表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/39

十三章 荷運び・メイナード 前編

 何か、そーとーアレな事があったらしい。メイナードには想像もつかない。パトリックは口数少なく、ただ微笑んでいる。


 その微笑みときたら、何だかもう、人間超えてる感じなのだ。エクサ・ピーコの微笑みは、こんな感じなんじゃないかと、思わせるくらいの。優しいのに、近寄り難くて、万人が共感できるのに、凄みの有る、不思議な微笑みだった。


 エメリーンは、目を覚まさない。昏々(こんこん)と眠っている。揺さぶれば、僅かに反応があるから、生きている。呼吸は安定していて、毒にやられたわけでも無さそうだ。ただ、眠っている。


 ――疲れてしまったんだ……。


 パトリックは言った。そうだろうか。それも、あるだろう。だけど、それだけだろうか?


 遠くから聞こえた、エメリーンの悲鳴と、パトリックの絶叫。


 害虫のように、壁に挟まって、震えるだけのメイナード。


 2人に怪我は無い。だけど、あの、尋常ではない声。何かがあったらしい。だけど、惨めなメイナードごときに、何が言えるだろう。何が出来るだろう。


 かなり、長い時間、休んだ。


 エメリーンは、眠っている。


 パトリックは、微笑んで、微笑んだまま、行こう、と言った。


 そのままつちだけ持って、ひょいっ、と行ってしまいそうになる。メイナードは慌てて、エメリーンを背負う。


 まぁ、それもそうか。メイナードは荷運びだ。いや、エメリーンは荷物なんかじゃないけど。頼りになりまくる、綺麗なお姉さんだけど。荷物は、メイナードの方だけど。


 パトリックは、僅かにメイナードを振り返って、あぁ、と感嘆の息を漏らした。


「罪無き、人よ……」


 眩しそうに、パトリックは目を細めた。メイナードの事を、言ったのだろうか。まぁ、あるか無いかって言ったら、無い方か? どうだろう。分からん。罪。罪なんて、生きて、家畜の肉を食べて、植物を焼いていれば、背負わずにはいられないものじゃないか? どうだろう。分からない。


 エメリーンは重いか、と言ったら、やっぱりそれも、分からなかった。重くもなく、軽くもなく、人間1人分の重みが、背中にかかっただけだった。荷運びのメイナードには、少し、落ち着く、重みでもあった。少しは役に立てている、という、重みだった。


「……兄さま……」


 夢見るような口調で、エメリーンが囁く。かわいそう、だなぁ、と、思う。


 メリッサが、地上で待っている。帰らなくては。お前を1人にはしないよ。


 黙々と、歩く。鼻歌を歌う気分には、なれなかった。


 何が言えるだろう。何が出来るだろう。メイナードごときに。ルルーの仲間ではない、冒険者ではない、荷運びのメイナードごときに。


 でも、こんなにもエメリーンは疲れているのに。傷付いているのに。何にも出来ない、なんて。


「……エメリーン」


「……な、ぁに……?」


 エメリーンが小さく答える。反応はあった。良かった。良かった?


 何が言えるだろう。メイナードごときに。でも、黙っていられなかった。


「……もしかしたら、さ。あの、もしかしたら。みんな、エメリーンみたいにさ、1人で頑張ってさ。みんな、地上で、地上までさ、先に帰って、で、俺達のことを、待ってるかも、しれないじゃん」


 ぎゅ、とメイナードの首に回されたエメリーンの腕に力が入った。痛みを堪えるみたいに。メイナードは言っても良いのか、どうなのか、悩んでから、言う。


「エイブラムもさ、あんなに、強かったん、だし……」


「……兄さまは、死んでしまったの……」


 ああああああ、しくじった。


 しくじったさ。言わなきゃよかった。何てこった。人生は、後悔の連続だ。パトリックの言葉が蘇る。本当に、後悔ばっかりだ。


 エメリーンは、メイナードの背中でしゃくり上げる。


「……兄さまが、死んでしまったのに、私……」


「ご、ごめん、エメリーン。辛いことを、思い出させるようなこと、言って」


「……いいえ……」


 エメリーンは静かに呟いて、続ける。


「……ねぇ、メイナード……」


「う、うん」


「……ルクレイシアの歌を、歌ってくださらない……?」


「歌うよ。めっちゃ歌うよ。うん、聞いて。ぜひ聞いて」


 メイナードは、つっかえつっかえ答えると、ルクレイシアの歌を、歌う。ら、るる。ら、るるる。ルルーほど上手くは歌えないけど。でも、この歌はメイナードの宝物だ。一生、手放すまい、と、思う。


 歌って、歩く。


 魔物が、現れた。


 現れた、のだ。事前に察知できなかった。メイナードは呑気に歌ってたし。いや、呑気じゃないけど。声は小さいとはいえ、エメリーンの為に、全力で、心を込めて歌っていたわけだけど。でもまぁ、油断と言えば、油断しまくりだ。何てこったい。


「うわ……!」


 っていうか、数、多くない? 何かいっぱいいない? こんなんだったっけ。メイナードが1人でうろついていた時は、3匹とか、1匹とか、そんなんだった気がしたけど。


 でも、最深部を出る階段でパトリックに出会ってから。それからは、メイナードは隠れっぱなしだった。だから気付かなかっただけか? パトリックもエメリーンも、こんな道をふさいでしまうくらいの数の魔物と戦って来たのか?


 っていうか、こんなにいっぱいいる魔物の足音に気付けないとか、どんだけ油断してたんだ、俺。いや、パトリックは悪くないけど。きっと疲れていたんだろう。俺が、悪い。弱いんだから、弱いからこそ、もっと警戒してなきゃいけなかったのに。


 すでにパトリックと魔物達の先頭集団はぶつかって、パトリックのつちうなり、魔物も応戦して、武器が、鎧が、ぶつかり合って凄い音を立てていた。


 後ろにいる、弱そうな人間と、弱そうな人間に背負われた人間に気付いたのか、魔物が、えーと、やばい。オークと目が合った。ばっちり合った。オークが笑った? ような気がする。だよね、楽しいよね。獲物だぜぇ、みたいな、気分に、なるよね。


 笑ったオークは、パトリックの脇を無理矢理に突破しようとする。パトリックが何とか阻止する。


「逃げるんだ、メイナード!」


「う、うん……!」


 メイナードはエメリーンを背負ったまま、来た道を引き返す。パトリックとはぐれたら。いや、考えるな。そういうこと。


「……おいて、いって……?」


 エメリーンが囁く。やだよ。嫌だよ。エメリーン。何言ってるんだ。そんなに疲れてるのに。ぼろぼろじゃないか。いや、俺もぼろぼろかもしれないけど。でも、俺はまだ歩けるし。何なら走れるし。


 エメリーンは、メイナードの首から腕を解こうとする。


「……兄さまのところに、いかせて……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ