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南の勇者が死んだ。  作者: 桜木彩花。


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十五章 弓使い・エメリーン 前編

 パトリックが負傷するなんて。


 エメリーンにも予想外の事だった。でも、そう。そうね。メイナードの言った通りだわ。人間だもの。そうね。今日までも、最前線を行くルクレイシアやパトリックや兄さまが負傷することは、何度もあったではないの。その度に、ライラが癒していただけで。


 油断してはいけないわ。私達は疲れている。弱っている。心も、身体も。魔物の数が、予想外に多い。心得て。


 自身に言い聞かせながらも、弱いエメリーンの心は嘆いてしまう。


 兄さま。ライラ。どうして私といてくださらないの?


 分かっている。分かっているのだ。兄さまも、ライラも、あの大広間で殺されてしまった。殺されるところを、エメリーンは確かに目にしたのだ。諦めなくては。認めなくては……。


 でも。


 メイナードは言ったわ。


 ――もしかしたら、さ。あの、もしかしたら。みんな、エメリーンみたいにさ、1人で頑張ってさ。みんな、地上で、地上までさ、先に帰って、で、俺達のことを、待ってるかも、しれないじゃん。


 そんなことが。


 あったら。


 そんな希望に。


 すがっても良いの?


 分からない。でも、南の勇者一行は30人ほどの大所帯だったのだ。誰か。誰か1人くらい。もしかしたら誰かが、既に地上に帰って、救助部隊を編成してくれているかも。そんなことを、考えても良いの?


 ダメ。そんな都合の良いことを考えては。頼っても良いのは、ここにいる、私自身と、パトリック。それから、ちょっぴりだけ、メイナード。それだけ。


 だって、大広間で何人も何人も死んだのだ。エメリーンは知っているのだから。頼ってはいけないわ。すがってはいけないわ。私自身の足で、進まなくては。私自身の手で、殺さなくては。そうして、メイナードを地上に送り届けなければ。


 強い兄と、無力な弟。


 私は、優しい姉であることが出来るかしら……?


 こんなに、お腹が空いているのに……?


 さぁ、仕方のないことは忘れて、耳を澄ませて。魔物の足音を聞かなくては。おそらく、魔物は団結し始めている。最深部から人間が逃げたという情報が伝わっているのだろう。


 そうでなければ、先程の様に、先手を取られるはずがない。魔物達も警戒している。私達を殺そうとしている。気を付けて。無力な弟を守らなくては。


 あぁ、何てことかしら。殺意を向けられる方が、ずっと、ずぅっと、楽だわ。慣れたものだわ。エメリーンは微かに微笑む。今は、ルクレイシアの歌がある。胸の中で、歌う。まだ、少し、歩ける気がする。


 エメリーンは気付いて、振り返る。パトリック達が遅れているので、立ち止まる。パトリック。大きなパトリック。オークみたいに。金属鎧までまとっていて、彼を支えるのは重いでしょうに、メイナードは文句ひとつ言わない。


 歩いて、歩いて、倒れこむように休憩にする。もう、何日経ったのかしら。1日に何度も休んでいるから、休憩の回数だけ数えても、当てにならない。そもそも、休憩の回数すら、思い出せない。エメリーンは自嘲する。当たり前だわ。階段を幾つ登ったかも、思い出せないのに……。


 パトリックの足の傷に触れると、熱を持っていた。化膿かのうしているのかしら。どうしたらいいの。綺麗な水も、薬も、食料も、安静に出来る時間も、何も無い。ライラ、ライラ、助けて。


 ダメ。泣いては。せめて、当て布を取り換えてあげたいけれど、エメリーンの服も、パトリックの服も、魔物の血に塗れている。こんな布を当てたところでどうなるの? 余計に不潔なのではない? どちらが良いの。分からない。


「……エメリーン」


 パトリックが小さく囁く。堅実な戦士は微笑んでいる。ねぇ、パトリック。どうしたらいい? どうして欲しい? 貴方が選んで。私には分からない。


「パトリック……」


「……泣かないでおくれ、エメリーン」


「ごめんなさい。子供みたいに。泣いても、どうにも、ならないのに……」


「……メイナードを、地上に、連れ帰らなくては……」


「そうね。その通りだわ。メイナードは良い子ね」


 エメリーンが口早に答えると、気を失ったようにパトリックは目を閉じた。メイナードを地上に連れて帰る。それだけが、貴方を支えているのね。きっと、私も、そうね。メイナード。無力な、私達の、救い主……。


 エメリーンはしゃくり上げながら、手のひらを迷宮の壁に当てる。冷たい。凍り付いてしまいそう。指先の感覚が無くなるころに、パトリックの額に冷やした手を乗せる。パトリックの額は熱い。何にもないの。何にも……。


 何度か手を冷やして、パトリックの額に乗せるのを繰り返していると、メイナードが目を覚ます。メイナードは、エメリーンが何をしているのか、すぐに気付いたらしい。不安そうに、言う。


「パトリック、熱が、けっこう、あるみたいで……」


「大丈夫よ、メイナード。地上に帰れば、こんな傷、神官がすぐに癒してくれるでしょうから」


 エメリーンは微笑む。微笑めていると、いいのだけれど。


「……うん、そうだね」


 メイナードは素直に頷いてくれた。ほっとする。どうやら、エメリーンは微笑めていたらしい。


 嘘ばっかりね。


 私は、嘘ばっかり。何て醜い。何て罪深い。でも、兄さまが。兄さまが私を大事にしてくださったのだから、私は、生きなくては。行かなくては。


 眠る気にもなれなくて、小さな声で、メイナードと話す。と言っても、気を使ってくれたらしいメイナードが主に話し、エメリーンは頷くばかりだった。


 荷運びではなく、本当は冒険者になりたかったこと。同い年の魔術師のハワードが羨ましかったこと。でも、ハワードと馬鹿なことをやるのはとても楽しかったこと。

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