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一章 荷運び・メイナード 前編

 死んだ。死んでしまった。本当に? 分からない。地面に伏せたメイナードが最後に見たルクレイシアは、緩く目を閉じて、眠っているだけのように見えた。だけど、誰かが、ルクレイシアは死んだ、と叫んだ。


 だから、そうなのだろう。


 嘘を、そんな酷い嘘をく理由が見当たらない。つまり、誰かの、あの必死で泣きそうな声は、事実を告げたものなのだ。ルクレイシア。ルルー。南の勇者とまで讃えられた、魔術師にして剣士たるあの女性は、死んでしまったのだ。


 そこから数ミニット(1ミニットは約1分半)の事は、よく覚えていない。とにかく、メイナードは這うようにしてルルーから離れた。這う“ように”、というか、四つん這いになって頭を庇いながら逃げだのだから、実際這っていた。今思えば、みっともないし、惨めだったけれど、他に方法が見当たらなかった。


 ルルーを殺した魔物達は、高い場所からびゅんびゅん矢を射かけて来たり、鉄球とか岩とかを放り投げて来ていた。ルルーの仲間達は、防御態勢を取ったり、逆に弓を射返したりして応戦している者もいたようだけれど、大半は逃げ出したんじゃないかと思う。


 だって、ルルーが死んでしまったのだ。


 だって、南の勇者が殺されてしまったのだ。


 何が出来るって言うんだ。しかも、冒険者ですらない、ルルー達のパーティの荷運びを担当していたメイナードごときに。一体、何が?


 ――逃げるな戦え、だから武器を取れ!


 そう叫んでいたのは、サブリーダーのエイブラムだろう。もとは何処かの高名な騎士の家の息子で、ただ、叔父だか、年上の従兄弟だかがとんでもない不正に手を染めて、お家断絶の憂き目にあったらしい。


 だから、冒険者なんかをやっているくせに、賢くて、気位が高かった。彼に意見を出来るのは、ルルーだけだった。いや、エイブラムの妹のエメリーンも、かな。エイブラムは、エメリーンを大事に大事にしていた。


 大事な、妹。


 そうだ、メイナードの妹である、小さなメリッサが、迷宮の外で待っている。メイナードは、生きて、帰らなくては。こんな薄暗い迷宮からは、とっとと、おさらばするのだ。


 ……どう、やって?


 メイナードは、恐る恐る辺りを見回す。メイナードが居るのは、細い細い、人が身体を横にしなければ移動できないような、細い、道だ。人間の造る街が四角と格子で出来ていると考えると、魔物達の作る迷宮は、円と曲線で造り上げられている。


 メイナードが居るのは、地下、18階層。俗に、最深部、と呼ばれる場所だ。


 鼻歌交じりにルルーが先陣を切って進み、エイブラムの厳密な計算によって周到に準備された糧食りょうしょくが一行を支え、あの大人しくて可愛らしい、どうして冒険者などになってしまったのかと誰もが首を傾げる、神官のライラが魔法によって生み出した光球たちが辺りを照らしていた。


 前後を冒険者達に守られたメイナードに不安は無かった。ただ、一昨日足の裏に出来てしまった肉刺マメの事が気掛かりだった。そんな事を気にしているだけで、メイナードは最深部まで到達してしまった。


 だけど今は、ルルーは居ない。エイブラムもライラも居ない。他の大勢の冒険者も、居ない。はぐれてしまった。


 というのは、責任転嫁だろう。メイナードは、逃げだのだ。彼等から。ルルーをうしない、魔物に襲われ、混乱している彼等から。彼等の誰が、メイナードごときに気を掛ける余裕があっただろう?


 誰にも見向きもされないまま、背負っていた荷物を放り出して、ルルーが死んだ大広間から逃げ出し、両手を振り回すみたいに走って、走って、そうして、誰もいない事に恐ろしくなって、慌てて小道に入り込んだ。


 迷宮の天井は低い。16歳の男子としては平均的な身長のメイナードが手を垂直に伸ばせば、天井に触れられるくらいだ。


 土を削って造られた迷宮の壁は、長い時を経てこけむしている。淡く緑色に光る苔に触ると、わずかに柔らかかった。こんな柔らかいものが生えている土の壁で支えられた迷宮なんて、崩れてしまうんじゃないか。不意にメイナードは不安になる。崩れて、生き埋めになって、しまうのでは。


 そうなる前に、迷宮から出なくては。メリッサが待っている。報酬は持って帰れない。だけど、生きていれば、また別の冒険者パーティの荷運びになることが出来る。生きていれば。生きてさえいれば。


 迷宮の道は、酷く見通しが悪い。道はぐねぐねしていて、時折存在する小部屋は円形だ。角というものを憎んでいるんじゃないかとすら思える。


 すぅ、はぁ、と浅く息を繰り返す。緊張。している。だけど、し過ぎは良くない、と己を戒める。メイナードごときとて、ルルー達のパーティの荷運びをして、それなりに長いのだ。ルルーに頼み込んでルルー達の仲間になり、迷宮でガチガチに緊張してろくに動けず、大怪我を負ったり、死んだりした冒険者は何人も見て来た。彼等のようになって、堪るか。


 時間は掛かっても良い。少しずつ。少しずつ。とにかく、動かなくては。こんな場所で立ち尽くしていても、迷宮から脱出は出来ない。


 メイナードは、小道からそっと顔を出す。魔物は見当たらない。地面に片耳を押し付ける。自分の心音が五月蠅うるさい。それ以外は――つまり、魔物の足音らしきものは、聞こえない。


 さぁ進もう、と思って、メイナードは凍り付く。


 どちらから、来たのだっけ?


 五月蠅かった心音が、更に跳ね上がる。どちらから来た? どちらへ行けばいい?


 迷宮の地図は、神経質な盗賊のジェレミーが作成していた。これから大規模な戦闘になるだろうから、とメイナードに預けられた。あの、地図。地図は背負っていた荷物に、畳んで、仕舞ってしまった。そうして、その荷物は、放り出してしまった。


 今、メイナードが身に着けているものと言ったら、革の上着と、革の長靴ブーツと、それから、お飾りの短剣だけだ。飾りなのだ。この短剣で魔物を殺した事なんて無い。魔物を刺したことも無い。干し肉を薄く削いだり、パンを切り分けるのが主な用途だ。


 どちらへ、行けば。

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