十七章 戦士・パトリック 後編
エメリーンはどうしたのだろうか。疲れてしまったのか。そうか、そうに違いない。可哀想なエメリーン。可哀想なメイナード。こんなに、疲れてしまって。
メイナードはうつ伏せになって眠っている。
ルルーの歌が聞きたいな、と唐突にパトリックは思う。メイナードに歌って欲しい。けれど、メイナードは眠っている。エメリーンも、眠っている。仕方が無い。
けれど、何だか無性に諦めきれなくて、パトリックはら、るる。ら、るるる。と歌う。自分でも分かる。下手だ。音楽の才能は、無い。音楽どころか、大抵の物事を、パトリックは上手くこなすことが出来なかった。手先は不器用だし、何をするにも、何を学ぶにも、要領が悪い。
パトリックに出来るのは、魔物を殺して、駆けることくらいだ。ルルーと共に。
それでも、小さく、ら、るる。ら、るるる。と歌う。
ルルーの歌。
きっと、パトリック達を護ってくれるに違いない。
パトリックが歌い疲れる頃、エメリーンが起き上がった。メイナードはうつ伏せになって眠っている。エメリーンは、意を決したように、言う。
「ねぇ、メイナードの背中から、投げナイフを抜いてあげてはどうかしら……?」
パトリックは目を瞬かせる。何を言っているのだ。何を。投げナイフが背中に刺さっては、神官もいないのだ。適切に処置を行わなければ、いや、適切に処置を行ったとしても……。
……なにか、とてつもなく、かなしいことが、あった、きが、したのだが。
上手く思い出せない。思い出せないという事は、大それたことではなかったのだろう。そうに、違いない。パトリックは納得する。
「何を言っているんだい、エメリーン」
「パトリック、お願いよ、現実を見て……?」
「何を言っているんだい、エメリーン」
「パトリック……」
エメリーンは疲れ果てた様に、下を向いて、首を振った。ほろほろ、ほろほろと、また泣いている。
「……パトリックも、少し、休んではどうかしら……?」
「そうだね。ありがとう、エメリーン」
地上まで、きっと、後少しだろうけれど。少しも休まずには、辿り着けないだろう。体力を回復させなければ。強く。強くあらねば。パトリックは戦士なのだ。メイナードや、エメリーンよりも年長者なのだ。
夢は、見なかった。
珍しい事だ。
ルルー、せめて夢の中でも、明るい、君に、会いたかった。君なら、きっと、素晴らしい助言を与えてくれたことだろうに。
眠るメイナードと、泣き続けるエメリーンと、進む。
「……泣かないでおくれ、エメリーン」
時折、エメリーンに声を掛ける。エメリーンは黙って首を振る。仕方なく、魔物の足音に耳を澄ませる。何も聞こえない。静か、だ。
歩く。歩く。
時折、休む。
一行の会話は無いが、パトリックの心は穏やかだった。むしろ、静かな方が良かろう。メイナードが眠っているのだから。起こしてしまっては、可哀想だ。体調は、悪くない。このまま、地上に辿り着けることだろう。
それにしても、何か、微かに、おかしな臭いがする気がする。気のせいだろうか。そうだろう。何かが、腐ったような――しかし、腐るような食べ物など、パトリック達は何も持っていない。そもそも、あの抜かりの無いエイブラムが、腐るような食べ物などを迷宮に持ち込むはずがない。
きっと、魔物達の返り血で、鼻がおかしくなってしまったのだろう。そうに違いない。
パトリックの背中で、メイナードが眠っている。
魔物達は、もう、パトリック達を倒すことを、諦めたのだろうか。
そんなことを思ってしまうくらい、あれから、魔物達には遭遇しなかった。
あれから?
あれ、とは?
……なにか、とてつもなく、かなしいことが、あった、きが、したのだが。
上手く思い出せない。思い出せないという事は、大それたことではなかったのだろう。そうに、違いない。パトリックは納得する。
何だか、何度も、何度も、同じことを考えているような、気がする。
頭が痛い。身体の凝りのせいだろう。この金属鎧を外せたら、どんなに楽か!
頭が痛い。あるいは、このとてつもない空腹のせいだろう。地上で、3人で、うんとたくさん、美味しいものを食べよう。それが良い。
パトリックの背中で、メイナードが眠っている。
はて、さて。それにしても、どうして、こんなにも、パトリックの背中は冷たいのだろう?
……なにか、とてつもなく、かなしいことが、あった、きが、したのだが。
上手く思い出せない。思い出せないという事は、大それたことではなかったのだろう。そうに、違いない。パトリックは納得する。
遠くで、足音が、した。
「……エメリーン」
「……えぇ」
エメリーンに声を掛けると、どこか虚ろな声で、エメリーンは答えた。
「……足音が、したわね。身軽な私が、先に見てくるわ。パトリック、貴方は、ここで待っていて?」
「すまないね」
戦闘に備えて、眠っているメイナードを地面に下ろす。横向きに、寝かせる。はて、さて。どうしてメイナードは、パトリックにおぶさった形のまま、腕を曲げているのだ? それでは、腕が、疲れてしまうだろうに。
エメリーンは、1人で足音もなく進み、進み、壁際にしゃがみ込んで道の先を眺めた。そうして、あぁっ、と悲鳴のような歓声を上げる。
「貴方達……! 貴方達は……!? 私、私達は、南の勇者の、ルクレイシアの、パーティメンバーよ……!」
エメリーンのその声に、幾つも、幾つもの、人間の言葉が、答える。
「おぉ……! ご無事でしたか!」
「良かった! 南の勇者様は……?」
「まずは怪我の手当てを……!」
「お仲間は、どこに?」
立ち上がったエメリーンは、パトリックの方に駆けてくる。どうしてだろうか。エメリーン。どうしてそんなに嬉しそうなのに、まだ、ほろほろ、ほろほろと、泣いているのだ?
「パトリック! パトリック! 救助部隊よ! 私達、助かったのだわ!」
エメリーン。
どうして?




