EX章 コミカライズ記念SSです!!
コミカライズを祝した番外編となります。
ヤンチャンWebにて2026年8月6日より連載開始です!
本番外編は一部キャラクターのイメージを損なう可能性もございますので、何でも許せる方のみお願いいたします。五章後編でパトリックが回想していた過去の話の裏側です。
エクサ・ピーコは何をしておられるのか。
エイブラムは畏れ多くもそう思ったことが、かつて1度あった。叔父の不正を防げなかったとして、父が処刑の憂き目にあった時。その時だけだった。そうあるべきであった。
「……追いかけて」
地獄の底から響いてくるような声で呻く女の前でも、畏れ多くも思ってしまう。
エクサ・ピーコは何をしておられるのか。
「追いかけて、来ないのよ!! 何で! どうして!? 私に魅力が無いから!?」
善良で可憐に見えなくもないはずなのだが、本性を知ってしまったエイブラムからすればとんでもない女としか思えない。神官のライラは、心底理解出来ない、という風情で吠えた。
「あんなにもう、いかにも、気がありますよって、いう、いいえ、もうほとんど言ったわ。私は言った。私はもう告白を待っているだけなのに! どうして!! パトリックは!!」
ライラはだん、と拳を壁に叩きつける。石造りのはずの建物が揺れた気がした。エクサ・ピーコは何をしておられるのか。これが神官とは世も末である。
エイブラムを巻き込まないで欲しいのだが、エイブラムと腕を組んでいる南の勇者ルクレイシアが、うんうん、どうしてだろうねぇ、と親身になって答えているものだから堪らない。青いドレスを着たルクレイシアは美しいから、まぁ良いかとも思う。
1つ迷宮を破壊した、祝賀会の後。ギルドハウスにて。
また上手く行かなかった。反省会を開催します。そう一方的に宣言したライラは、ルクレイシアとエイブラムを私室に呼び込んだ。夜分に女性の私室にお邪魔するなど――とか何とか言ってエイブラムは逃げようとしたのだが、完全に目の据わったライラと、こんな時でも楽しそうなルクレイシアに逆らえず同席することになってしまった。
ライラはエクサ・ピーコの教えを説くかの如く、流麗な声で告げる。
「分かる? 私はパトリックからの相談に乗った上で、パトリックはとても素敵な人だと伝えたわ。実際そうだもの。それは良いの。でも成人した男女ならば、その先があっても良いと思わなくて? そうでしょう?」
「そうだねぇ、パトリックにも好きだって言って欲しいよねぇ」
「いやだ、ルルーったら。そんなはっきり。パトリックはシャイな人なのよ。そんなところも好き……」
何だか知らないが、もう結論まで出ている。エイブラムが言うことなど何もない。正直このまま逃げろパトリック、としか思えないが、ここで言うべきではないだろう。
神官とは言え、まさかエイブラムの考えを読んだわけはなかろうが、一転、冷ややかな目をしてライラは言った。
「あら、ご自分が上手く行っているからと、随分興味がなさそうですけれど」
「いや、すまない、そういうつもりではなかったのだが」
「誠意のない謝罪は謝罪とは言いません。よろしいですか――」
「まぁまぁライラ、今日は反省会でしょ? エイブラムのことよりパトリックのことを考えるべきじゃないかなぁ」
「……それはそうね」
ルクレイシアに取りなされて、ライラは考え込むように目を伏せる。エイブラムが感謝を込めてルクレイシアを見やると、ぱちりとウィンクが返って来た。可愛い。彼女の為なら、何だって出来ると思う。
ルクレイシアはちょっと首を傾げて、うーんと小さく唸ってから言った。
「でも実際どうしてかなぁ。神官だからって結婚できないわけじゃないし、パトリックに街でお付き合いしてる女の子がいるって話も聞いたことが無いし」
「そんなことは許しませんが?」
「どうして君の許しが必要なんだ」
完全に据わった目で言ったライラに、危機すら感じてエイブラムは諫めるように言う。いけない。いざとなれば小鬼の1体や2体は殴り殺せる女神官である。無辜の民が犠牲になるようなことがあっては決してならないのだ。今や、騎士見習いでも何でもないエイブラムだが、それだけは分かる。
「許しません! からね!!」
だん、だん、と壁を叩いてライラは主張する。いけない。話が通じない――酒精が入っているのだろうが、それにしても酷い。これが神官とは。何度も思ってしまう。あまりエクサ・ピーコを疑うような真似をしたくないのだが。
「そうしたら、ライラが大人の魅力でパトリックをメロメロにしちゃうしかないね!」
こんな地獄の底で駄々を捏ねているような女には全くもって相応しくないと思うが、ルクレイシアに言われるとライラは多少落ち着いたようで、仕方がありませんね、とか呟いた。何が仕方が無いのだろうか。エイブラムには全く分からない。
普段の三つ編みをほどいて、くるくると巻き毛のようになっている髪を自身の指に巻き付けながら、ライラ。
「まぁ? 確かに? パトリックより私の方が年上ですし? 半年ほどですけれど? 落ち着いた神官らしい大人の魅力を見せつけると言いますか?」
「どこにそんなものが……」
「死にてぇのかボンボンがよ」
うっかりエイブラムが呟くと、流れるように罵倒が出てきた。ルクレイシアも普段から気を付けているというが、ライラもルクレイシアも、大層苦しい状況から成り上がって来た娘たちである。美しいものばかり見聞きすることは適わなかっただろう。それにしても酷いという自覚はあったのか、ライラはコホンと小さく咳払いをすると、微笑んだ。
「それは冗談としまして」
「冗談であって欲しいものだが」
相手はパーティの生命線である神官である。冗談にもならない。彼女に故意に見捨てられては堪らない。
彼女がその気になれば、迷宮の底で誰も助からないことだろう。
ライラはわずかに目を伏せた。慎ましくも美しい、神官に見えなくもない。大したものだ。かくあるべしと定め、願って、日々の努力でもってそれを体現している。その努力と成果は認められるべきであろう――エイブラムとルクレイシアの前では、だいぶボロが出ているが。それも親しさの発露と甘受すべきか。
「冗談ですよ……私はパトリックと、あなた達のようになりたいのです。アドバイスを寄こしやがりなさい」
「ライラ、ライラ、パトリックの前で言ったらちょっとダメな感じになってる」
「……アドバイスをくださいな?」
「それなら大丈夫!」
ルクレイシアに保証されて、ライラはにっこりと満足げに微笑んだ。ルクレイシアも嬉しそうに続ける。
「やっぱり大事なのはお互いの気持ちだと思うし、ライラの気持ちが変わらないなら、後はパトリック次第だから。好きになってもらえるように、毎日を積み重ねていくしかないんじゃないかな」
「そう……ね……」
ふっ、とライラの目が陰る。落とし穴に落ちたように。
「……なってもらえるかしら。親の顔も知らない、魔物を殺して生きることしか出来ない、私が」
「だーいじょーぶ!!」
煌めくような笑顔でルクレイシアが告げる。南の勇者。誰もが愛さずにはいられないような彼女が。
「わたしだってそうだもの! ねっ?」
だから大丈夫。わたしが愛されているから。
それは傲慢で尊大な物言いだ。けれどライラもエイブラムも、ルクレイシアの煌めく瞳に星を見た。見てしまったのだ。もう目を逸らせるはずがない。ライラもエイブラムも、ルクレイシアとゆく事だろう。どこまでも。
「……それもそうね」
ライラが肩の力を抜くのが見て分かった。今日の反省会はこれで終わりだろう。エイブラムも肩の力を抜く。そして、ただ、思う。
逃げろ、パトリック。
ライラさん、退却でも回復でもなく『その場に留まる』に全振りしましたからね。




