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序章 魔術師・ハワード




 ――南の勇者が死んだ。

 


 

 世界の半分を支配する魔王と相打ちになったとか、婚約者の王女様と旅の仲間の聖女との間に立たされて痴情ちじょうもつれの果てに刺されたとか、子供と孫に囲まれて大往生したとか、おおよそ『勇者らしい』死とは無縁だった。


 だいたい、この世界に魔王だなんて分かりやすい倒すべき敵とか、悪の象徴なんてものは存在しないし。


 この世界には、人間と、人間が『魔物』と呼ぶ、知性ある生き物たちが確かに存在しているけれど、そのどちらも、エクサ・ピーコ(最大にして最小なる偉大な神)が作り出したものだ。


 つまりエクサ・ピーコは創造主にして魔王なわけだ。倒すわけにはいかないし、エクサ・ピーコがいずこにおられるのか、という問いは人類の永遠の謎だと言われている。


 南の勇者には、婚約者もいなかった。しかも女性だった。女だからって、痴情の縺れと無縁ってわけではないよ。南の勇者が、死した南の勇者が、そう言って、笑った気がした。


 でもまぁ、王女様とも、聖女とも、南の勇者が無縁だったのは事実だ。あるいは、王子様とも、聖者とも、無縁だった。それゆえ、というわけではないけれど、とにかく、南の勇者に子供とか孫とかは早すぎた。


 早すぎたんだ。


 ルルー。


 南の勇者っていうのはあれだよね。なんだか冴えないよね。だって考えてみてよ。勇者って言ったら、東か、西でしょう? 東の楽園アーケイディアの勇者、とか、西の偉大なる死者達が眠るムネーメイオンの勇者、とか。北の奈落タルタロスの勇者、なんて最高に強そうだよね。それに比べて、南ってさ。あったかいし、海もきれいで、なーんかそれだけで呑気そうで、ダメだよね。


 あはは、と今にも笑いだしそうな穏やかな顔で、ルルーは倒れている。ルクレイシア・ルークラフト。通称・ルルー。皆に愛され、慕われ、頼られ、そのすべてに応えてきた南の勇者。


 逃げろ、逃げるな戦え、勇者様、どこへ逃げれば、だから武器を取れ、ルルー、勇者様、ルルー、ルクレイシア、ルクレイシア、ルクレイシア!


 怒号と悲鳴が混じり合う。祈りの様に、南の勇者を呼ぶ声。だけど、その祈りは届かない。だってルルーは死んでいる。ちょっと日に焼けた肌に、伏せられた黒い、長い睫毛は生前のままで美しいくらいだけれど、その後頭部はばっくり割れて、灰色の脳漿のうしょうが零れ出している。睫毛と同じ、黒い、長い髪はじわじわと血に侵食されていた。


 ルクレイシア!


 祈りの声が響く。切実で無責任な願いの声が。



 

「――ルクレイシアは、死んだ!」



 

 誰かが、言い聞かせるような調子で叫んだ。誰かと思ったら、彼自身の声だった。

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