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S女子高物語  作者: 大島うらら
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キャンバスの神様 2

あれは、まだ春の真っ只中。桜が散りかけたくらいの頃。アスファルトには桜の花びらの残骸。点々と、散りばめられたそれは模様のようにも見えた。

麻友の視線はいつも下を向いているのでこういうものが自然と目に入るのだ。この頃の麻友は極力目を見られないように、長い前髪で目を覆うようにしていた。

ただでさえ人見知りの彼女。それを特待生だからと好奇の目で見られる。それに耐えられずに昼休みは外で食べるのが日常となっていた。

学校の探索も兼ねて穴場を探す。絵の題材探しとしても。新しい環境は、麻友の創作意欲を駆り立てる。それが煩わしい喧騒の中の唯一の救いでもあった。


そして、彼女が腰を下ろしたのは運動部の部室練の下。グラウンドが見渡せるのに加えて屋根がいい具合に日差しを遮る。そして、運動部の生徒たちが休憩中に利用しているのであろう小さな椅子。昼食を食べるには持ってこいだ。

腰掛けて弁当箱を開く。彩りがいいとは言えないが味は抜群。母の手作り弁当。大好きな卵焼きと唐揚げも入っている。

それを一人頬張りながら、ボンヤリとグラウンドを眺めた。S女子の校内は緑が豊かで、校舎自体も見方に寄っては明治の良き時代を継承した建物である。

特待生ということで、やたらと注目を浴びてしまうが。麻友はS女子校には入学できて良かったと思っている。美術部の活動を優先させてくれるカリキュラム。何より校舎の中は大正の頃の名残りの装飾が美しく、デッサンのモチーフになるものばかりだ。グラウンドの美しい自然も相まって、どこか神秘すら感じさせる箱庭。


春の風が駆け抜けていく。麻友の頬を掠める。行き先も分からずに急く。母が言っていた。高校生活なんてあっという間だと。

今はまだ、その言葉の意味も分からないけれど。与えられた環境を最大限に生かして絵に励もう。後悔の残らないように。


「申し訳ないけど、その椅子。」


風がやってきた方から声がした。びっくりして見上げるとそこには麻友と同じ制服を纏った女生徒が麻友を見下ろしていた。

少し色素の薄い瞳。高い鼻筋は彫刻のよう。切れ長でぱっちりとした目元は異国の血すら感じさせる。何より男子生徒にも引けを取らない身長。短い髪が風を受けて靡く。


「その椅子。テニス部の物なんだ。使っても良いけど。最後テニス部の部室の前に置いておいてほしいな。」

「え、あ!ご、ご、ごめんなさい!」

「そんな驚かなくても。」


不意打ちに、麻友は滅法弱い。元々人と喋るのが苦手なのに全く知らない生徒に話しかけられるだなんて。頭が真っ白になってパニック。麻友自身も何を口走っているか分からない。

ワタワタともたつく麻友が余りにも可笑しかったのか声の主はクスリと笑みをこぼすと麻友の弁当箱から唐揚げを一つ摘んだ。そして、口へ運ぶとパクリ。大きな口に唐揚げは飛び込んでいった。


「お詫びはこの唐揚げ、ってことで!」


頼んだよ、と口をモゴモゴさせながら去っていく。まるで風の妖精。麻友はあまりの衝撃に、ただ何も弁当の残りを口にすることすら忘れて佇むしかないのであった。











「風の妖精を見た?」

「は、はい!」


麻友は事のあらましを尋ね人に洗いざらい話した。尋ね人、牧野千春は麻友の二学年上の先輩。更に言うと麻友が属する美術部の部長である。さらに言うと文化特待生総会、通称文会の書記。

特待生総会。これもまた、S女子特有の制度の一つだ。文化特待生とスポーツ特待生、それぞれを纏める総会というものがある。文化部と運動部の運営などの方針を決めるというシステムだ。

当然、麻友の所属する美術部も文化特待生総会のメンバーとして登録されるわけだ。二つの総会は生徒会と同じくらいの権限をもっている。


言うなれば、千春は文化部のナンバー3といっても過言ではない。文化特待生のナンバー3ともなれば一般生徒からの人気も凄い。勿論芸術の造詣も深く、麻友の尊敬する先輩の一人だ。

部活の用事で麻友を訪ねてきたのだが生徒たちの好奇の目がうるさい。場所を変えようと人気のない階段の踊り場まで来た。


「ショートカットに彫りの深い、ねぇ。で身長の高い。…となると。」

「はい…。」

「麻友ちゃん、それは妖精じゃなくて。」

「千春!」


千春が何かを言いかけたところで、誰かがそれを遮った。麻友の聞き覚えがある声。それはあの風の妖精のようなあの人。


「あら、風の妖精さん。」

「は?」


風の妖精が新妻ひかりという名前だと麻友は知ることとなる。いきなり妖精と呼ばれたものだから訳もわからずにその長い睫毛をパタパタとはためかせるばかりであった。






「からあげちゃん、特待生だったなんてねー。しかも千春のとこの子とは。」

「ちょっと、麻友ちゃんの幻想をぶち壊すようなアホな喋り方しないでくれない?」

「ひ、ひどい!」


千春にやり込められ、ひかりは情けない声を上げる。ひかりは思った以上に人当たりがよかった。そして、かなりのいじられ気質のようである。千春曰く、顔だけはいいとのことだ。

どうやら千春とひかりは幼馴染のようで、オマケにクラスも一緒。そしてひかりもスポーツ特待生。全国でも有名なS女子テニス部の部長。更にはスポーツ特待生総会、通称スポ会の副会長というものだからびっくりだ。

各総会と生徒会のメンバーはS女子ではかなりの有名人だろうに、こんな気さくな人だとは思わなかった。

どうも麻友のイメージの中では総会メンバーの三役は高貴で非の打ち所が無いイメージがあった。他の生徒が見たら羨ましがられるシチュエーション。ただ、どこか安心感があった。千春がいてくれるのもあるのだろうが。


「それより、次の英語…。」

「教科書?英和事典?」

「両方デス!」


千春のため息が休み時間の騒がしい廊下に消えていく。この様子からいつものことなのだろう。渋々了承した。麻友はその二人のやりとりを見ていることしかできない。


「じゃあ、麻友ちゃん。その書類、放課後までに頼むわね。」


そして踵を返す千春。後をひかりが追う。しかし、思い返したように再び麻友の方に向かってくる。思わず身構えた麻友を見て、ケラケラと笑った。


「なんか小動物みたい。」


149cmの麻友と170cm近いひかりではそう見えても仕方がないだろう。愛でるように手を伸ばす。麻友の前髪に触れた。ピクリと肩がビクつく。

ペロンと長い前髪が捲られた。さらけ出されたおでこ。分厚いレンズの眼鏡越しに目と目が合う。


「やっぱりこっちの方がいいよ。」

「え?」

「目が見えた方が可愛い。」


ニカッと笑った際に覗いた白い歯があまりにも眩しい。全身が沸騰したかのように熱い。心の中を吹きすさぶ嵐のような感情。今まで生きてきて感じた事のない感情であった。

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