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四章 荷運び・メイナード 前編

 メリッサ。可愛いメリッサ。兄ちゃん、もう駄目かも。


 喉が、乾いた。


 物凄く、乾いた。


 でもきっと、これはまだ始まりなのだ。メイナードが動けなくなるまでの時への、始まりでしかない。いや、喉の渇きを意識出来る程度の余裕はあることを、喜ぶべきか。


 喉が、乾いた。


 道が、分からん。


 後者の方が、深刻な問題だった。道が、分からない。さっぱりだ。ぐねぐねとした道で方向感覚は完全に失われている。そもそも、方位磁針コンパスも、道を記す羊皮紙もない。ないない尽くしだ。ここまでくると、ちょっと凄い。手ぶらで迷宮だ。馬鹿か。いや、止むを得ず、というやつなわけだけれど。


 歩いてはいるけれど、進んでいるのか、戻っているのか、まったく分からない。下らないことを考えていないと、大声を上げてその辺を転げまわってしまいそうだ。


 帰りたい。帰りたい。帰りたい。


 ライラのように、首だけになってオーク達に持ち運ばれるのはごめんだ。


 あぁ、誰か。誰か居ないのか。生きていないのか。君達は、南の勇者一行だろう。あんなにも強かっただろう。どうして、どうしてオークごときに遅れを取るんだ。


 最深部、迷宮核ダンジョン・コアを守護する、全てを凍り付かせるような氷竜アイスドラゴンだって、どう攻めれば良いのかメイナードには想像も付かなかった巨大な泥人形ゴーレムだって、仲間達そっくりの姿と能力を持った復体ドッペルゲンガーだって、君達は倒して来たじゃないか。


 また、分かれ道。右と左、どちらに向かうべきか。


 さっきは右に来たから、今度は左? それとも、右と決めたなら、右に進み続けるべき? 目を閉じてエクサ・ピーコに問うても最適解は返ってこない。


 足元の、本当に低い場所に、小さく、右の道に続く矢印を刻む。もしも。考えたくもないけれど、もしも、同じ場所を回ってしまって、この矢印をまた見ることになってしまったら、今度は左に進めばいい。


 ――去る者は追わーず! 来る者は拒まーず!


 それがルルーの方針だった。華やかで明るい笑顔で、南の勇者は誰でも受け入れていた。そんなルルーを見て、残酷なだけだわ、と呟いたのは誰だっただろうか。力量が足りなくても、装備が粗末でも、ルルーは誰でも受け入れ、共に迷宮に向かった。


 そうして死んだり、どうしようもなく足手まといになっていることを恥じて冒険者を引退したり、恐ろしい目にあってルルーを恨んで去って行ったり、まあ、そんな感じだったから、誰かの発言は、まぁまぁ正しかったのかもしれない。


 もちろん、ルルーは仲間のことは全力で護ったし、誰よりも前に出て勇敢に戦った。ルルーは南の勇者だ。その名に恥じるところはなかった。


 でも、エクサ・ピーコでもなかった。


 不死でも、万能でも、なかったのだ。


 だからルルーは、決して、去る者を追うことは無かった。


 追うことは、無かったから――だから、一目散に逃げだしたメイナードのことも許してくれるに違いないと。そう、思っているのだろうか。


 だって、メイナードごときに何が出来ると言うのだろう。


 ルルーと共に戦えない、ライラの仇も討てない、ただの荷運びに? 荷物すら、放り出して逃げ出すような、メイナードに?


 出来るはずがない。何も。だけど、だけど――本当はメイナードだって分かっているのだ。メイナードは、荷運びではなく、冒険者になりたかったのだ。


 可愛いメリッサの為に生活を安定させないと、とか、魔物とは言え、生き物を殺すだなんて向いてないとか、まだ幼いからとか、そんなのは全部ぜんぶ言い訳だった。


 本当は、ほんとうは、メイナードは冒険者になりたかったのだ。


 ルルーの仲間になりたかったのだ。


 3年前、メイナードが13歳の夏に、冒険者だった父親が死んだ。母親は、妹のメリッサを産んだ後すぐに、うだつが上がらない冒険者の夫を捨てて、どこぞの商人の男と再婚してしまっていたから、赤子のメリッサを抱えて、メイナードは呆然としていた。


 幸いに父方の親戚は親切で、メイナード達を引き取ってくれたけれど、お世話になりきりというわけにはいかなかった。稼がなくてはならなかった。


 冒険者の息子に出来ることなんて、冒険者くらいしか思い当たらなかった。


 何せ、土地付き農民でもなかったから、耕す土地もない。家畜もいない。学もない。時折、高名な冒険者がどこそこの迷宮を破壊した、と報せが来て、大規模な開拓民の募集をしていたけれど、赤子のメリッサを連れて参加するわけにはいかない。赤子のメリッサを置いて行くわけにも、いかない。


 それで、メイナードの住む街を拠点としていた、当時から南の勇者と名高かったルルーの元に駆けて行った。


 荷運びにして欲しいと頼み込むメイナードを見て、ルルーは目をぱちくりさせたあと、にっこり笑った。


 ――いいよ! よろしくね、メイナード。


 冒険者でなくていいの? とはルルーは言わなかった。それが当時は有難かったし、今思えば、やっぱりルルーは優しかった。冒険者になりたかった。でも、なっている場合ではないと分かっていた。なれないとも、分かっていた。


 武器や防具を買う金もない、力もない。魔術を使えるような知識もない、エクサ・ピーコに仕える神官になるには遅すぎる。無いない尽くしで、それでも、自分自身とメリッサを生かせるだけの金が欲しかった。図々しいとは、自分でも思う。


 メイナードにあったのは、忍耐強さだけだった。重い荷物を、背負って、歩いた。必要に応じて、走りもした。それだけは、何とか出来た。それだけは、出来るのだ。メイナードには、実績がある。


 無いない尽くしだ。今もそうだ。だけど、忍耐強さはある。メイナードは地上に帰る。帰れると信じている。メイナードがメイナードを信じなくては、誰がメイナードごときを信じるというのか。


 五感を研ぎ澄ませ。魔物の足音はしないか? 薄暗い通路の先に、魔物が眠りこけてはいないか? 自分の足音を響かせるな。臭いは。臭い――が、する?


 土とこけの湿った臭いの他に。何かを燃やしている臭いがする。魔物が持つ松明だろうか。あるいは、魔物達が食事でもしているのだろうか。

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