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エルネスト・タシトゥルヌ 十

 翌朝になるとディディは起き上がれるまでに回復して、少量ではあるが温かなヨーグルト粥を食べる事も出来るようになった。心なしか顔色もだいぶよくなっている。


「ぐっすり眠ったらすごく楽になったよ。なんか、ずっとエリィの夢見てたな」


 にこにこ笑いながら嬉しそうに言っていた。

 ふと昨夜のことを思い出して赤面しそうになるのを必死にこらえる。俺のしたことを万が一知られでもしたら、間違いなくトラウマを刺激して彼に恐ろしい思いをさせてしまうだろう。

 やましい心からではなかったとはいえ……いやだからこそ、彼に余計な負担をかけるような事実は知らせないに限る。


 さすがに今日は仕事を休んで俺の留守中は自室から出ないようにと重々言い置き、使用人たちにもしっかり看護するよう指示しておいた。

 後ろ髪を引かれる思いで登庁すると、わき目も降らずに職務に没頭した。定時になったらすぐ帰宅できるようにしなければ。

 幸いなことに『妻』もここ数日はおとなしくしてくれている。適当に機嫌をとりつつ、ディディに余計なちょっかいをかけないようにさせなければ。


 結局、ディディが休んでくれたのはたったの二日だけだった。

 翌日には朝誰よりも早く起きて軽く鍛錬して、汗を拭いて朝食を摂ったらトリオの相手。それでももう一日休んでくれただけ良しとしなければならないのかもしれない。


「うちに一人でいても、つい身体動かしちゃったりしてかえって休まらないし。

一緒にいちゃ、だめ?」


 こう上目遣いで言われては連れて行くしかない。ディディが横にいた方が職務の進み方も早いしな。

 特に何も言わなくても欲しい資料がちゃんと揃っているし、照合しながら不審に思っているところがあると「これじゃない?」と該当する場所を教えてくれる。補佐官として、文句なしに優秀。

 おかげで仕事がはかどること、はかどること。一緒にいれば無理をしすぎないうちに連れ帰ることもできるので、かえって身体を休められるかもしれない。


「やっぱりイプノティスモ家とティコス家は真っ黒だね。あちこちから口減らしの子供を安値で買いたたいて連れてきてる。

 ほとんどは鉱山に売ってるみたいだけど、見目の良い子は王都に連れてきて『躾』をほどこしてから商品にしているようだ」


「なるほど。買い付けがイプノティスモ家、仕込みがティコス家か。まったくクズばかりだな」


「まだ10歳にならないような子まで客を取らせているのか。絶対にゆるさない。二度と同じことができないように、組織の末端まで叩き潰さないと」


 表向きはご立派なふりをして、陰でコソコソ犯罪に手を染めている連中のいかに多いことか。

 他人の人生を踏みにじり、食い物にしておいて、自分たちはそこからうまい汁だけを吸い上げていく。奴らの欲する目先のささやかな利益のために、どれほどの人が生き地獄を味わっている事か。


 着々と奴らの摘発の手筈は整いつつある一方で、『妻』はイプノティスモ家の次男と大っぴらに遊び歩くようになった。

 以前は単なる取り巻きの1人だったのだが、先日の夜会以来、頻繁に外で会っているらしい。侍女からの報告を受けて一応苦言は呈しておいたのだが、やれ妻を疑うなんて酷いの、告げ口した侍女はズルいのと泣き喚くので、終いには付き合いきれなくなって放置してしまっている。


 おそらく男の方は我々の手の内を探りつつ、あの女を共犯に引きずり込むことで摘発の手を緩めさせるつもりだろうが、いざとなったらあの女ごと断罪するのみだ。俺自身は家名など気にしないし、奴らを根こそぎ摘発出来れば派閥の力関係も気にしなくて済む。

 建前上の『妻』であったとしても、さんざんに裏切られ続けた今となっては切り捨てる事に躊躇ちゅうちょはない。


 大々的な摘発になる以上、騎士団を動かさざるを得ないので、それだけにしっかりとした裏付けがいる。一味の取りこぼしがあれば、またどこかで同じ手口で同じことをやりだすに違いない。


 貧困にあえぐこどもたちは元手のいらない商売道具になる。仕込んで価値を上げても良し、使い捨てにしても良し。

 そんな事をさせないために、組織の隅々まで一斉に取り締まらなければ。そのためにも、徹底的な調査あるのみである。


 結局、今夜も退庁できたのは外が完全に宵闇よいやみに包まれた後だった。

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