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十章 荷運び・メイナード 後編

 メイナードは、眠ってしまわないように、楽しいことを考える。意外とみんな、いけるんじゃないか。いけてるんじゃないか。だって、彼等は高名な南の勇者一行だ。意外と、自力で迷宮脱出しちゃうんじゃない? 地上で、魔術師のハワード辺りがけろっと待ってたりするんじゃない? やぁ、遅かったね、みたいな感じで。うわ、腹立つな、あいつ。


 メイナードと同じ年で、その癖、ルルーの仲間の冒険者の、賢い魔術師のハワードに、メイナードは何度嫉妬したことか。名前の感じも、じゃっかん被ってるし。なぁ、ハワード。俺は、お前になりたかったんだ。


 ――魔術師になりたい? そりゃ、今からじゃ無理だろ。でもまぁ、メイナード。君は忍耐強い。体力もある。聖騎士なんて、向いてるんじゃないか。皆を護る、壁になれよ。


 壁とか、余計だ。メイナードは過去のハワードに言い返した。ハワードは子供みたいに笑って、いいじゃないか、壁、とか言う。


 ――僕だって、なれるんなら、ルルーみたいに、剣術も使えるようになりたいさ。だけど、無理なもんは無理だ。人は、なれるものにしかなれない。努力しなけりゃ、なれるものにもなれない。


 まったくもって、その通りだ。ぐぬぬ。正論を。あぁ、でも、言い返せない事は多々あったけど、お前といるのは楽しかったよ。馬鹿みたいなことも、やったし。


 ライラの目を盗んで、葡萄酒ワインを飲んで2人揃ってひっくり返ってみたり。ルルーの剣をこっそり借りて、構えてみたり。お前のへっぴり腰ときたら! 今思い出しても、笑える。きらきらした、ルルーの剣。刀鍛冶かたなかじのザカリーに、丁寧に丁寧に手入れされていた、剣。綺麗、だったなぁ。


 でも、綺麗と言えば、エイブラムの剣だ。本当に、綺麗だった。異国の言葉で『黄昏』を意味する、クレピュスキュール。エイブラムは自分の事をあまり話さなかったけれど、家宝の剣だ、と1度だけ聞いたことがある。そりゃ、そんなに綺麗なら、大事にいでいった方が良いよ、と思ったのを覚えている。


 家宝の、クレピュスキュール……。


 エメリーンは、ひとりだ。


 悲しく、メイナードはエメリーンを見やる。あんなに仲の良い兄妹だったのに、エメリーンは1人だ。もちろん、クレピュスキュールを持っても、いない。


 ぎゅぅっ、と、何処かが痛んで、メイナードは壁からこけがす。口に含む。苦い。でも、飲み込む。


 すこし、歌う。ルルーの、歌。いや、本当は、きちんとした題名があるんだろうけど。でも、この歌は、メイナードにとってはルルーの歌だ。ルルーほど高らかには、歌えないけど。


「……ルクレイシア……?」


 夢うつつ、みたいな声で、エメリーンが呟く。起こしてしまったみたいだ。メイナードは、柔らかくエメリーンの肩を叩く。幼いメリッサにするみたいに。


「ごめん、エメリーン。まだ寝てて」


「……いいえ……あぁ、ルクレイシアの、歌……」


 エメリーンはうっすら目を開けて、メイナードを見た。ひどく安心したように、笑う。


「……ねぇ、もう少し、歌ってくださらない……?」


「う、うん。いいよ」


 メイナードは小さく歌う。エメリーンは、ほろほろ、ほろほろ、泣いているみたいだった。しばらくすると、穏やかな寝息に変わる。それでもメイナードは歌い続ける。ルクレイシアの、歌。


 ルルーの歌が、メイナード達を護ってくれるようだった。


 あぁ、エメリーンも、ルルーが好きだったのだなぁ。


 そりゃそうか。エイブラムとルルーは、何て言うか、認めていないのは本人達だけ、みたいな公式感があったし。そしたら、エイブラムの妹のエメリーンにとって、ルルーは義理のお姉さんだ。嫌うより、好きな方が良いに決まってる。


 家族、かぁ。


 メイナードの家族は軽く崩壊してたけど、でもまぁ、いつか、築けたらいいなぁ、とは、思わなくもない。あー、でも、メリッサが先かなぁ。メリッサ4歳だけど。


 メリッサが15歳で嫁ぐとしても、あと11年か。メイナードはそのころ27歳だ。あ、無理、か……? いや、夢は捨てるな。努力しなけりゃ、なれるものにもなれない。そうだよな、ハワード。


 ハワードが黒いローブをひるがえして振り返る。魔術師が、そうだね、と笑った気が、した。


 メイナードが歌い疲れる頃、パトリックが目を覚ましたので交代する。眠る。相変わらず、夢は、見ない。今なら、それなりに良い夢が見られる気がしたのに。


 目を覚ます。パトリックの表情は、暗い。何だろう。分からない。メイナードより先に起きていたエメリーンは、柔らかく微笑んで、ちょっと首を傾げている。何を話したんだろう。分からない。分かりたくない。メイナードはへらりと笑って、おはよう、とだけ言う。


「おはよう、メイナード」


「よく眠れたかい、メイナード」


 エメリーンの声は、安心して眠ったからか、昨日よりずっと張りがある。パトリックの声は、どこか落ち着かなさ気だ。


 それでも、進む。地上を目指して。


 エメリーンの足取りは、軽やかだ。メイナードの足も、昨日よりずっと軽い。このまま地上まで、簡単に帰れる様な、気が、した。そうして地上では、ハワードのあんちくしょうが待っているのだ。そうだと、良いな。


 メイナードは気分よく、鼻歌を歌う。エメリーンが、笑う。


「ルクレイシアの、歌ね」


「……そうだね、ルルーの、歌だ」


 パトリックも、懐かしそうに、泣きそうな顔で、笑う。エメリーンは歩きながら、左手を胸に当てた。


「……もう、思い出せないかと思ったの。でも、貴方達が生きていてくれて、ルクレイシアの歌を、歌ってくれて。本当に、嬉しい。嬉しいの。自分でも、びっくりするくらい」


 それなら、いくらでも歌いますとも。メイナードは、声に出さずに、ただ小さく歌う。


「ルクレイシア、ルクレイシア……どうして、死んでしまったの……」


 悲しい、よりも、不思議そうにエメリーンは呟く。分かる。気軽には声に出して同意できないけど。でも、分かるよ、エメリーン。メイナードは、心の中で何度も頷く。


 ルクレイシア。


 偉大なる南の勇者。


 どうして、死んでしまったんだ……?

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