第1章 「病院内でのガール・ミーツ・ボーイ」
堺医大付属病院の一階に設けられた古びた売店を意気揚々と後にした私は、手近な見舞客用のベンチに腰を下ろすと、待ち切れずに荷解きを始めちゃったんだ。
「やっぱり、来て良かったなぁ…ポリープ切除手術で入院した御祖父ちゃんには、感謝だよ…」
ビニール袋から取り出した品々を見るだけで、思わず頬が緩んじゃう。
箸入れにハンカチ、それに塗り絵に下敷。
これらの生活雑貨や文房具は全て、私の生まれる以前に放送されていたアニメや特撮ヒーロー番組のキャラクターグッズだったの。
−歴史ある病院内で営業していて、大手コンビニチェーン系じゃない売店なら、昔のキャラクターグッズも売れ残っているんじゃないか。
そんな私の読みは、バッチリ的中したみたい。
特に最高なのは、「鋼鉄武神マシンオー」の箸入れとカルタだね。
私達のお父さん世代が熱中していたスーパーロボットアニメなんだけど、ゲームやリメイク版のアニメ等で若いファンも増えている不朽の名作なんだ。
そんな名作ロボットアニメの珍しい懐かしグッズを入手出来た嬉しさで、私ったら有頂天になっちゃったんだね。
「青い大空焼き焦がし〜、迫るぅ、恐怖のメタル獣!」
だって、こうしてオープニング曲の「戦え!鋼鉄武神マシンオー」を、鼻歌交じりに口ずさんじゃうんだもの。
今いる場所が病院で、自分が見舞客であるという事実も忘れちゃってね。
そんな私の意識を現実に引き戻してくれたのは、入院患者や看護師さんのお叱りじゃなかったの。
「若い怒りを闘志に変えて〜、今だ、飛び立て!マシンオー!」
変声期前と思われる、少年の歌声。
「握った拳で、ブ〜ストパンチ〜!って、えっ?」
その高く澄んだ初々しい声色は、ある意味じゃ大人の叱責よりも堪えたなぁ…
「あっ、ゴメン!私ったらウッカリ…」
我に返った私を襲う、照れ臭さと申し訳無さ。
千々に乱れた心を抑えて詫びながら、私は前触れ無しに現れたデュエット相手の姿形をザッと確認した。
年の頃は小学校低学年程度の男の子で、緑と白のチェックのパジャマを着ている事を考えると、ここの入院患者に違いない。
痩せ気味の身体と青白い顔色から判断するに、怪我じゃなくて内臓系の病気を患っているのかな。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!看護婦さん達、まだ気付いてないから。」
この子ったら、若いのに気遣いが出来るんだね。
妙に古風な「看護婦さん」って呼び方は、ちょっと引っ掛かっちゃうけど。
とは言え、こうして年下の子にフォローされちゃうなんて遣る瀬無いなぁ…
「それよりさ…お姉ちゃんも好きなの、マシンオー?」
リバイバルブームって、本当に侮れないね。
私より小さな子でも、二十年以上も昔のロボットアニメを知っているんだから。
「うん、まぁね!君も好きなの、マシンオー?」
いずれにせよ、私にとっては渡りに船だね。
照れ隠しも兼ねて、その話題に乗らせて貰うよ!
「あの熱血で濃い口な作風は、今のアニメではなかなか出せない魅力に満ちているからね。『武神剣プラズマ唐竹割り』とか、ついつい一緒に叫んじゃうもん!」
最近の戦闘アニメーションの演出はハイクオリティだから、ゲームのプレイ中に思わず叫んじゃうんだ。
夜中に布団を被って携帯ゲーム機でプレイしていても、この叫び声のせいで家族にはバレバレなの。
お母さんには毎度のように、「ゲームばかりしてないで、さっさと寝なさい!」って怒られているんだ。
「今のアニメ…?でも、お姉ちゃんって僕と同じだね!僕も毎週、始まりと終わりの曲を一緒に歌ってるんだよ。」
成程、それで思わず私の歌声に反応したんだね。
だけど、「毎週」ってどういう事だろ?
CSチャンネルでの再放送か、サブスクの配信でもあるのかな?
「お互いに良い趣味をしてるよね、私達。そうだ、名前を教えてよ!いつまでも『君』とか『お姉ちゃん』とか呼び合っているのも他人行儀だからさ。私、堺市立榎元東小学校四年三組の枚方京花って言うの。」
「お姉ちゃん、僕と同じ学校だね!僕、車塚欽也。クラスはニ年一組だよ!」
奇遇な事もあるもんだね。
ロボットアニメの趣味だけじゃなく、通っている小学校まで同じだなんて。
すっかり打ち明けた私と欽也君は、中庭のベンチに場所を移して話し込んじゃったんだ。
敵のメタル獣でカッコいいのは誰かとか、新武装を追加するなら何が良いかとか、マシンオーを語る時の欽也君は生き生きとしていたの。
ここまで思い入れ深く語れるなんで、まるでリアルタイム世代じゃない。
「月刊テレビワールドに載っていた、アルティメゼクスとマシンオーの対決記事も面白かったね。いつかテレビで見てみたいよ。」
放送当時の雑誌記事にまで言及出来るなんて、小二とは思えないよ。
ネットにアップされたキャプチャー画像で読んだのかな。
「ありがとう、京花お姉ちゃん。こんなにマシンオーの話が出来たのも、ノブ君が…クラスのノブヒサ君が御見舞いに来てくれた時以来だよ。」
「へえ!欽也君の友達、ノブヒサ君って名前なんだ。」
こりゃ、いよいよ他人とは思えないね。
だって、私のお父さんは枚方修久って言うんだもの。
でも、さすがに漢字までは一致しないだろうな。
「だけど、最近はノブ君も御見舞いに来てくれないんだ。お父さんやお母さんも、最近は来てくれないし…」
肩を落とし、自身の孤独を沈んだ声で訴えかける欽也君。
その寂しげな姿は、先程までより一回りも小さく感じられたんだ。
「妹の宮乃が産まれてお母さんも子育てが大変だし、お父さんもお仕事で忙しいから、仕方ないんだけどね。」
こうして見ている私まで、いたたまれなくなっちゃうなぁ…
私に出来る事、何かあるかな…?
「じゃあさ、こうしようよ!今週の土曜日、また病院に来るからさ。御祖父ちゃんの御見舞いが済んだら、また欽也君と遊んだげるよ!この中庭で待っててね。」
義を見てせざるは勇無きなり。
同じ榎元東小の上級生として、これ位は御安い御用だよ。
「ありがとう、京花お姉ちゃん!今度の金曜日はマシンオーの最終回だから、見た感想をたっぷり話そうね!」
あれっ、金曜日って「鋼鉄武神マシンオー」の本放送時の放送曜日だよね。
再放送だか配信だか分からないけど、放送当時と曜日を合わせるなんて粋な計らいじゃない。
何れにせよ、欽也君が元気になってくれて良かったよ。