十六章 荷運び・メイナード 前編
やー、重いね。パトリック。いいなぁ。体重、どれくらいあるんだろう。俺もこれくらい体格が良かったらなぁ。そしたら、きっと、皆を護る、壁になれた。
別に、ハワードに言われたからじゃないけどさ。格好いいじゃないか。聖騎士とか。まず、名前からしてものっそい格好いい。
身長も、体重も、メイナードは実に平凡だ。何かちょこっとでも、非凡なところがあったら、それを活かして何とかしたかったんだけど。何てな。いいじゃないか、平凡。これから何にでもなれるぜ。
とか、前向きなことを息つく間もなく考え続けないと、しんどい。
やー、今まで運んだもので、一番重いね。パトリック。ものじゃない? まぁ、確かにね。者だよね。
にこやか、とは程遠かったけど、エイブラムも優しかったのかな、と思う。まぁね、エメリーンの兄ちゃんだしね。悪い人ではないよね。絶対。メイナードに運べる量の荷物しか、メイナードに持たせはしなかったよね。まさしく絶妙、って感じだったよね。
ちょっと、今は、絶妙、超えてるかなー。まぁ俺もね、苔しか食ってないしね。力が、出ないよね。卵とか、罪のないもの食べたいよね。肉はちょっとね。とか、誰に話しかけてるのか、よく分かんないけど。
少し先行したエメリーンは、振り返ってメイナード達を待っている。
急がないと。メイナードは、精一杯、足を速める。時間だ。時間が惜しい。パトリックはきっと、やばい。考えたくないけど。だって、熱が凄い。早く神官に診せないと駄目だ。
でも、動くたびにガシャガシャ音を立てる金属鎧ときたら! 重たいんだよ。ほんと。いや、最前線を行くパトリックを守るものだってのは、分かってるけど。
「……ライラ……君に……」
しかも不意打ちに、心臓に悪い言葉が、パトリックの口から零れてくる。メイナードは何だか泣きそうになって、慌てて、明るく声を掛ける。
「うん。うん、頑張って、パトリック」
「……あぁ……メイナード……そうだね……その、通りだ……君を……地上に……」
パトリックがわずかに顔を上げる。自力で歩いてくれて、かなり楽になる。エメリーンに追いつく。
進んで、進んで、どれくらい進んだかなー。たぶん、悲しくなりそうな距離だろうから、メイナードはあまり考えないようにする。
メイナードの息が上がりそうになるころ、休憩にすることになる。エメリーンがしていたみたいに、壁で手を冷やして、それから、パトリックの額に乗せる。パトリックもしんどいだろうなぁ。こんなに熱があるってことは、傷はさぞ痛むことだろう。
メイナードはまだ起きていられそうだったから、エメリーンに先に休んで貰うことにする。その間に、パトリックの額を冷やす傍ら、苔を食む。飽きた。飽きたとも。でも、苔しかないし。というか、万々歳だよね。苔。お陰で、水が飲めて、メイナード達はまだ生きている。
――人間が水なしで活動できるのは、3日か、4日だぜ。
とか、以前、魔術師のハワードが言ってた気がする。素直に感心するのが悔しくて、試したのかよ、とかメイナードが言い返すと、ハワードはぐっ、と詰まった。あっはっは。勝ったぜ。とかメイナードが悦に入ると、ハワードは涼しい顔で言ったものだ。
――迷宮を行く人間の、常識だ。こんなの。
常識知らずで悪かったな。と、言ったのだっけ。どうだったかな。その前に、ハワードの背中に飛びついて、チョークスリーパーを決めていたような気もする。やめろ! とか、やめるか! とかぎゃあぎゃあ騒いでいるメイナード達を見て、やっぱりルルーはころころ笑っていた。
ハワード。
お前。
どうしてる?
けろっと地上で待ってるのか? だったら、さっさと救助部隊を寄越してくれよ。パトリックがやばいんだって。
それとも。
それともさぁ。
お前も、あの、大広間で……。
考えたくないことを考えてしまって、メイナードは慌てて首を振る。
いやいやいやいや。
ほんと、良くない。こういうの。メイナードはパトリックの額から手を放して、また、壁に手を当てる。冷たい。あれ?
メイナードは、道の先を見た。薄暗い。迷宮。遠くない。めっちゃ近い。いる。何が? 何って、あの、頭の上に犬みたいな耳があって、尖った口をした、あれは、コボルトだ。うん。コボルトですね。こんな近くに来るまで、接近に気付かなかった……!?
「……っ、エメリーン! コボルトが!」
メイナードは叫んだ。悪手だった。コボルトが、確信を得たようなしっかりした足取りで、ぱっと身を翻して、メイナード達から離れて行く。エメリーンは飛び起きて、短弓を構えた。
不幸なことに、無意識に手にした弓矢は、小鬼から得たものだったらしい。エメリーンは矢を放ったけれど、普段より、全然飛んでない。コボルトに届かない。コボルトは、逃げる。逃げる。そして。
るぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!
絶叫した。
メイナードも何度も聞いたことがある。コボルトが、他の魔物を呼ぶ声。エメリーンが、動揺するメイナードの肩を引っ掴んで立たせる。
「行って!」
エメリーンに背中を強く押されるけど、メイナードは踏ん張った。
「パトリックも!」
言うべきか、言わざるべきか、エメリーンは迷ったみたいだった。エメリーンの唇が動くけれど、声は出ない。メイナードはその隙に、パトリックを立たせる。エメリーンはそれを阻止しようとした。
「パトリックは、もう持たない! 行って! メイナード! 貴方1人で!」
「嫌だ!」
エメリーンの手を振り払って、メイナードはパトリックを引きずるみたいにして歩く。遅い。ものっそい遅いさ。
「パトリック、行こう。一緒に、地上まで」
「……あぁ……メイナード……そうだね……その、通りだ……君を……地上に……」
パトリックの声は虚ろだ。でも、ちょっとだけ自力で歩いてくれている。
「メイナード……!」
エメリーンは悲し気にメイナードの名前を呼んだ。魔物の叫び声は、るぉぉぉぉ、るぉぉぉぉ、と連鎖している。魔物達の足音が、聞こえてくるようだ。来る。来ちゃう? だよねぇ。
エメリーンが、メイナード達と逆方向に駆けて行った。迎え撃つ、つもりだろう。ごめん。ごめん、エメリーン。一番大変な役目を。エメリーンこそ、逃げてよ。そう言えなかった、俺、酷いかな。でも、パトリックを置いて行くなんて、嫌だよ。
「みんなで、地上に帰ろう! エメリーン!」
背後を振り返る余裕なんてない。でも、メイナードは叫んだ。誰かを切り捨てるなんて嫌だ。みんなで行こう。みんなで、一緒に!
パトリックを担ぐみたいにして、どたどた走る。すぐに息が切れる。でも、忍耐強さでは定評のあるメイナードだ。まだまだいける。もう駄目だ、と思ってからが勝負だ。
背後では、魔物の叫び声とか、怒声とか、悲鳴とか、色々聞こえてきて、本当に賑やかだ。魔物の悲鳴が聞こえている限り、エメリーンは無事だ。無事に、違いない。エメリーンは、狩猟の妖精とも讃えられた、南の勇者一行の冒険者だ。すっげぇんだぜ、と、誰かに自慢する。
走る。
走る。
その道の先から、魔物が現れて、メイナードは凍り付いた。




