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南の勇者が死んだ。  作者: 桜木彩花。


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八章 戦士・パトリック 前編

 ――あれから、何日、経っただろうか。


 日付の感覚は、すこぶる曖昧あいまいだ。歩いて、殺して、こけをしゃぶって、眠る。


 メイナードが歩きながら、時折、鼻歌を歌うようになった。彼の精神は、美しいくらい健全に出来ているのだろう。沈み込んだままで、いられないようだ。彼が生きていてくれて、そして再び出会えたことに、感謝しかない。パトリック1人では、とうの昔に狂っていたことだろう。


 あれほど、お別れだ、と諦めたはずなのに。ルクレイシア達の死に顔が目の奥から離れない。かと思えば、夢の中ではパトリックは、ルルーの鼻歌にいざなわれて迷宮を駆けている。


 ルクレイシア。偉大なる南の勇者。


 ルルー。君は永遠に僕を苦しめることだろう。


 いくつか階段を登った覚えがあるから、地上は近付いているはずだった。いくつ階段を登ったのだったか、思い出そうとしても、頭の奥がかすんで思い出せない。金属音。自分の物だけではない。メイナードがパトリックの腕を引いた。


 あぁ。


 あぁぁ。


 そうだ。


「……パトリック」


「問題ないよ」


 メイナードに答えて、彼の背中を軽く押す。離れているようにと。隠れているようにと。メイナードは申し訳なさそうにきびすを返す。良いのだ。メイナード。若き、我らがパーティの荷運び。


 罪無き、人よ。


 どうか、そのままで。


 ザカリーに手入れされることなく、血塗れのままで運用されるつちは、地上まで持つだろうか。金属の塊だ。何とか、なると思うのだが。ならなくとも、魔物から武器を奪えば良いのだが。


 最深部から、階層を幾つか登った。魔物は、強い――力のある、とか、知恵のある、とか、呪術が使える、とか、そういう総合的な強さで――魔物ほど、深い階層を根城とする。逆に、弱い魔物が、地上近くに追われる、という見方もある。


 ともかく、最深部の魔物よりも、この階層にいる魔物は弱い。はずだ。問題ない。飢えで力が入らない。問題ない。メイナードを守るためならば、幾らでも戦える。問題ない。怪我を癒してくれる神官のライラはもういない。問題ない。問題、ない?


 問題だらけではないか。ライラが。ルクレイシアが。エイブラムが。トリスタンが。ザカリーが。オーガストが。ピーターが。


 お前達に、殺されてしまったというのに!


 パトリックは、おそらく憤怒ふんど形相ぎょうそうを浮かべながら、魔物達に襲い掛かる。


 魔物の断末魔が、上がる。お前達に。お前達、魔物に。パトリックはつちを振り上げ、振り下ろし、そして、不意に、思う。


 魔物の、死体。


 肉の塊の様な。


 パトリックが撲殺ぼくさつしたのは、猪のような牙と、豚のような顔を持つ、人間よりも大型な魔物だった。オーク。豚の、ような――


 恐ろしいことを考えてしまい、パトリックは慌てて頭を振る。何を。今、何を考えた。何という、ことを!


 辺りは静かになっていた。いつの間にか、すべての魔物をたおしていたらしい。顔に飛んだ返り血を、震える舌で舐めとる。久方ぶりに口にする、苔ではない、液体。


 思わず唾液を飲み込んでしまい、パトリックはよろめく足取りでメイナードの元に戻る。メイナード。罪無き人よ。戦士たるパトリックが、守るべき、人。


「……メイナード。行こう」


 細い小道の奥に隠れていたメイナードに声を掛ける。メイナードは、身を横にしたまま、ずるずると小道から出て来て、パトリックを見上げてくる。


「うん、行こう……ありがとう、パトリック」


 恥じ入る様に、メイナードが囁く。パトリックは涙がこぼれそうになった。善き人よ。何を。


「何を言っているんだい、メイナード」


「怪我、してない?」


「問題ないよ。これはすべて、ただの、返り血だ」


「それなら、良かった」


 ほっと、メイナードは安堵あんどの溜息を吐いて、歩き出す。魔物達の死体を、あまり見ないようにして、歩いている。パトリックは、大股で歩いてメイナードを追い越す。


 しばらく歩いたところで、今日の探索を終えることにする。エクサ・ピーコに祈り、はしない。ただ、順番に眠る。メイナードの寝顔を見ていると、ルルーのあの眠るような死に顔が思い出されてしまうから、ただ、パトリックは迷宮の奥を眺める。


 メイナードの寝顔を見ていなくても、ライラの事が思い出されてしまって、パトリックは叫びたくなる。ライラ。敬虔けいけんな、優しい、ライラ。


 ――パトリック。貴方はとても素敵な人だわ。


 都合のいい言葉だけが、思い出されてしまう。ライラ。迷宮内では、邪魔にならないように、と、いつも長い栗色の髪を三つ編みにしていたけれど、迷宮の外で、その三つ編みをほどいてふわふわになっている君の髪が、とても愛おしかったんだ。ライラ。君に何か言葉を贈れれば、良かった。


 悲しいだとか、辛いだとかではなくて、ただ呆然とパトリックが涙を流していると、何処かから泣き声が聞こえて来たような気が、した。君も泣いているのか。パトリックは、そっと心の中で寄り添いそうになって――慌てて、立ち上がる。誰か、いる?


 メイナードではない。彼は眠ったままだ。若干の間、迷ってから、パトリックはメイナードの肩を揺らした。メイナードは飛び起きる。


「魔物?」


「そうではないんだ。ただ、声がするような、気が。確認して来るから、隠れていて欲しい」


「……分かった」


 メイナードは、一瞬、躊躇ためらってから、頷いた。そして小道に隠れる。パトリックは、なるべく鎧が鳴らないように、滑る様に歩く。泣き声は、近くなる。ぐねぐねとした道の先に、目がくらむような光。松明たいまつの光が零れているだけだろうが、苔のわずかな光に慣れた目には、とんでもなく明るく見えた。


 迷宮の地下で、松明は貴重だ。その貴重な松明を灯して何をしているというのか。

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