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南の勇者が死んだ。  作者: 桜木彩花。


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十四章 戦士・パトリック 前編

 魔物の死体から、矢を引き抜く。それなりに力がいる。やじりに肉片が付いて来ることもある。エメリーンの狙いは正確であるから、目から脳を射抜かれた魔物から矢を引き抜くのは、気が重い。魔物の死体を好き好んで傷付けたいわけではないのだが。


 それでも、弓矢の残数を考えると、使えるものはまだまだ使わなくてはならない。地上が近い、とエメリーンは言ったが、はて、さて。


 あまり期待しない方が良いだろう。何と言っても、18階層まで広がってしまった高難易度の迷宮なのだ。迷宮は大概、すり鉢型に広がっている。つまり、上層階になればなるほど、1つの階層が広くなるのだ。


 地図が作成できないのが辛い。せめて、と、道に矢印を書き記して、進む。直線というものを憎んでいるのではないかと思えるような、ぐねぐねとした道。道。時折、丸い、小部屋。おそらく、半日近く歩いて、また矢印を見つけてしまった時には、溜息が隠せない。


 飢えている。うえている。けれど、この迷宮で口に出来るのは、もう、こけだけだ。


 ら、るる。ら、るるる。と、メイナードだけでなく、恐る恐る、という感じで、エメリーンも小さく歌うようになった。気を紛らわせなければ、いられないのだろう。


 罪無き人よ。


 罪深き乙女よ。


 それだけ? と。


 どうして問うたのだ。エメリーン。


 君が言わなければ。問わなければ。メイナードと2人きりだったら。決して。けして。出来なかった。出来るはずが無かった。出来ては、いけなかった。いけなかったのだ! あぁ、もう、あの敬虔けいけんなライラと同じ場所へは向かえまい!


 2人が、3人になったことは、エクサ・ピーコの与えたもうた幸福だと? 食事にありつくことが出来たことは、エクサ・ピーコの与えたもうた祝福だと? 何と、何と愚かなことをパトリックは考えたのか!


 メイナードとエメリーンが眠っている間に、発作的に頭を壁に打ち付けてしまった。2度、3度。4度。それに気付いたらしいエメリーンは、横になったまま薄く目を開けて、じっとパトリックを見るだけだった。罪無き人よ。起きてくれるな。罪深き乙女よ。何か言ってくれ。


 何より、誰より、あぁ、エクサ・ピーコよ! どうか僕に救いを!


「あー……?」


 メイナードが呻く。不思議そうに、目を擦りながら。


「……なんか、変な音、が、した……?」


「気のせいよ、メイナード。まだ眠っていて、良いのよ」


 ぱっと身を起こしたエメリーンは、優しくメイナードの肩に手を乗せて、言う。罪深き乙女よ。どうしてそんなに優しい声が出せるのだ。


「そっか……うん……」


 もにゃもにゃ言って、メイナードはまた目を閉じる。静かになさい、とエメリーンが目で命じて来る。実際には、口に出して、こう言った。


「見張りを代わりましょう。パトリック」


「いや、まだ……」


「いいから。貴方は休むべきだわ」


 エメリーンに断言されて、パトリックは断り切れずに横になる。1人で起きていたら、また、壁に頭を打ち付けてしまいそうだったから、良かったのかも知れない。


 そうして、夢を見た。


 夢の中では、ルルーも、ライラも、誰も、彼も、笑顔だった。明るい、陽の射すギルドハウス。エメリーンも、しとやかに微笑んで、エイブラムの隣に座っている。パトリックは叫びそうになる。もはや、君に、その権利はあるまい! 罪深き乙女よ! 僕と同じ罪を犯した乙女よ!


 誰かに呼ばれた気がして、ふと、パトリックは振り返る。明るい、陽の射すギルドハウス。リビングに飾られていた、大きな鏡。そこに映るのは、つちも、鎧も、顔も、口の中までも魔物の血に塗れた、パトリックだった。


「――パトリック、パトリック!?」


 揺さぶられて、目を開く。暗い。何て暗い場所に居るのだろう。パトリックは。このような場所には、エクサ・ピーコの慈悲の目も届くまい。


「パトリック、大丈夫だよ、パトリック、いや、何が大丈夫なんだかよく分かんないけど。でも、魔物もいないし。エメリーンも俺もいるし。あ、苔、苔食べる?」


 せわしなく言いながら、メイナードは壁から苔を剥がして、土を落として、パトリックの口に放り込んで来る。じわり、と、多少えぐみのある、けれどもう、すっかり慣れてしまった水が、口の中に広がる。喉のひりつきが収まる。


 あぁ。


 あぁぁ。


 パトリックは、叫んで、いたのだろう。何事かを。意味のある言葉では無ければ良いのだが。惨めな、エメリーンをののしる言葉など、罪無き人に聞かせては、いけない。涙を堪えて、パトリックは微笑む。


「……ありがとう、メイナード」


「どういたしまして。苔だし。何処にも生えてるし」


「……そうでは、ないのだよ」


 少しも休まった気はしないけれど、それでも、進むことにする。パトリックの声で、魔物を呼び寄せてしまったかもしれないから。ら、るる。ら、るるる。と、メイナードとエメリーンが小さく歌う。ルルー。南の勇者よ。我らの導き手よ。


 ――助けて。もうすぐ、俺の、子供、産まれる。


 魔術師にして剣士たる南の勇者よ。君は、あの魔物達の言葉を、ずっと前から、理解していたのか。


 ――誰かが、わたし達を待っているんだよ! 行かなくちゃ! ねぇ、わたし達は、誰かの願いを叶えられるんだよ! それってすっごく、素敵なことだと思わない?


 明るく笑う。ルルー。


 どうしてそんな言葉を口に出来たのだ。罪を犯してなお、そう言っていたのか。罪を罪と知ってなお、笑っていたのか。


 あぁ。


 あぁぁ。


 強い、人よ。


 酷い、人よ。


 エクサ・ピーコのごとき、人よ。


 エクサ・ピーコがいずこにおられるのか、という問いは人類の永遠の謎だと言われているけれど、あぁ、きっと、エクサ・ピーコはパトリックのすぐ傍におられたのだ。


 そうして、パトリックはエクサ・ピーコをうしなってしまった。


 何処かにまた、産まれたのだろうか。魔術師のごとく、剣士のごとく。明るく、優しく、強く、皆に頼られ、皆を導き、駆け抜ける――そういう、年齢不詳の、勇者が。


 そうだとしたら。地上にはまだ希望があるとしたら。パトリックは探しに行こう。


 君にまた、会いに行こう。ルルー。

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