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目覚めと現実


 頬に当たるごつごつとした感触。じめじめと蒸し暑いこの環境。視界を圧迫する物々しい鉄格子。




 ははーん、さては牢屋だなあ?




 ーーーー…………




 ひょっとしてこのまま横になっていれば何かの弾みであのボロアパートに戻ったりしないかな、と思い体感15分前程から獄中寝転がりデモを敢行しているのだが状況が改善される気配は無い。


 そもそも何故牢屋なのか。私の今までの人生に於いて獄中生活を余儀なくされるような犯罪行為に手を染めた覚えは無い。断じて無い。全校生徒のど真ん中や電車内での粗相にしろ、周りからすればテロ行為なことに違いはないが何も逮捕までされることでは無いだろう。幸いにして私も衆人環視の中でブリんして喜悦に浸るような変態性は持ち合わせていないので、これらに関しては誰に非があるものではない。悲しい事故なのである。誰がなんと言おうとノーノーなのである。


 余談だが犯罪者が自らの行為の正当性を主張する際の文言は往々にしてこのようなものであるという。清廉潔白の擬人化とまで私に言わしめた私には関係のない話だが卑劣な輩とはいるものだ。




 などと横になったまま世を儚んでいたらコツコツと足音らしきものが近付いてきている。どうしよう怖い。とりあえず寝たふりでもしておくか。



「いつまで寝ている。おい、起きろ変態」



 流石変態大国。何をしでかしたのかは定かではないが変態行為で収監されるとはなんとも悲しい輩がいたものだ。私が親だったら泣いているぞ。

 


「クソっ、面倒くせぇ。何で俺が変態の相手なんてしなきゃならねぇんだよ……」


 

 どなたかは存じ上げないが変態犯罪者の相手をせねばならんとは心中御察しする。貴方のような人間がいるお陰で私のような小市民は今日も生きていける。誇って良い。貴方は世界の守護者である。幸あれ。

 と、その守護者が文句を垂れながらがちゃがちゃと金属音を響かせる。どうも音の近さからして私の居るこの監房の鍵を開けているようだ。となると、今の今まで気付かなかったが私は変態と共に収監されているらしい。やだ怖い。


 しかしなるほど、ようやく状況が読めたぞ。私は私が意識を失くしている間に変態からどうにかして利用されそのまま変態御一行扱いされた挙句この場所にぶちこまれたという訳だな。畜生、変態の野郎許せねぇ。


 ガッ

 身体に軽く衝撃を感じ何事かと薄眼を開けてみると、なんだかファンタジーな装いの中年のおっさんが見える。これは……鎧? 衛兵か何かのコスプレなのか? そのおっさんが蹴っている。何を? 私を。えぇ……。

 


「やめて下さい、私は変態ではありません」


 小学生向け英語教材のような台詞になってしまったが引きこもり的には他人と口を利けたという一点のみで大金星、優勝だ。わーい!


「下半身丸出しの奴に言われても何の説得力もねぇよ! 現行犯で進行中だよ! 」


 守護者が何やら喚いている。ふむ。ふむぅ……?



 うるさいなぁ、大きな声を出さないで下さいよまったく……と思いながらも守護者の言葉の中に聞き捨てならないものがあった。下半身丸出し。この守護者、妄言を吐いてしまう程自らを追い込んでいるのか。日々の激務を察し私は心の中で静かに涙を流した。そしてーーなるほど。




「お巡りさん、私がやりました」






○○○



「それで? 一体どういう発想をしたら下半身丸出しで路地でぶっ倒れるって結果に行き着くんだ? 」



 取り調べ室だろうか。石の積まれた壁に赤茶けた土床。四畳半程度の空間に、簡素な木製の机を挟んで向かい合った守護者がいかにも面倒だといった様子で顔をしかめる。


 変態として収監されていたのは私だったという衝撃の事実が発覚した。その状態で路地で倒れていたところを発見され収監されていたらしい。路地中丸出しすやすや男、弁解の余地無く満場一致で変態である。

 今現在は綿素材らしき薄汚れたステテコのようなものを渡され辛うじて変態から人間へと舞い戻ってこれたが。何故こんなことになったか……こちらが訊きたいくらいなのだが。

 家でうんちしてたら気を失って神を騙る自意識と話していたら再び気を失ってこの有様です。えへへ。

 ーー下手したら殺されてしまう気がする。仕方ない、自分でもよく分からん以上適当に話すしかないか。



「それが私にもわからないんです。自宅に居たのが最後の記憶で、そこから気を失ったようで目が覚めたらここ、という訳です。正直訳が分かりません」

「何だそれ? こっちはもっとわかんねーよ。というか何で下に何も履いてないんだよ」

「ああ、それは多分私が最後に居たのがトイレだからですね。トイレからぶらぶらさせたままどうやって街まで通報されずに来れたのかは謎ですね。そういえばここは何処です? 」

「本当に記憶が無いのか作り話なのか……はぁ、お前の話を聴いているとこっちまでおかしくなりそうだ。ほんと何なんだお前……。とりあえずここはスタットの街だ」


 頭を抱えた守護者がどこか疲れた表情で教えてくれる。……教えてくれるのだがこの人大丈夫か? 見た所おかしな様子はなく大真面目である。大真面目に訳の分からん架空の街を言う。……大丈夫かこれ。


「はい? スタット……? 聞いたことのない名前なんですが何処です、それ? 」

「お前……危ない薬とかやってないだろうな? 勘弁してくれよ? スタットはスタットだろうが。イセカ国民だったら誰でも知ってるだろ」


「………………」

「………………」



 黙って見返すとそこには胡乱気な表情でこちらを覗くおっさん顔があるだけだった。

 ーーこいつ、本気で言っている。こいつは守護者などではなく空想趣味のただの危ないおっさんだ。あまり付き合っているとこちらがヤられる。ここはさっさと退散した方が良さそうだ。


「ああ、すみません、未だにちょっと混乱してまして。ええ、はい。スタットの街ですね。重ね重ねすみません、ご迷惑をおかけしました」

「ほんとにわかってんのか? まあいいけどよ。とにかくもう帰ってくれ。俺は疲れた。この際お前が記憶を失くしてるのか変態なのかももういい。今回は見逃すが次また同じことしたらその時こそ変態確定だからな。ほら帰れ帰れ」


 シッシと嫌そうに手を振りながらおっさんが席を立ち早く帰るよう促す。やや釈然としないものはあるが、こちらとしても異は無いのでそれに従うことにする。

 部屋から出ると取り調べ室の延長といった感じの壁と地面が伸びており、突き当たりまで進むと石の階段が上へ続いている。牢屋といった類はいつの時代も地下が好まれるのかもしれない。

 それにしても理由は不明だが、こう記憶が飛び飛びになるのは困る。日記的に自分の行動を書き留めておくのも良いかもしれない。

 そんなことを考えている間に階段を上りきり、幾つか扉を通り過ぎると他と比べてやや大きめな扉が現れた。どうやらここが私の終点にしてこの建物の入り口であるようだ。


「もう来るんじゃねぇぞ、次は問答無用だからな」


 相変わらず嫌そうな顔のままでコスプレおっさんが扉を開けてくれる。悪い人では無いのだろう。強く生きよおっさんと心の中でエールを送り、ぺこりと礼をする。



 ヒャッハー! シャバだぁ!! と意気揚々と飛び出した私の目の前に広がっていたのはーー






 見たことのない、なんともファンタジックな街並だった。



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