Basis7. 疾走のストロングハート
四星寮の裏口は、広いコートのようなものが整備されており、私と海緒はそこで相対することになった。
「りんりんは魔闘が何か知らないってこと?」
「……はい」
「ははーん、さては嬰児だな?」
「リンパラ?」
「あー……うん大体分かった」
海緒はどうやら事情を察したようだ。
「……自分で言うのもなんだけどホントに別の世界ってとこから来たの?」
「うん」
「マジかよ」
海緒は驚嘆の表情を見せる。そしてしばらくするとそれは高笑いに変わった。
「じゃあアタシも仲間だ。アタシも嬰児……堅っ苦しく言えば異界よりの嬰児って奴なんだよねー。物心ついた頃にはもうこの世界に居たからイマイチ実感がわかないんだけどさ」
確かに傍目から見ればこの世界の住人に見えないが、この世界に住み続けていると考えれば納得がいく。
「まぁアタシの話は後にして今は魔闘の話だよ。ルールは簡単で、相手を再起不能になるまで叩きのめした方が勝ち。何でもありのドンパチってわけよ!」
「野蛮すぎる……」
「まぁ重傷になっても回復するまでが魔闘のシステムだから安心して戦えるんだよー」
「まさか学園でも流行ってたりするの?」
「もちろん!」
魔術という先進的な技術の先にあったのは前時代的な決闘が流行る世界だとは私には予想できなかった。やはり人間の本能とは闘争なんだなぁ。
「習うより慣れろって言うしやってみようじゃん!」
「まぁ……海緒がそう言うなら」
私はアイリスから貰った短刀『フレイマー』を構える。
「へぇ、いいナイフじゃん? これは私も本気出したくなっちゃうね!」
「お手柔らかにお願いします……」
「『魔闘要請、対象は橘華凜』」
「『魔闘要請を受けたよ! 承認する?』」
マナミールが反応し、承認するかを問いかける。
「承認!」
「承認確認、フィールド調査……現在地の適正問題なし。魔闘開始まで5、4……」
基本の魔術を使うだけでも大変なのにいきなり戦えというのは苦役にもほどがある。『フレイマー』に仕込まれている術式はアイリスから教えて貰っているし、実際に使えることも確認した。なら後は運に任せるしかない……!
海緒の方をじっと見つめる。海緒は手にハンドガンを持っているように見える。単純に考えればリーチという面では圧倒的に不利だ。海緒に勝つためには懐に潜り込み、思いっきり『フレイマー』を突き刺すしかない。……回復するとは言っているが本当に大丈夫なのかな?
「3、2、1、魔闘開始」
「駆けろッ!」
「ぶちかますよ!」
開始の合図を聞くやいなや、私は緑の魔術の基本術式である『疾走』を発動させる。その名の通りに私の身体は身軽になり、普段のスピード以上のものが出せるという代物だ。数メートルという間合いをこれで一気に詰め、『フレイマー』を突き刺す。
だが、その先に海緒の姿はない。耳をつんざくローター音。海緒は私を失神寸前まで追い込んだ人間水上バイクで回避していた。
「開始直後の速攻、そのナイフ一本で戦うならそうすると思ったよ。私の『水上奮進』じゃなかったらゲームセットだね。りんりん、意外と魔闘の才能あるんじゃない?」
海緒は私の背後からそうおどけてみせるが、私はかなり真剣だ。『水上奮進』と名乗ったあの人間水上バイクを捉えない限りは虚空に刃を振るうだけになる。それに、私はまだ海緒の攻撃スタイルを捉えていない!
「じゃあ今度はこっちから攻めていこうかな!」
ローター音のピッチが上がる。その刹那、海緒の姿は完全に姿を消した。否、私の目に捉えることができなくなったのだ。
銃撃音が鳴る。何かが私の脚を貫いた。
「ぐっ……!」
出血こそしていないものの、おそらく撃たれたであろう衝撃を感じることができる。確かに人体には安全だ。メチャクチャ痛いけどね!
ローター音に混じるように銃撃が飛んでくる。あまりの速さにどこから撃たれているかも分からず、音に頼ろうとしてもローター音の大きさにかき消されるような銃撃のために、撃たれているこちらからすれば虚空から撃ち込まれているような錯覚を覚える。
どうやら海緒は私の下半身を重点的に狙撃しているらしい。あのような高速で動き回る中でピンポイントで重たい狙撃を行えるというのは魔術の補助があると仮定してもスキルの高さを窺える。下半身に伝わる衝撃で私はまともに立ち上がることもできず、地面にへばりつくように銃撃をかわそうとしどろもどろする。
「りんりんはもう動けないよー。脚だけ念入りにぶっ壊してるからね!」
「海緒の言うとおりね。でも……」
対抗策はある。目にも留まらぬ速さ、そして正確な銃撃。その両方を同時に封じるのは至難の業だ。だが、
「(片方だけなら、いける!)」
フレイマーを地面に突き刺し、即座に術式を起動させる。
「延焼せよッ!」
瞬間、地面の温度が急激な上昇を見せる。それに従い、海緒の移動速度が目に見えて減少し、ついに視界に捉えた。間伐入れずに火球を海緒の足元にぶつけ、彼女の靴に仕掛けられているであろう『水上奮進』を燃やしにかかる。
「うわっちっち! 見抜かれちゃったかー」
海緒は燃えて使い物にならなくなったことを察したのか、そう私の策を褒め称えた。
「一か八かだけどね。ここに張られていたであろう水面を燃やし尽くした。『水上奮進』は水の上でしか使えないから水面で無くなればただの役立たずになる」
「初見殺しになると思ったんだけどなー」
「これで海緒の脚をこっちも封じた」
ほんの少しではあるが痛みがマシになってきた。フレイマーを引っこ抜いて立ち上がる。正直今すぐにでも倒れてしまいそうだが、かろうじて意識を保ち、海緒を見据えた。
「アタシの弾丸何発も食らって立ち上がれるなんて相当なタフかアホだね」
「その中なら私はアホじゃない?」
もつれそうな足を引きずりながら私は海緒に向かって駆ける。『疾走』の効果があるとはいえど、そのスピードは開始直後と比較すればずっと遅い。
「この一発で……試合終了!」
「うわぁぁぁぁぁ! フレイマァァァァァ!」
アイリスの魂の名を叫ぶ。フレイマーに仕込まれている最強の術式『猛火の中に輝く者』。刀身を炎へと変えリーチが何倍にも延長し、私の精神とフレイマーとが一体化するまさしく最終奥義。しかしその代償に自らの体力を消費する諸刃の剣である。持って数秒、だがこの距離なら届く……!
一方、海緒もまた同じように銃撃を放つ。放たれたそれは確かに音こそしたものの、弾丸が見えないものであった。それでも、今の海緒がどこを狙うかを推測して焼き尽くす!
炎を纏いフレイマーを振り上げる。それに呼応するかのように爆炎が飛ぶ。刀身に何かが当たる感触がした。やっぱり海緒は私の心臓を貫こうとしていたようだ。そして炎が海緒を呑もうという時に、私は海緒がニヤッと笑うのを確かに視認した。
「ごめんねりんりん。その炎はアタシには届かない」
「……!」
海緒は爆炎をハンドガンで完全に受け止めていた。そして振り下ろしていた勢いを受け流すように私を地面に叩きつける。
「降参する? しないなら脳天にズドーン」
「降参」
かくして、私の初めての魔闘はほろ苦いものになったのだ。
※
「……ほんとに回復してる」
「言ったとおりでしょ?」
一通りの戦闘を終えた後、私たちは寮のホールで一休みしていた。足をあれだけ撃たれたにも関わらず、魔闘が終了したときに移動的に回復魔術がかかっていたようで、運動したことによる倦怠感以外は魔闘する前と同じ状態に戻っていた。
「で、初めての魔闘どうだった? 楽しかった?」
「やってみると意外と面白いね」
学園バトルラブコメでよくあるようなバトルを体感できるというのは面白い。命の危険も少ないということもあってその面白さに拍車をかけている。戦うことが娯楽と化しているのはどうかと思うが、魔術の有効利用の一つなのだろうか……?
「よかったー。事前に映画見せといて良かったよ。それにしてもよく私が撃ち込もうとしてた場所が分かったよね?」
「あの映画、最後に胸元に銃撃してたでしょ? 海緒ならそこに撃ち込むって思った」
海緒はきょとんとした顔をするが、すぐに向き直る。
「やっぱりんりん面白いわ」
「面白い要素あった?」
「実を言うとうちのガキンチョからりんりんの話を聞いてるんだよねー」
「ほんとに?」
「なんか毎日魔術の練習してるお姉ちゃんの話だよ。魔術の使い方は全然ダメだったけどどんどん上手くなってるんだーって。ガキンチョたちにはいい刺激になったってさ」
一緒に練習していた子供たちのことかと納得する。
「海緒って異界よりの嬰児だったはずだから身内って居ないはずじゃ?」
「トリック……って訳じゃ無くてうちの孤児院の子たちのこと。アタシもそこにお世話になってたからねー」
私にとってのアイリスは孤児院ということか。突然一人になった子供を引き取る先としては正しいと言える。
「この世界にも孤児院はあるんだね」
「無いと思った?」
少し真剣な声で海緒はそんなことを聞いてくる。
「……少なくともこの世界は私がいた世界よりも技術に関してはずっと進んでる。だから子供を捨てるみたいなそんな酷いことは無いって思ってた」
「そうだね。でも、ここに住む人間の本質はりんりんの世界のそれと変わらないと思うな」
海緒は飲み終わったジュースの缶を片手でグシャリと潰す。
「りんりんはさ、孤児院に来る子供ってどんな子たちか知ってる?」
「……」
「年齢なんて関係ない。ある日突然親元と引き剥がされて生活させられて最初はみんな悲しそうな顔をするの。パパに会いたい、ママに会いたいって」
海緒はさっきまでの笑みを押し込み、その表情は悔しさに満ちていた。
「それでも生きていかないといけない。どんな手段を使ってでもね。だから時間が経てば徐々に笑顔は取り戻すことができる。でも、心の中では絶対に癒えることが無い傷を受けることになるんだ」
ギリリと歯ぎしりをする音。私はその様子をただ眺めることしかできない。
「一番許せないのは罪悪感のかけらもなく子供を預ける無責任な親だよ。どんなに技術が発展しても、人間の愚かな部分までは絶対に消えないんだよっ……!」
「海緒……」
「それに、孤児院だってお金がたくさんあるわけじゃ無い。何とかしてお金をかき集めないといけないけど、上は孤児院に回すまでの予算は無いって。悔しかった。目の前で困っている子供たちがいるのに、アタシはあまりにも無力だった。だからアタシが稼がないといけない。だってアタシが一番のお姉さんだったから」
私と海緒は正反対の存在だと理解した。アイリスという大きな存在に守られた私と、孤児院という守らなければならないものを背負う宿命にあった海緒。根元にある生きるための底力という面ではあまりにも残酷なほどに差がついてしまっている。
「そんなときにね、アタシにスポンサーがついたんだ」
「スポンサー?」
「そう。次世代型魔装のモニターってやつ。この銃も靴も全部ね。それで魔闘に勝ち続けてやったんだ。それで目つけられてアタシはここに来たってこと。奨学金や魔闘の賞金なんかを孤児院に送ってやれば多少は足しになるでしょ?」
強くなりたいと願う理由。それは一人の少女が背負うにはあまりにも大きすぎるものであった。私が同じ状況に直面したとき、同じように立ち向かうことができるのだろうか?海緒の強さはランクなどでは測ることができない強さを持っている。
私にも背負うものがある。『基底』に辿り着くという使命。どうやって辿り着くのか予想もつかないが、最終的にこの世界を破壊することになるかもしれない。
でもそれは、この世界で健気に生きる無数の人たちの尊い人生を根こそぎ奪い取ることになるのだ。
「アタシは強くなり続ける。魔術適正とか、色適正とかそんなの関係ない。アタシが強くなることそれ自体がガキンチョにとっての希望だからね」
そう軽く言ってみせる海緒の目元には、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「いいか、こっち↓が評価欄だ、近づけば分かる」
「どうやってです? ブクマを押せとでも?」
「ああそうだ」