Interlude. 昼下がりに映画とケーキを
アタシが物心ついたときには既に孤児院で過ごすことが当たり前になっていた。どうやら私は異界よりの嬰児らしいということは施設の人から何度も聞かされていた。アタシはそうなんだろうと思いつつも、そんな実感を持てずにいた。だが、アタシの色適正が異界寄りの嬰児であるという推論を補強していた。
異界よりの嬰児。その大きな特徴として、色適正がこの世界の一般人には見られないようなほどに極端である場合が多いということだ。アタシの色適正。それは申し訳程度の緑の魔術以外の全てが青の魔術に捧げられたピーキーさ。そして魔術適正は貫禄のF。アタシは、魔術適正が低い落ちこぼれとして見られることも、色適正がメチャクチャな異界寄りの嬰児として見られることも大嫌いだ。アタシはアタシ、浅茅海緒という一人の存在である。幼いながらも私はそういう思考の基底を以て自らを為してきた。
孤児院では毎日のようにドタバタが起きている。それを諫めたり、解決したりするのに施設の職員さんだけでは人材不足であった。だからアタシが小学校に入ると同時に子供たちの世話も任されてるようになった。そこで一緒になったのが東條裕貴である。
彼は今の彼からは想像できないほどに甘えん坊だった。小さい頃から風格のあるイケメンであるにも関わらずだ。アタシのことを同い年にもかかわらず海緒姉と呼んできたり、おやつを一緒に食べようとせがんだり、怖い映画を見たらお手洗いに行けないとかで一緒についていくことになったり。実際アイツのことをアタシは弟みたいに可愛がっていた。でもアイツにはアタシには持ち合わせていないものがある。
それは圧倒的な魔術に対する適正。魔術適正そのものも小学生のうちからAを記録して、色適正も全ての色で90オーバー。そんな彼は小さい頃に親に捨てられてここにやってきた。彼の能力が開花したのがここに来てからと考えれば捨てた親はバカとしか言えないけど。
何もかもが真反対のアタシ達は、意外にもうまくやっていくことができた。アタシが東條の魔術適正に敬意を抱くように、東條もまたアタシの胆力に敬意を抱いていたから。孤児院に住む子供たちは、アタシ達を中心にして楽しく過ごすことができていた。
だが、そんな彼にも引取先が来た。それは日本における名家の一つである東條家。そこの養子として彼は引き取られることになったのだ。ちょうど五年くらい前の話だと思う。彼は別れ際にこんなことを言ってくれた。
「これは永遠の別れじゃない。生きていれば絶対にまた巡り会える。その時は、海緒ねえが大好きな映画を見ながら一緒にケーキでも食べよう」
アタシはこの言葉を胸に孤児院をしょって立つ存在になった。裕貴がいない分負担は二倍。それでもいつだって笑顔を絶やさずに、それこそ映画の主人公のように絶望に立ち向かってみせるって息巻いていた。あの事件が起きるまでは。
二年前、アタシの孤児院に人身売買グループが襲撃をかけてきた。職員の人たちが留守になっているところを狙い撃ちしたかのように襲いかかり、アタシの大事なちびっ子たちへ牙をむく。アタシは子供たちを護るために立ち上がった。それでアタシの力で無事に護れればよかったんだ。でも、アタシの力は大の大人、しかも犯罪組織のクソ野郎共には到底届かない。
アタシは悔しかった。アタシが強ければ子供たちを護ることができたと。映画の主人公のように強靱無比な、全てを制圧してしまえるほど最強の力が無いから。そんな力さえあれば、アタシは護ってみせられると。その時に、魂に黒い炎が着火したような気がした。
アタシの指で鉄砲を作り、それを悪人の一人に向けて撃ち抜く。なんでもない、ただの子供の遊びだった。そんなオモチャ以下の行動で何も変わるはずがないと。
だが、それは世界を変えた。否、変えてしまったのだ。まるで黒色の光線が出るかのように悪人の脳天を撃ち抜き、そのままへなへなとその場に崩れていく。これは奇跡だ。アタシが引き起こした奇跡。そう思ったアタシは夢中で『黒』を飛ばし続けた。それが最善の選択肢であると盲信しながら。
結論から言えばアタシはNMOに拘束された。その意味を理解したとき、アタシは取り返しのつかないことをしたのだと理解した。
アタシに課せられた罪は殺人。頁戻しによるリカバリが効く世界の中で、頁戻しが効かない殺しを行った罪。状況証拠や、子供たちの証言からそれが故意ではなく偶然であると分かったことから何かしらの刑罰を受けたわけではない。それでもアタシの心の中には仄暗い影を落とすことになる。
アタシが行ったこと。それは確かに子供たちを護ることになった。でもそれが本当に最善の策だったのか? 悪人であるとは言っても殺さずに無力化することができたのではないか? それは不可能だ。だってアタシは他の人を護れるほど強くないから。弱者が強者を凌駕するためには刺し違える覚悟を持たなければならない。だからこれは仕方がないことだと自らを慰める。だがそれは、同時に一つの結論へと導くことになった。
NMOから解放されると、外には強めの雨が降っていた。その雨の中をひたすら歩いて行く。まるで何かがアタシを導いているかのように無心で歩き、一軒の家の前へと辿り着く。そして呼び鈴を押して出てきた一人の少女に向かって言い放った。
「私を……私を雇って!」
それからアタシは風花の被検体として強くなることを選んだ。孤児院から風花のラボに通う生活。その生活の中でアタシは確かに強くなっていると実感していた。だから照葉学園に入学することも許されたのだと思う。
でも、その強さは幻想だった。だってアタシは裕貴に勝つことができなかったから。ちょうど音切の攻撃で屋上が崩落して落っこちた教室。そこに裕貴が待っていた。その姿を見間違えるはずがない。だからアタシは大声で叫んでやったのさ。
「裕貴!」
「……?」
でも裕貴はアタシを一瞥すると、何でもないかのようにメトロノームみたいなのを起動してアタシをその場で磔にしてみせた。どれだけ魔導弾をぶっ放してもアイツはそれを無かったかのようにかき消して見せた。そしてアタシに対して無慈悲に攻撃を加えてきたのでアタシはたまらず降参することにした。
だって今の裕貴の目はまるでここではないどこかを見ているかのように不安定なものだったから。普通ではない何かに取り憑かれているような、そういう異質さを感じた。
だから彼から突然デートの誘いが来たときは正直驚いた。きっとこれは裕貴からの救難信号なのだと。アタシは頼れる『海緒姉』として、行かないという選択肢は存在しなかったんだ。
久しぶりに会った裕貴は余りにもあの時の裕貴と同じだった。アタシのことは相変わらず海緒姉と呼んでくるし、甘えん坊なところは何も変わっていない。最近バンドを始めたとかなんかで、明日ここでライブをするから見に来て欲しいとか言っていた気がする。その時にこのモールを火の海にしてやるからと。
そう言ってアタシを護ってくれた力を、既に消えていた黒い炎を無理やり再点火させてみせたんだ。裕貴の誘いに乗ることが孤児院のちびっ子を護るために必要なのだと。だからアタシはりんりんや、篝ちゃん。そして……アタシの大事な恋人である風花を捨てることを選んでしまった。
裕貴も……あんなナリをしているけど本当は孤児院思いのいい奴なんだ。モールを火の海にしようなんて意味不明な事象にもきっと意味があるのだと思う。だから、りんりん達は裕貴のことを責めないでほしい。悪いのは全部、アタシだから。
アタシが裕貴の弱さを撃ち抜ける強さを持っていないから。だから、アタシは一緒に撃ち抜かれる選択しかできなかったんだ。アイツと一緒に黒へと堕ちることが、最善の選択肢。それでも……もしも、もしも風花たちがアタシたちを助け出してくれて。何もかも映画みたいにハッピーエンドに収束させてくれたなら。
アタシと一緒に映画を見て、ケーキを食べるような。そういう日常を求めるのは贅沢……かな?