の鍛錬を終えてから身体を清め、さらに朝食を終えてからトリオの世話をしているので、トリオとの散歩は決して早い時間ではない。

 しかし、パトリツァにとっては早朝にむりやり叩き起こされているように感じるらしい。貴婦人というよりはとても成人とは思えないふくれっ面でいやいや散歩に同行しては、ぶつぶつと悪態をついている。

 不平満々なのはわかっているが、息子の前では少しは母親らしく振舞ってほしい。


 そしてここ数日、プルクラ・ティコスから頻繁に手紙が来ているらしい。

 パトリツァはしきりに自分が不当に屋敷に閉じ込められている事を訴え、その元凶がディディであると主張しているらしい。

 エスピーア・イプノティスモからも届いてはいるが、こちらはさすがに本人に渡さず内容を確認してこちらで保管している。

 本当はこのような家族あての私信を勝手に改めるようなことはすべきではないのだが、残念ながら自分から犯罪に関わってしまっている以上、致し方がない。


 部屋の清掃にあたるメイドがこっそり確認したところ、プルクラからの手紙には、不審な者が教会や孤児院を探っていて、奉仕活動が妨げられているというような内容を、大げさに、さも非道な弾圧を受けているかのように書かれていた。先日山岳地方で行った人買いの一斉検挙を思わせる文面もあって、奴らが相当に焦っているのが感じられる。

 間近に捜査の手が及んでいる事はわかっているようで、おそらく潜入した捜査官もある程度割り出されてしまっているだろう。下手な動き方をして消されたりしないよう、警邏の方によくよく釘をさしておかなければ。


 あの日以来、パトリツァの事は顔を見たらついつい罵ってしまいそうで避けてしまっている。本当はエスピーアの事などもきちんと話し合わなければならないとわかってはいるのだが。


 ディディに嫉妬した挙句、自分の所有物にしようとして私室にまで押しかけ、無理矢理に性的関係を持とうとした。幼少時、彼が義母から受けていたものと同じ虐待を孤児院の子供たちにしている女が、自分に同様の行為を押し付けてくる。どれだけの恐怖だっただろう。

 それを思うだけでも、彼女の顔を見るだけで底知れぬ怒りがこみあげてきて、とても冷静さを保つ事ができないのだ。


 おそらくそうやって俺が避ける事でまたディディを逆恨みする悪循環に陥ってるのだろうとは思うのだが……


「今日もアナトリオの散歩はディディがつきあってるのか?パトリツァはディディにアナトリオを取られたくないから自分で面倒を見ると言う話ではなかったのか?

 結局は全てディディに任せきりで、自分では何もしていないではないか」


 今朝も登庁の準備を済ませて階下に降りると、トリオはディディと散歩していた。パトリツァは影も形も見えない。

 そんなにトリオの世話が嫌だったら、ディディがトリオと過ごすのに対していちいち口出ししなければ良いのに。


 俺はギラギラと憎悪に塗れた目でディディを睨みつけるパトリツァに対して、外に出さなければ自力では大したことができないとたかをくくってしまっていた。

 もしこの時点で彼女を領地の修道院に入れて療養させるなどすれば、あのような事にはならなかったのかもしれないのだけれども。

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