十一章 戦士・パトリック 後編
そこで、パトリックは目を覚ます。メイナードは苔を口に含んだところだった。
「あ、おはひょう、パトリック」
「おはよう、メイナード」
今、僕が見た夢を現実にするために、歩こうではないか。戦おうではないか。パトリックは、一体どこに残っていたのか、と驚くくらい、力が湧いて来るのを感じる。
エメリーンも、立ち上がって、伸びをした。まだ生きている。まだ進める。2人が、3人になったのだ。問題無い。どころか、エクサ・ピーコの与えたもうた幸福に違いない。エメリーンがメイナードといてくれたお陰で、パトリックは食事にありつくことが出来た。問題無い。どころか、エクサ・ピーコの与えたもうた祝福に違いない。問題無い。まったく、問題無い。
パトリックの力は、十分に食事と休息を取った時とは比べ物にならない程、弱っているに違いない。けれど、もう、幾つもの階段を登ったのだ。魔物達も、弱くなっている。遭遇する魔物も、目に見えてオークが減って、小鬼が増えた。問題無い。
メイナードが鼻歌を歌っている。ルルーの歌。きっと、パトリックが見た夢は現実になる。現実に、してみせよう。地上までは、あと、どれほどだろう。陽の光が恋しい。
魔物は陽の光に当たると、死んでしまう。らしい。
偉大なるエクサ・ピーコは、残酷だ。パトリックは、魔物達にわずかに同情する。魔物は陽の光に当たると、死んでしまう。だから、魔物達は迷宮からそう離れることは出来ない。彼等に出来ることは、日が落ちると迷宮を抜け出して、僅かな木々の恵みや鉱石を手にするだけらしい。
それから、時折、人間の家畜を襲う事もあるらしいが、そもそも、迷宮を破壊せずに、迷宮近くに農地を作ることが愚かしい。と、パトリックは思う。やむにやまれぬ事情があるのかも、しれないが。
ともかく、そうして魔物は日が昇る前に、迷宮に戻って行く。だから、迷宮に近寄りさえしなければ、普通の人間は魔物を目にすることなど無いのだ。普通の人間にとって魔物は、遠い世界の、子供に語る御伽噺に登場するキャラクターでしか、ない。
遠い世界に、やってきたパトリック達。
自ら望んで、おとずれたパトリック達。
迷宮は、世界中に地下に存在する。しかも、今、なお、増加傾向にある。人は、新たな土地を望むとまず、迷宮を破壊する。世界は広い。迷宮を破壊して、破壊して、破壊し尽くした時、人は人を襲うようになるだろう、と予言者は語る。知ったことか、と冒険者達は豪快に笑う。
――だって、迷宮はいーっぱいあるんだよ!
ルルーも笑う。ギルドハウスで暮らしていた時間は、長いようで、短い。ルルーは何かに急かされるように、迷宮を破壊して、破壊して、破壊して、世界中を駆け回っていた。南の勇者と讃えられるほどまでに。
――誰かが、わたし達を待っているんだよ! 行かなくちゃ! ねぇ、わたし達は、誰かの願いを叶えられるんだよ! それってすっごく、素敵なことだと思わない?
その通りだ。ルルー。幼子のように無邪気で、純粋な、南の勇者よ。僕達は誰かの願いを叶えた。違いない。
ルルー。君は何処から来たのだ。僕が、パトリックが出会った時には、既に君は南の勇者であった。君に家族はいるのか。いたのか。君の死を、僕は一体、誰に伝えれば良い?
ライラ、君なら知っていたか? 誰よりもルルーの傍らにいた敬虔な神官よ。
口数の多くないパトリックは、相手の素性を根掘り葉掘り聞くような真似をしなかった。すれば、良かったかも、しれない。ただパトリックは、ギルドハウスに居る時間も、庭で鎚を振るい続けた。強く、なりたかった。ならねば、ならなかった。南の勇者一行に相応しくある為に。誰かの願いを叶える為に。
――ほらー、パトリックもやる気だよ! 満々だよ! 早く、次の迷宮に行こうよー!
そんなパトリックを見ると、駄々を捏ねる子供みたいに言って、ルルーは笑った。ルルーだって分かっている癖に。
各所への報告や、武器の手入れや、食料の調達や、資金の配分や、新たな迷宮の情報の収集や、諸々で、ライラもエイブラムもてんてこ舞いだ。そうそう気軽に次の迷宮へは、向かえない。ライラが穏やかに、エイブラムが苦い顔で、ルルーを諌める。
ルクレイシア・ルークラフト。
通称、ルルー。
良く笑い、良く歌い、誰よりも強く、皆に慕われた南の勇者。
温かい、美しい、思い出であるはずなのに。逃げ惑う小鬼を追いかけて殺し、血塗れの鎚を持ち上げて、パトリックは不意に、落とし穴に落っこちた様な気分を味わう。
ルルー。
君の年齢すら、僕は知らない。
ルルー。
君は何処から来たのだ。
何処へ、行ってしまったのだ?
天上の世界から、僕達を見守っていてくれるのか?
だとしたら、魔物の血肉を口にする僕達を、目にしてしまったと、言うのか……?
最早、パトリックがエクサ・ピーコに許されることは、あるまい。それは分かっていた。覚悟している。けれど、けれど。
あぁ。
あぁぁ。
ルルー。君はどんな顔をして、僕達を見守っていることだろう。
小部屋で何やら作業をしていた7、8匹の小鬼達を、エメリーンと2人で一掃する。
短弓だけでなく、予備の短剣も使ったのだろう。顔中に返り血を浴びたエメリーンが、それでも淑やかに、微笑んだ。
「あぁ、弓矢だわ!」
どうやら小鬼達は、弓矢を作っていたらしい。エメリーンが使用する弓矢とは、もちろん規格が違う。それでも、エメリーンは嬉しそうに、1本残らず弓矢を回収した。
「長さが、随分違うようだけれど」
「でも、使えないことは無いわ。嬉しい。パトリック。弓矢、よ」
「あぁ、そうだね……?」
どうしてそんなに、エメリーンは嬉しそうなのか。パトリックが鈍くさく首を傾げていると、ふふっ、と声に出してエメリーンは笑った。
「パトリック。考えてみて。弓矢に使っている、この木は何処から手に入れたの? 迷宮には、苔しか生えないと言うのに……地上からに、決まっているわ。パトリック。地上が、近いのだわ!」
地上が近い。
地上が近い。
ルルー、君は。
不意に、見慣れていた筈のルルーの顔が思い出せなくなる。パトリックは静かに混乱する。ルルー。ルクレイシア。南の勇者よ。
君は。
どんな、顔を?




