十六章 荷運び・メイナード 後編
そりゃ、1本道じゃ、無いもんなー。迷宮の道は、ぐねぐねしてて、色んな場所で、分かれ道があって、意外なところで、繋がっていて。そりゃそうかー。回り込んで、来るかー。
妙な所で納得しながら、でも、勢い付いてしまっていて、簡単には止まれなさそうだ。ぶつかる。ぶつかっちゃう? 向こうさん、武器、持ってるけど。錆びた剣とか、パトリックが持っているみたいな、金属の塊チックな鎚とか、色々。
それに対して、メイナードは丸腰と言うか、あ、そうだ、短剣。短剣持ってる。けど、あ、もう、ぶつかるし……!
「パトリック、助けて!」
この期に及んで、人任せとは、何ともはや。
けれど、メイナードは叫んだ。叫ぶしかなかった。人生で、今日まで結構な回数エクサ・ピーコに祈ってきたけど、それよりもずっと切実に、心を込めて、叫んだ。
「罪無き、人よ……」
祈りは届いた。
届いたのだ!
パトリックが、一体どこにそんな力が残っていたのか、魔物とぶつかる寸前、メイナードを後方に突き飛ばして、鎚を一閃させた。ごろごろ地面を転がりながら、メイナードはパトリックを見上げる。
そんなに簡単に、魔物の頭って割れるの? とか、問いたい。知ってたけど。パトリックは、強いのだ。とんでもなく、強いのだ。あの鎚、滅茶苦茶重いんだぜ。なのに、それをぶんぶん振り回して、身体の軸はちっとも動かないのだ。
パトリックは、あっという間に屍山血河を築いてみせる。
エメリーンの背後に回り込もうとした別動隊は、10匹か、もっとか。でも、パトリックはそれだけいた魔物を、全滅させてみせた。
「……行こう、メイナード」
パトリックは返り血塗れの顔で、微笑む。
エクサ・ピーコのごとき、微笑み。
「う、うん。行こう。行こう、パトリック!」
戻った方が良いか、と、思わなかったと言えば嘘になる。エメリーンの支援に戻った方が良いのでは? ばらばらにならないでいた方が、良かったのでは? 魔物は、無限に存在するわけでは、無いのだから。
でも、パトリックの微笑み。エクサ・ピーコのごとき微笑みには、何だか有無を言わせないものがあった。思わず、メイナードが頷いてしまうような、何かが。
それが、メイナードの罪だったのだろうか。
弱い、メイナードの。
パトリックはずんずん進んでいく。さっきまで、メイナードの支えが無ければ歩けなかったほどなのに。どうしたの。どうしちゃったの。分からない。祈りは届いた? そんな単純な問題か? どうだろ。
もしかしたら。
もしかして。
パトリックは、命の最後の炎を、燃やし尽くそうと、してるんじゃ……?
「パトリック」
「何だい、メイナード?」
声まで、しっかりしてきている。メイナードはぞっとする。嫌だ。そんなの駄目だ。メイナードは懇願する。
「みんなで、地上に、帰ろう」
「……その通りだね」
パトリックは微笑んでいる。
微笑んでいる。
やめてくれよ。
メイナードは喚きそうになる。
エクサ・ピーコになんか、ならないでくれ。
行かないでくれよ、パトリック。
南の勇者一行で、いてくれよ。
パトリックは微笑んだまま、ずんずん歩いて行く。魔物が現れる。仲間からはぐれたのか、先行し過ぎたのか、1匹だ。パトリックは、まさに一蹴、と言う感じで、魔物を始末する。
待って。
まって。
「パトリック、待って――」
メイナードは不用意に声を張り上げた。パトリックが振り返る。その目が、見開かれる。メイナードは安堵する。良かった。パトリックは、エクサ・ピーコなんかじゃない。メイナードの思い違いだ。
だって、パトリックはこんなにびっくりしてる。エクサ・ピーコが驚いたりするもんか。パトリックはメイナードに手を伸ばす。どしたの? メイナードは笑った。笑って。
背中に、何かが、当たった。
メイナードはつんのめりそうになる。パトリックが、あれほどこだわっていた鎚を放り出して、両手を伸ばしてメイナードを抱きとめる。パトリックは、絶叫した。魔物の雄叫びなんて、目じゃ、無かった。
「パトリック……?」
不思議だ。何で、そんなに、今にも死にそうな顔をしてるんだパトリック。パトリックは強いのに。南の勇者一行の、戦士なのに。
罪に慄く罪人みたいに大きく震えて、メイナードをうつ伏せに横たわらせてから、パトリックは再び鎚を手に取り、駆けた。メイナードが首を動かして見ると、どうやら、さっき倒した魔物の群れで、死んだふりをしていた奴がいたらしい。仲間の血に塗れて、でも、どうやら傷1つ無く、しっかりと立っている。
そいつは笑ってる。メイナードに魔物の言葉は分からないけれど、何かを言って、高らかに笑っている。何で、そんなに嬉しそうなんだろ? 会心の出来事があったみたいだ。
あぁ、それにしても、背中、いってぇなぁ。何が当たったんだろ。
メイナードは背中に手を伸ばす。自慢じゃないけど、身体は結構、堅い。それ以上に、何だか動きにくい。込み上げてくるものがあって、メイナードは小さく咳き込んだ。小さく咳き込んだだけだったのに、げほっ、と塊みたいな血が出て来た。あれ?
何だこれ。何だろう、これ?
痛いって言うか、痛いけど、それ以上に、熱い。それなのに、じわじわ背中が冷たく濡れている気がする。
「メイナード!」
魔物を撲殺したパトリックが、メイナードの傍らに跪いた。パトリックが、泣いている。こりゃ、あかん。メイナードは呟く。言おうと、したのだけど、何だか全然力が入らなくて、呟きみたいになってしまった。
「みんな、で、地上に……」
「あぁ、あぁぁ! エクサ・ピーコよ! 何故! なぜ――!」
パトリックは頭を抱えて咽び泣いている。もしかして、が、確信に変わる。
俺、地上には、行けないのか。
ルルー。
そちらはいかがですか?
ハワード。
お前、どうしてる?
可愛いメリッサ。
ごめんな。兄ちゃん、ここまでみたいだ。
「パトリック……」
メイナードは全力を振り絞って、囁く。聞いてくれよ、パトリック。頼むから。
「罪無き人よ、善き人よ……!」
パトリックは滂沱の涙を流しながらも、メイナードの口元に耳を寄せてくれた。
メイナードはその心使いが嬉しくて、笑う。
「俺、ルルーのパーティで、役に立てて良かった」
それは、メイナードの嘘偽りない言葉だった。




