六章 弓使い・エメリーン 後編
――君の、仲間?
問い返したエイブラムに、ルクレイシアは微笑んだ。
――そう、わたしの仲間。お得だよ。仲間絶賛募集中。未来の展望ばっちり!
――つまり、何だと?
要領を得なかったルクレイシアの説明に、苛立つ様子も無くエイブラムは重ねて問うた。ルクレイシアは、宝物を披露する幼子みたいな表情で、告げる。
――冒険者、だよ。
エイブラムもエメリーンも言葉を失った。エイブラムとそう年が違うとも思えない、この少女が?
――ふふふ。わたしみたいな小娘が、って思っているね。でも、わたしはあなたのお父さまの剣を競り落とせるくらいには、稼いでいるんだよ?
どうしようもない事実を突き付けられて、エメリーンは困惑しながら兄さまの顔を窺った。エイブラムは、既に決心したようだった。
ルクレイシアはエイブラムの答えも待たずに、にこにこ笑って、エイブラムの手を取った。ルクレイシア。兄さまを誑かす魔女め。許さない。許さないのだから。大嫌いなのだから……。
――大丈夫だよ。あなたの妹さんとお母さまのことは心配しないで。わたしはギルドハウスだって持っているんだから。落ち着くまでは、3人でギルドハウスに居ると良いよ。迷宮を1つか2つ踏破したら、おうちを買えば良いんじゃないかな。
大嫌いなのだから、優しくしないで。
大嫌いなのだから、思い出させないで。
ルクレイシアのギルドハウスで、久方ぶりにお風呂に入れて、エメリーンがどんなに嬉しかったか! 前払いだよ、と微笑んで、ルクレイシアがエイブラムにクレピュスキュールを手渡した時には、涙が零れた。ルクレイシア。ルクレイシア! あの偽善者。兄さまを誑かす、魔女。
そして。
あぁ、認めたくは、ないけれど……。
もしかしたら、私のお姉さまになっていたかもしれない、人……。
どうして死んでしまったの。どうして。あんな迂闊な死に方。魔物がいないと思ったの? あぁ、でも、あの大広間の横穴のどれかに、迷宮核は隠されていたはずだった。探すしか、なかった。この迷宮の破壊を望む全ての人の為に。ルクレイシアは、いつだって一番危険な先頭を進んだ。ルクレイシア。ルクレイシア。南の勇者。
そう、私は南の勇者一行。
全滅などは、許されない。
地上へ帰らなくては。迷宮核の破壊は能わなかったとは言え、最深部までは到達したのだ。エメリーンが持つ情報は、エメリーンが見た光景は、必ず、次の冒険者達に役立つはず。
ジェレミーの記した詳細な地図があれば、なお良かったけれど、今言っても仕方が無い。帰らなくては。何を持たずとも、少なくともエメリーンだけは、生きて。
エメリーンは足に力を入れて歩き出す。迷宮最深部。地下、18階層。地上はただ、遠い。
1歩ずつでも、進まなくては。
落ち着いて、エメリーン。どこかに痕跡があるはず。私達は、この迷宮を来たのだから。駆け抜けるように、踏破したのだから。ハワードが使用した火矢の魔術の痕跡が、あるいは、もっと直接的な――魔物の死体の痕跡が残っていてもおかしくない。
魔物達は、死者の遺体を尊ぶ傾向が強い。
魔物達にも、当然の様に、戦士と、そうして戦えない幼子や老人、孕んだ女性、あとは――魔術師ではないエメリーンには詳しい事は分からないけれど、とにかく、そういった非戦闘員がいる。非戦闘員は、迷宮の小部屋の何処かに隠れていて、戦士が人間に殺されると、すぐに死体を回収して弔うのだ。
人間の死体は食い荒らすくせに、と恨めしく思うのは、あまりにも都合が良すぎるだろう。魔物達にとって、人間は侵略者であり、同時に貴重な蛋白質摂取源でもある。迷宮に、家畜は存在しない。恐らく。エメリーンの知る限りは。
では、魔物は何を日常的に食べているのかと言うと、エメリーンは知らない。もしかしたら、魔術師のハワードなら知っていたかしら。今更、だわ。
壁いっぱいに広がる淡く緑色に光る苔が、不自然に焼け焦げて抉れている個所を見つけてエメリーンは微笑む。ここを、私達は、通って来たのね。しゃがみ込んで、地面に痕跡を探す。ある。あったわ。死体は綺麗に片付けられているけれど、地面には幾つもの血痕が。
さあ、行こう。
地図は無いし、行きの道で迷わなかったわけでもない。けれど、ともかく、この痕跡を辿って行けば、いつか地上に辿り着くはず。急がなくては。行かなくては。痕跡が消えてしまう前に。過去が、指の隙間から零れ落ちきってしまう前に。
痕跡を探してあちらこちらを見回しながら進んでいたら、道を曲がった先でコボルト3匹に出くわした。本当にエメリーンは予期していなかったし、コボルト達も、その気持ちは同じらしかった。思わずお互いお見合いのように、まじまじとお互いの姿を眺め合う。
「……っ!?」
エメリーンの方が、わずかに早かった。それが生死を分けた。飛び退って、短弓を構える。コボルトは、小賢しくも2匹は錆びついた武器を構え、1匹は後方に向かって駆けながら大声を上げようとしている。させる、ものですか。
前列に並んだ2匹の隙間から、逃げた1匹の首を射抜く。喉を潰されたコボルトは、るぉぉ……っ、とそれでも最期の力を振り絞って叫んだ。厄介な。オークが来たら。
矢を番える間に、1匹のコボルトが斬りかかって来る。1匹は、エメリーンに射られた仲間を振り返っていた。あぁ、仲間思い、なのね……?
更に後方に飛んでコボルトの剣を躱し、エメリーンは矢を放つ。2射。どちらの矢も、コボルドの首に吸い込まれるように刺さった。1匹は膝から崩れ落ちるように倒れ、もう1匹は狂乱したように、剣を放り出して、矢を引き抜いた。そうすれば、何もかも元通りになると、信じているように。
もちろん、引き抜かれた鏃は逆にコボルトの首の血管を傷付ける。薄暗い迷宮の中でも、なお鮮やかな鮮血が周囲に飛び散った。
哀れなコボルトに止めを刺してやろうか、と慈悲深くエメリーンは思い、そうして、矢の残数が少ない事に気付く。そんなことをしている場合では、ない。
周囲を警戒しながら待つと、1ミニット(約1分半)もしないうちに、コボルトは絶命した。エメリーンはコボルト3匹の死体から、使用済みの矢を回収する。折れてもいない。まだ十分に使える。そう判断して、矢筒に戻す。あぁ、ザカリーが居れば。
エメリーンは唇を噛んで、慌てて口を開く。ダメ。唇を噛むなんて、子供みたいなことを。レディたれ。レディが唇を噛むような真似を、するものですか。
優しく唇を撫でてから、エメリーンはコボルトの死体を踏み越えて進む。進む。
地上まで。たった1人でも。進んでみせよう。と思いながら。




