十三章 荷運び・メイナード 後編
「駄目だよ!」
これは。これだけは即答できた。メイナードごときでも。メイナードはエメリーンの腕を掴み直す。エメリーンはメイナードの耳元で、不思議そうに囁く。
「……ダメ、かしら……」
「駄目だって! エイブラムはあんなにエメリーンを大事にしてたのに!」
「……兄さまが、私を……?」
「そうだよ! じゃっかんシスコンの気があると思ってたよ! いつまでも、ルルーと結婚しないでさぁ!」
言い切って。あれー、メイナードも、妹のメリッサが結婚するのが先だ、とか思ってたぞー。とか思い直す。何というブーメラン。辛い。俺も立派なシスコンか。それなら、言える。言い切れることがある。
「だから、エメリーンは、死んじゃ駄目なんだ!」
「……もっと、良い妹で、いれば良かった」
言って、エメリーンは、ぱっとメイナードの腕を振り払ってメイナードの背中から飛び降りた。メイナードは、3歩つんのめってから、振り返る。
「エメリーン!」
「行って!」
エメリーンは短く叫んで、短弓を構えた。エメリーン。狩猟の妖精とも讃えられた、南の勇者一行の冒険者。
パトリックの横を突破したらしい魔物が、メイナードが思っていたよりずっと傍まで迫っていた。もう、魔物の武器がエメリーンに届いてしまう!
でも、その前にエメリーンの弓弦が鳴った。2回。ほとんど1回に聞こえたけど、早撃ちはエメリーンの得意技だ。知ってる。よくぞまぁ、走って来ている魔物の目を射抜くなんてことが、出来るもんだ。
目から脳を射抜かれた魔物2匹の死体を踏み越えて、エメリーンはパトリックの元に駆けて行く。メイナードは、エメリーンの背中に声を投げ掛ける。
「エメリーン、死んじゃ駄目だ!」
「死なないわ! 私は、あの、南の勇者一行ですもの!」
エメリーンの声は、誇らしげで、高らかだ。
南の勇者一行。
俺には、もう一生、なれない。
あ、ちょっと泣きそう。
それが、羨ましいからか、眩しいくらい美しい思い出だからかは、メイナードには判断がつかなかった。
エメリーンの背中を見送って、メイナードは隠れる為の細い道を探す。何て、惨めな。何て、無力な。嘆いている場合じゃないのは分かってるけど。
良い感じに細い道を見つけて、入り込む。そうして、ただ、祈る。見つかりませんように。パトリックとエメリーンが無事でありますように。神官のライラはもう居ないのだ。あぁ、あれほど、毎朝、毎夕、エクサ・ピーコに祈りを捧げていたライラですら、死んでしまったのに。うぅ。でも、メイナードは生きている。まだ、生きている。
遠くから、パトリックの雄叫びが聞こえた様な気がした。びくっ、となる。大丈夫? 大丈夫でいてください。ほんとに。頼みますから。誰に頼んでいるのかよく分からないけど。メイナードは強く目をつぶって、念を送る。多分、というか、絶対無意味だ。
腰の、お飾りの短剣に触れる。
少しは、役に、立てるか? 立つべきか?
罪無き人よ、と呟いたパトリック。罪無き人で、あるべきか? 分からない。愚かなメイナードには、何も。あぁ、今のメイナードの年にはもう、エメリーンは立派な冒険者であったというのに!
今日まで何をしてきた。何をしてこなかった。ギルドハウスの庭で、いつも鎚を振るっていたパトリック。指の皮がこんなに厚くなってしまった、と零していたエメリーン。メイナードは何をしてきた。ルルーの優しさに甘えて。エイブラムに指示された荷物だけをひたすら運んで。
ルルー。ルルーがもういないのだ。メイナードを甘やかしてくれる人はいないのだ。
行かなくては。
行かなくては!
メイナードは細い道からもぞもぞと出て、来た道を引き返そうとする。
そこで、ようやく気付く。
静かだ。
――死なないわ! 私は、あの、南の勇者一行ですもの!
エメリーンの、誇らしげで、高らかな、声。
誰だってそう思ってただろうさ。南の勇者一行の誰もが、きっとそう思っていた。思っていたはずなのに、君達は、ルルーは、ライラは、エイブラムは、死んでしまったではないか!
腰の短剣を慌てて抜く。腰に下げていた時は重いとも何とも思わなかったのに、片手で握ると、短剣はずっしりと重かった。干し肉とパンしか切ったことが無い、短剣。
走る。道はここまで1本道だった。行かなくては。無力でも、無意味でも、行かなくては!
静かだ。
戦闘の音は、もう聞こえない。
先ほど、エメリーンが射抜いた魔物の死体が2匹分転がっている。踏まないようにして、避けて通る。
どうにでもなれ。なってしまえ。そんな気分で、メイナードは声を張り上げる。
「パトリック! エメリーン!」
「メイナード!?」
声が聞こえた。エメリーンだ。良かった。無事だったのか。泣きそう。
薄暗い道の先から、エメリーンとパトリックが駆けて来る。エメリーンがメイナードに手を伸ばした。メイナードは無力な人形みたいに、抱き締められる。パトリックが、メイナードが来た道の奥に向かって武器を構えた。
だけどもちろん、魔物が追っかけて来るとか、そういうことはない。エメリーンは淑やかに首を傾げた。
「どうしたの、メイナード。魔物に見つかってしまったの?」
「……俺、俺、辺りが静かになって、どうしようって思って、それで」
あぁ、とエメリーンが微笑んで、そっとメイナードから手を離した。
「私達を、心配してくれたのね。ありがとう、メイナード」
「心配なんて、出来るような身分じゃないけど」
「でも、ありがとう。メイナード」
「……うん」
エメリーンに押し切られるように言われて、メイナードは頷く。パトリックとエメリーンは、エメリーンが使った弓を回収する。メイナードも手伝おうとしたら、やんわりと、辺りを警戒していておくれ、とパトリックに断られた。物凄く、小さな子みたいな扱いだけれど、否とは言い難い。というわけで、全力で警戒する。
辺りは、静かだった。




