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南の勇者が死んだ。  作者: 桜木彩花。


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七章 荷運び・メイナード 後編

 そんなメイナードを見て、パトリックは微笑んだ。


 あぁ、やっぱりパトリックは神官みたいだ。


「先に休むと良いよ、メイナード」


「ごめん……ありがとう」


 そのまま横になって、メイナードは、ことっ、と眠りに落ちた。夢も見なかった。見なくて良かった。見ていたとしたら、きっと悪夢だったろうから。


 十分に眠れたとは思えないけれど、何かのきっかけでメイナードは目を覚ました。反対側の壁に背中を預けて座っていたパトリックが、穏やかに言う。


「まだ眠っていても問題ないよ」


「……いやー、起きた、から。代わるよ、パトリック」


 多少、2度寝の誘惑に駆られつつも、メイナードは半身を起こして伸びをする。何せ、水も食料も持たない身だ。長引けば長引くほど、メイナード達は苦しくなる。


 パトリックもそのことは心得ているのだろう。同時に、少しも眠らずに地上まで辿り着くことは絶対に不可能だということも。だからパトリックは、すまないね、魔物の足音がしたら、すぐに起こしてくれ。と言ってから、横になる。


 あー、喉乾いたなー。腹減ったなー。


 メイナードは考えまい、と思うけれど、考えずにはいられない。何せ、一瞬の絶え間も無く、喉は渇きを主張し、腹は飢えを主張してくる。最後に食事をしてから、どれくらい経っただろう。1日? 1日半? あるいは、もっと? そんなはずは。


 水。食べ物。


 迷宮の中で、井戸なんて見たことが無い。魔物達は、どうやって生きているのだろう。迷宮核ダンジョン・コアが破壊されると死に絶えるような魔物は、人間とはそういうところが根本的に違うのだろうか?


 でも、魔物は人間を食べる。そしたら、飲んだり、食べたり、するだろう。こんな暗い迷宮で、何を、どうやって?


 日の光がないのだから、こけくらいしか植物も育たないだろうし。迷宮内で、家畜、らしき生き物を育てているところも、見たことが無い。そしたら。そうしたら……?


 メイナードは無い知恵を絞って考える。何も思いつかない。そうとも。メイナードはルルーの仲間ではないのだ。賢い魔術師たちとは違うのだ。


 どうしようもない無力感が、ただ、ただ、悲しかった。悔しいとは、あまり思えなかった。だってメイナードは何もしてこなかったのだ。当然だ。当然の結果が、ここにあるのだ。それだけだ。


 ルルー。


 どうしたら、ルルーの仲間になれたのだろう。もっと賢くて、強くて、勇敢で。ついでに、頼れる親がいて。そうしたら、ルルーの仲間になれただろうか。それが揃ってたら、冒険者になんてならないような気も、した。


 冒険者。


 冒険者なんて、なるのは、冒険者にしかなれなかったような人間ばっかりだ。他の何にもなれなくて、最後の最後で、この平和な世界で、命を懸けて魔物を殺すなんて仕事に、就くのだ。


 地面を耕したり、家畜を育てたり。職人になったり。職人の作った商品を買って、売ったり。役人になったり。そもそも働かなくてもいい貴族だったり。その方が、ずっと幸せじゃないか。


 でも、メイナードは冒険者になりたかった。どうしてだろう。他の仕事を知らないからか。そうしたら、地上に帰ったら。知る努力をしよう。手遅れだなんて、何にも持ってないから、だなんて自分に言い訳をするのはもうやめよう。


 だからどうか。どうか、地上に帰らせてください。


 メイナードはエクサ・ピーコに祈る。


 もう1度だけ、チャンスをください。諦めますから。ルルーの仲間になるのは。


 だから、どうか。どうか。


 この祈りは届くだろうか。あれほど、毎朝、毎夕、エクサ・ピーコに祈りを捧げていた神官のライラですら、死んでしまったのに。あぁ、エクサ・ピーコに祈りが届くのならば、この疑念も伝わっていることだろう。メイナードは哀しく、思う。


 辺りは、静かだ。


 背中が、湿っている。湿って? メイナードは背後を振り返る。壁がある。当たり前だ。苔の生えた壁に、もたれかかっていて――苔?


 メイナードはそっと、苔をむしり取る。パトリックが目覚めて、尋ねてからの方が良いだろうか。もしも、この苔に毒があったら。何せ、光っているのだ。何かヤバそう。ヤバそう、だけど。


 ぎゅっ、と指に力を入れると、水滴が、1滴、落ちた。メイナードは歓声を上げそうになって、堪える。


 喉の渇きは、もはや暴力的に主張してくる。飲めと。飲めのめのめと。でなければ、もう、じきに、死んでしまうから、と。


 先程よりも広めの範囲の苔を、毟り取る。土がついているのも構わずに、メイナードは丸ごと苔を口に含んでしゃぶる。苔から水分が出てくる。後から、あとから!


 べっ、と苔の残骸ざんがいを吐き出して、りつかれた様にメイナードは苔を口に含んで、しゃぶって、吐き出すのを繰り返す。毒があったら、なんて、もう考えられなかった。水だ。みずだ!


 メイナードが満足する頃、パトリックが何事かを小さく呟いて、起き上がった。


 パトリックはメイナードを見て、それから、他の誰もいないことを確認して、静かに絶望したみたいだった。


「……夢を?」


 メイナードが尋ねると、パトリックは力無く頷いた。


「……とても、幸せな夢だった」


「うん」


「つい、先日までの、事なのだけど」


「……うん」


 パトリックはきっと、夢の中でルルー達といたのだろう。もしかしたら、出来なかったことを、していたのかもしれない。言えなかったことを、言って。聞けなかったことを、尋ねて。そしてその答えは、さぞ幸せなものだったことだろう。


 パトリックは夢の残滓ざんしを振り払うように、首を振って立ち上がる。


「行こうか、メイナード」


「うん……あ、待って。そうだ、パトリック」


 メイナードは、苔の水分についてパトリックに説明する。パトリックは、しばらく何かを思い出す様に考えて、毒は、無かったはずだ、と自信のなさそうな口調で言った。


 ただ、2人でまとめて腹を下したら、エクサ・ピーコですら救いようがないので、しばらくメイナードの様子を見て、問題なさそうだったら、パトリックも苔から水分を補給することにする。


 地上は、まだ、遠かった。

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