最期の一歩
人間は不完全な生き物だ。何かを食べなければ死ぬし、休まず活動を続けても死ぬ。不完全な生き物だ。
つまらない。人間という器は、何をするにも足らない。ただ生きることも出来ず、ただ死ぬ事も出来ない。中途半端に弱くて、中途半端に強い。それが、人間。
「……また、死ねなかったよ…………」
私は、今日もベットの上で目を覚ます。何度も何度も見た光景。雑音だけが響いている世界で、たった1人、取り残されたかのような私がいる。
何も感じない。何も考えたくない。私は、もう嫌なんだ。このまま生きていることも、時間だけを無駄に浪費して、何も残さず死んでいくことも。
「なんで……?」
だから私は、自殺しようしてる。何度も何度も。でも、やっぱりここにいる。また、いつもの場所から飛び降りようか。それとも、少し変えてみようか。少しずつ頭が回り始めてきたから、私は次のことを考え始める。
そんな日々が、私の日常だ。そんな日々が、私の生きがいだ。そんな日々が、私の免罪符だ。
そんな日々が──
・・・
「お?今日は来たんだね。おはよう」
「おはよう……」
「あれ?何かあったの?元気ないじゃん」
「何も無いよ。ちょっと、考え事してただけ」
「ふ〜ん。まぁでも、学校に来てるってことは、少しは前を向け……た訳でもないのかもね。無理しないでね。辛かったらすぐに教えてよ?」
「うん。ありがとう」
2日ぶりに教室に入ると、桑菜が声をかけてくれた。この狭い空間にいる、数少ない私の理解者。そして、あの日私を止めてくれた人。
「さぁ席に着け〜。今日は……特に連絡はなし。出席は〜……全員出席〜っと。以上、解散」
担任は最低限の朝礼だけ済まし、教室から出て行った。基本的に干渉してこないから、私個人としてはありがたい。「とある事情」で学校に来れる日が少なくなってしまうことを伝えた時も、「了解。保健室でも、図書室でも良いから、来たら出席扱いにする。来た証拠は職員室にメモさえあれば充分だから」って感じだった。
朝礼が終わると、また喧騒が空間を支配する。三者三様の話題が四方八方から〜なんて言うと、なんか変な感じがするけど、まさにそんな感じ。やっぱりこの空間は苦手だ。
「雛菊はさ、今日何があるか知ってたっけ?」
「……知らない」
「だろうと思った。まぁ、大したことじゃないんだけど……ちょっと、大丈夫かなって」
「……?何が?」
「えっと……」
1限目の準備をしていると、桑菜が心配そうに話しかけてきた。
「今日、午後からクラス役員決めがあるんだけど……全員何かの役職に就かなきゃいけないらしくて」
「あ〜……一応、先生は事情を知ってるけど……そっか」
「うん。このクラスで雛菊の事情知ってるの私くらいだし、これが原因でまた……」
「あ……」
そこまで言われてやっと、桑菜が言おうとしていることが分かった。今日は特に何も考えずに学校に来たけど、もしかしたら失敗だったかもしれない。そう思ってしまうと、もうギリギリの状態だった。
その日の授業は、ほとんど頭に入らなかった。授業を受けているようで、なにか別のことをしているようだった。お昼ご飯も、正直食べている余裕は全くと言っていいほど無かった。
「本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
「……え?」
「ご飯も全く食べてないし……」
「え?あ……」
「はぁ……ほら、行くよ」
「行くって……?」
「保健室。さすがにもう限界でしょ」
私の手を強引に引っ張り、桑菜は私を保健室に連れて行った。私はどうして保健室に連れて行かれているのか分からないけど、桑菜がどこか焦っているように感じたから、私が相当な状態なんだってことが初めて分かった。
「失礼します」
「は〜い。ってあれ?桑菜ちゃんとひ……ってどうしたの?!」
「はい。雛菊は、今日は朝から授業の方に参加してたんですけど……」
「さすがにもうやめておいた方がいいわね。ありがとう」
「いえ。親友として当然のことをしたまでです」
私を見て保健室の先生が見たことないような表情を浮かべた。そっか。私、限界だったんだ。
その後のことは、正直あまり覚えてない。というか、その日の記憶がそこ以外無くなってるような感じで、気づいたら自分の部屋のベットで寝ていた。
「私……何やってんだろ……」
何度目か分からないため息と共に、口癖になってしまった言葉がこぼれる。
いつだってそうだ。私は、いつだって間違える。
「そういえば……あの日もこんな感じだったっけ?」
・・・
中学一年生の時、私はまだ、普通に学校に通っているありふれた生徒の一人だった。ある一日までは。
「それでは、今日は学級委員を決めようと思います。誰かやりたいって人はいますか〜?」
その日はクラス役員を決める日で、各々が自由にやりたい役職を選んでいた。まだ中学になって間もない頃だったということもあり、冷やかしや押し付けとかはほとんど無かった。
ただ、その日私は運か不運か欠席していた。そのせいで、次の日から私はクラス委員長としてたくさんの職務に追われることとなってしまった。
私は元々気弱な性格だったということもあり、クラスの上に立てるような人間じゃなかった。至る所で失敗したし、そのせいもあってクラスの中での「いじられ役」としての地位が築かれていった。
それまでは良かった。と言っても、1、2ヶ月の期間だったけど。
私が少しづつクラス委員長という立場に慣れ始めた頃、私の中で何かが崩れ始めていることに気づいた。気づいたけど、もう止めることが出来なかった。
そんな頃に、私は桑菜と出会った。
「……大丈夫?」
「え?何が?」
「あなた……死にそうな顔してる」
これが桑菜と初めて交わした会話だった。桑菜はクラス副委員長で、仕事とかもたまに一緒にやっていたけど、ちゃんと話したのは、この会話が初めてだったと思う。
「……え?そんなこと……」
「そう……?ならいいけど。でも、無理だけはしないでね?」
「うん。ありがとう」
この会話をした数日後、私は、無意識のうちに学校の屋上に立ってた。どうしてそこに立ってたのかは分からないけど、気がついた時にはもう遅かった。
完全に崩れ落ちた。何かは分からないけど、私の中で、何かが崩れ落ちて、消えていった。
「あはは……やっぱり、無理だったのかな……」
とっくの昔に限界だったんだ。そう気づいた時には、1歩ずつ、校舎の外側に向かっていた。この校舎は5階建てだから、落ちたら確実に死ぬ。
「ちょっと何やってるの?!」
「……え?」
「死ぬ気!?もう少しでここから落ちるところだったよ!!」
「どうして……?」
「どうしてって……今日、あなたどんな顔してたか覚えてる?」
落ちる寸前で、私は桑菜に腕を引っ張られた。急に引っ張られたせいで尻もちをついたけど、その時は何が何だかわからなくなってたせいもあって、頭の中が完全に真っ白になっていた。
「死ぬ覚悟決めたって顔してたんだよ?!だからこっそり観察してたら屋上に行ったから」
どうしてこの人はこんなに必死なんだろう。どうしてこの人は、私を助けてくれたのだろう。どうして私は、ここにいるのだろう。
「嫌な予感がして来てみたら……良かったよ、間に合って……」
どうしてこの人は……
「もう……無理しなくてもいいから……もっと私を頼ってくれてもいいから…………だから」
どうして私なんかのために……
「死のうと……しないでよ…………」
泣いてるんだろう?
・・・
あの後、お互いに少し冷静になってから、桑菜に連れられて保健室に行ったんだっけ。
「あはは……また、桑菜に助けられちゃったな……」
桑菜が居ないとまともに生きることすらできていない自分を、少し、嘲笑ってしまう。情けないな……
正直、今日学校に行ったのはほとんど無意識だった。謎の使命感というか、恐怖というか……なにかに突き動かされたみたいに制服を着て、カバンを持って、玄関に立っていた。
「やっぱり私は……」
何度も何度も繰り返してきた言葉。死のうとした時も、飛び降りようとして飛び降りることが出来なかった時も、こうして目が覚めている時も……ずっと繰り返している言葉。
「ダメなのかな……」
「ううん。何も、ダメなんかじゃないよ」
「……え?」
声が聞こえた。私以外の声が。
「桑菜……?なんで……」
「あはは。ちょっと不安になって様子見に来ちゃった」
「……いつ、から?」
「ついさっきだよ。あと、伝えなきゃいけないことも何個かあるから、連絡ファイル持ってくるついでに様子を見に来たら……」
桑菜は少し部屋の中を眺めて、照れくさそうに笑った。
「やっぱり、雛菊って感じの部屋だね」
桑菜はそう言うと、私がいるベットの近くに座った。私に、背を向けるようにして。
「それで……さ」
「……うん」
「私、気づいちゃったんだ……」
私には、桑菜の顔が見えない。でも、その声が少し震えていることだけは、わかった。
「私も……限界だったんだ……って」
「それって……」
「あのね、私、クラス委員長に……なっちゃったの。でも、なんというか……」
桑菜の声にはもう、いつもの明るさは無い。まるで深海に沈められているかのような、そんな、声。
「その瞬間……分かっちゃったの。私も……雛菊と同じなんだ……って。これまでは……なんか」
震えてる。声も、体も……心も。
「耐えてるって……勘違い、してただけ……あの時雛菊が……死にそうな顔してるって……死にそうだって……気づけたのは…………」
桑菜がゆっくりと私の方に顔を向ける。ぐしゃぐしゃになって、もう何も見えなくなってしまっている……そんな顔を。
「私も……」
「もう……いいよ」
私は、桑菜のそんな顔を直視することは出来なかった。
「だったら……さ…………一緒に行こうよ」
「……どこに?」
今の桑菜の顔を見るのは、辛い。まるで、私自身を見ているような気がするから。でも私は、桑菜の目をじっと見つめて、そっと笑いかけた。
「私たちの……始まりの場所に」
・・・
私たちは、ゆっくりと階段を昇っていく。2人で、思い出話に花を咲かせながら。
夕焼けが窓から私たちを照らす。この学校には今、私たちしかいないように感じる。
「……また、ここに来ちゃったんだね」
「うん……でも、今の私は、自分の意思でここにいるんだって……分かってる」
「そうだね……明日、皆びっくりするかな」
「どうだろうね……でも、そうあって欲しい」
「あはは……そうだね」
誰もいない屋上で、誰もいない校庭を眺めながら、笑った。
「また……逢えたら、さ」
「……うん」
「雛菊と、ちゃんと……友達になりたいよ」
「うん。私も、桑菜とまた……友達になりたい」
その言葉を合図に、私たちは1歩、また1歩と歩を進める。夕焼け空が夜空へと変わるように。まるで1つの物語が幕を閉じるように。
私たちは手を繋ぎながら──
──最期の1歩を踏み出した。
皆様お久しぶりです。
九十九疾風です。
全くと言っていいほど執筆活動を行えておらず、更新、投稿共に無しと言う期間が続いてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
この作品を期に、少しずつ執筆活動を再開していこうと考えており、現在、新作連載作品を思案中でございます。その作品はリハビリ作品の1つの予定なので、長期的な作品ではないということで、ご理解の程よろしくお願いいたします。
さて、今回ですが、1つのテーマを用いて書かせていただきました。そのテーマというのが、「花言葉」です。気付かれた方はおられるのでしょうか?
その点も踏まえ、皆様の考察、意見等をお待ちしております。こちらの感想欄でも、TwitterのDMでもなんでもよろしいので、文字として共有していただけたら幸いです。
Twitterはこちら↓
@tukumo_syousetu
最後になりましたが、この作品を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!