表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南の勇者が死んだ。  作者: 桜木彩花。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/39

八章 戦士・パトリック 後編

 既にパトリックの心の中では、仲間が生きていたのかもしれないと言う希望はついえていた。松明たいまつなどを持ち歩いて地上への道を目指す仲間がいるはずがない。


 やめれば良かった。パトリックは、いつもそうだ。


 ただ、暗い好奇心に駆られて、パトリックは物陰から明るい場所を見やる。松明に照らされる場所で、死んだオークの死体にすがって、小さなオークが泣いていた。母親か、武装していないオーク達の1匹は、子供をなだめるように、何か子供のオークの耳元で囁いている。


 ――泣かないで。可愛い子。


 母親らしきオークが、子供の背中を撫でながらそう言っているように聞こえてしまって、パトリックはおののく。そんな、はずは。パトリックの妄想もうそうだ。パトリックにオーク語は分からない。


 パトリックが、殺戮者さつりくしゃが見ていることにも気付かず、小さなオークは声を上げて泣いている。武装していないオーク達は――達、だ。何人もいる。腰の曲がったオーク達がいる。老人だろう。


 松明を持っているオークも、泣いているオーク程ではないが、まだ小さい。しかめ面をして、まるで、泣くのをこらえているようだ。兄弟、だろうか?


 何か変わった服装をしたオークが、低い声で呟く。他のオーク達は、その言葉に目を閉じて、項垂うなだれて聞き入る。そして、変わった服装のオークは最後に言った。確かに、言った。


「――エクサ・ピーコ!」


 エクサ・ピーコに、祈りを。


 おかしなことではない。エクサ・ピーコは、人間と、魔物を作り出した。


 創造主に、祈りを。


 おかしなことではない。


 おかしな、ことでは。


 そうして、オーク達は、死したオーク達を――あぁ、そうではない。パトリックに殺された、オーク達を――小道の奥に運んでいく。そういえば、ここに戻って来るまでに、行きに殺して、殺した、魔物達の死体を少しも見なかった。こうして、こんなにも素早く、とむらわれていたのか。


 あぁ。


 あぁぁ。


 彼等と、パトリック達に、どれほどの、違いが?


 近しい人の死をいたみ、涙を流し、同じ神に祈りを捧げ。


 パトリックは震える足で、引き返す。メイナードの元へ、帰ろう。地上へ、帰ろう。


 青褪あおざめたパトリックの顔を見て、メイナードは、大方の事を察したらしかった。曖昧に、彼は笑う。


「……眠ると良いよ、パトリック」


 人を癒すのは、おそらく、時間と、眠りだ。


 そんなことを考えるパトリックに、もはやエクサ・ピーコの慈悲はあるまい。


「すまない……」


 呻くように言って、パトリックは横になる。


 強く。強くあらねば。パトリックは戦士なのだ。メイナードよりも年長者なのだ。弱い心など、無くしてしまえ。見たものなど、忘れてしまえ。魔物は害悪だ。目を閉じろ。


 ほら、ルルーが歌っている。エイブラムの指示に従えば、間違いない。ライラが周囲を照らしてくれる。ハワードや、エメリーンの確かな支援。メイナードやオーガストのお陰で、迷宮で飢えることなど、無かった。幸せな、過去。無垢で、愚かな、過去。


 パトリックは眠る。ただ、眠る。このまま目が覚めなければいいな、と、夢の中で思う。夢を夢と認識しながらも、思う。


 明るいギルドハウスのリビングで、ルルーが笑っている。ライラが微笑んでいる。エイブラムは苦い顔だ。エメリーンはしとやかに首を傾げている。ハワードは、ちょっと離れた場所で面白そうに全員を眺めていた。


 どうやら、ルルーがまた無茶を言い出したらしい。大胆で、常人の発想を軽々と飛び越えてみせるルルー。エイブラムが幾つかルルーに問題点を提示し、それをクリアすれば完璧だね! と明るくルルーは笑う。追加で、ハワードが意地の悪い質問を投げかける。


 ――だって、わたし達は南の勇者一行だよ!


 優雅に、傲慢ごうまんに、ルルーが笑う。ハワードは仕方なさそうに肩を竦める。


 このまま目が覚めなければいいな。


 祈るように、パトリックは思う。このまま目が覚めなければ。ずっとここにいられたら。ルルー達と、いられたら。


 だけど現実のパトリックは、暗い迷宮の地面で丸まっているのだ。もう何日、鎧を外していないのか。身体が固まってしまいそうだ。眠っても、疲れが取れない。けれど、眠らずにはいられない。あの光景を見なくては、いられない。


 身体のりからか、頭痛がする。空腹が酷い。それでも、歩かなくては。パトリックの傍には、善き人がいる。強く。強くあらねば。


 何とか心を保って、パトリックはメイナードと共に進む。地上を、目指して。


「……地上、に」


 パトリックは、不躾ぶしつけな質問だろうか、と思いながらも、メイナードに尋ねる。


「うん?」


「地上に、大切な人が、いるのかい?」


「大切なっていうと、何か恋人とかみたいだけど。そうじゃないけど、でも、妹が。まだ4歳で」


 そういえば、とパトリックは思い出す。数日前に、メイナードは言っていたではないか。親父もお袋もいないし、と。大変な身の上だ。


「あぁ、そうだったね。妹さんが、いると、言っていたね。では、そうだね。必ず、帰らなくてはね……あぁ、そういえば、確かに1度、ギルドハウスで見たかもしれない」


 パトリックは、両手ですくうように、丁寧に、幸福な過去を思い出す。そうだ。ルルーが随分とはしゃいでいた。幼子を抱き上げて、可愛いねぇ、えらいねぇ、と褒めちぎっていた。


 メイナードも同じ光景を思い出したのか、悲しく笑う。


「1回だけ、どうしても、妹の預け先が見つからなくて。ルルーも、あんなに子供好きなら、さっさとエイブラムと結婚して、子供を産めば良かったのに」


「……うん。本当に、そうだね」


 有り得たかもしれない、美しい未来。


 近頃、花嫁衣装として流行している純白のドレスを着て、花束を振り回して笑うルルー。晴れの日でも、どこか苦い顔のエイブラム。


 そんな光景が、易々(やすやす)と目に浮かんで、まぶしすぎて、パトリックは目元を拭った。有り得たかもしれない、美しい未来。今や決して訪れない、美しい未来。


 パトリックのこの先の人生に、何があると言うのだろうか。美しいものは、すべて、あの迷宮の大広間に置いてきてしまった。全てを持ち出すことは不可能だと諦めて、何ひとつ、選ぶことも出来ずに。


 選べば良かった。あぁ。人生は、後悔の連続だ。まさに、自分が言ったのではないか。


 人生は、後悔の連続だ。


 あぁ。


 あぁぁ。



 ライラ、君に愛していると、言えば良かった。



 そうしたら君は、何と答えてくれただろうか。困っただろうか。頷いてくれただろうか。やんわりと、断られただろうか。喜んでくれただろうか。


 それを知る術は、もう、パトリックには無いのだ。


 永遠に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ