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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
はじめまして異世界
9/54

敵襲は突然に  ※

戦闘シーン  グロ・流血等

 あまりに突然のことに、三人は動きを止める。足元に浮かび上がった謎の陣は、彼らの虚を突いたのだ。脳が現実を理解するものの、それを解釈することは放棄していた。

 そんな停止からいち早く抜け出したのはリレイだった。彼女は高山病による様々な不調を忘れて叫ぶ。

「《ロザ》の業抱(ごうぼう)隊‼」

 彼女の叫びと同時に、顔を揃いの仮面で隠した三人の兵士が現れる。彼らは身を守る鎧は最低限にしか身につけていない、かなりの軽装だ。武器らしい武器もなく、一目見ただけでは非戦闘員だ。

 リレイの叫びで思考を取り戻した瀬良はそのあまりにも頼りない状態の彼らと、自分の正面で恐怖と緊張の色を濃くした少女のつり合いが取れず、思わず彼女に質問した。

「ゴウボウ? おいガキ、ゴウボウってなんだ?」

「話は後ッ! いいから、逃げ」

 リレイの言葉は続かなかった。三人衆の内の一人が唯一何も反応を示さなかった、いや、示せなかった麻辺を蹴り飛ばし、それが合図とでもいうように各々が動き出したのだ。

「ぅぐッ、おま、なんっ、だよ‼」

「ヒ、ッッ、ぁあアアア゛ア゛ア゛ッ!」

「っガキ! アっく、苦し、てめ、クソ……!」

 一人――その三人衆の中で一番大柄で、一番筋力があることが見ただけでもわかる者は一瞬で瀬良の背後をとる。瀬良がそれに反応しきる前にその人物は彼を羽交い絞めにした。瀬良は咄嗟に背後の人物の太い腕を掴むが、それが気道を狭めることを止めることはできない。

 そんな瀬良の目の前でリレイが泣き叫ぶ。彼女の周りには二人がいた。蹴りをそのまま正面から受け、起き上がることすらできない麻辺を戦力外とみなした謎の人物がリレイに向かったのだ。リレイの切断された腕からは鮮血が流れ出る。その傷口を思い切り握られたのだ。

「く……グ、っだあああああッ‼」

 瀬良が叫ぶと同時に彼を羽交い絞めにしていた大柄な人物の体が宙を舞う。瀬良は背後の人物の足を崩し、そのまま一本背負いのような形で投げ飛ばしたのだ。その人物は体を強かに地面にぶつける。

「は……ッう、首捻った……!」

 ひとまず自由の身になったものの、瀬良も無事とはいかなかった。ただでさえ弱っている状態で気道をほとんど塞がれ、そのうえで無理矢理の一本背負いだ。背後の人物が驚き腕を離してくれたからよかったものの、それでも彼は首を痛めてしまった。

「はっ……はっ……死ね……とりあえず死んどけや!」

 瀬良は息も絶え絶えで、起き上がろうとしていたその人物の右脇腹を力任せに蹴り上げた。それはちょうど肝臓の位置だった。そこを蹴ることとはどういうことかは瀬良は知らない。ただ激痛が襲うことだけを彼は不良グループに属してから吸収し、己のものとしていた。

 皮膚越しに肝臓を蹴られた人物は、悲鳴一つ上げないが、痛覚はまともだった。触れることすら躊躇するような様子でそれは体をエビのように曲げ、震えていた。

 それを見届けた瀬良は、自分のリュックの元に行く。

「……」

 リレイは襲ってきた激痛と失血によりもはや戦意は喪失しており、俯きへたりこんでいた。それを麻辺を蹴り上げた者が慎重に押さえ込んでいる。それに抵抗することすらできず、彼女は片腕で自分のことを抱きしめた。

(怖い……いやだ……死にたくない……死にたくないよ……!)

 彼女は震えながらそう思う。その震えが伝わったのか、背後の人物はその細い肩を押さえる力を強めた。

「はぁ……はぁ…………クソがぁっ!」

 瀬良は息を整えようとするが、視界の端にとらえた陰に向かって「あるもの」を振り下ろす。ゴギリ、という鈍く重たい音が山頂にこだまする。

「……ヤベ、骨……!」

 彼の視界の端にあったのは三人衆の内のもう一人、はじめにリレイに向かい彼女の腕の傷口を握った者だった。それの右腕はあり得ない方向に向いている。

 瀬良が振り下ろしたのは伸縮性の警棒だ。彼がかつて買ってから、常に持ち歩いていたものだ。

「折れ……いや、俺悪くねえからな……お前ら襲ってくんのが悪いんだか――ッ⁈」

 瀬良の言葉は続かない。彼は顎に強い衝撃を受け、意識と視界が揺れるのを感じていた。唯一の武器の警棒は何とか持ち続けられたものの、足元にある自身のリュックに躓き、転倒する。そのまま立ち上がることすらできず、ただ己の顎に一撃を食らわせた者を見極めようと正面を睨む。

 だが、そこにはのどかな山頂の風景だけがあった。

「は? ……ぅわっ、い、ってえええ!」

 その一瞬の油断を逃すほど、その人間は愚かではなかった。それは瀬良の背後に音も気配もなく移動していた。それは瀬良の頭頂部付近の髪の毛を掴むと無規則に揺さぶる。

 瀬良は気づいていなかったが、彼は自分の弱点を表し続けていた。

 見ず知らずの人間が突然現れたことを警戒する前にそれは何かと問う。「首を捻った」という発言。ほんの数秒前まで戦っていた存在に無防備に背を向けて荷物に意識を集中させる。そして目の前の人間を怪我させての動揺。一番大柄な者を何もさせずに投げ飛ばすという、「俺を警戒しろ」という無言の宣言。

 これらは瀬良の今までの常識では特に意味はない。自分の力を誇示し、相手に恐怖させ、道をあけさせる程度のものだ。それを同類と共に誇り、小さな自尊心を満たすだけのものである。

 だが、()()()()ではそれは違う。

 「首を捻った」という発言は、そこが急所だという自白だ。敵に背を向け無防備に他のことに集中するのは、新たな敵への首級の献上だ。相手を怪我させ動揺するのは、それをさせ続ければ壊せるという確信となる。

 瀬良はこの三人衆に対し最上の宣戦布告をしていながら、彼自身はそれを全く理解していなかった。

 彼の生きてきた世界は、小さなものだった。多少の()()()()はしても、平和な日本の、ちっぽけな場所で彼は生きていた。

「痛い痛い痛い痛い‼ 死ぬ折れるもげる取れるもげる! とれる! もげるってばおい! 首! 首‼」

 瀬良は叫ぶ。もはや高山病による体調不良と言っている場合ではなかった。捻った場所に強烈な一撃をもらい、あまつさえ縦横無尽に揺さぶられる。吐き気も先程までとは別種の、それこそ生命の危機すら彼の脳裏によぎるようなものとなっていた。

「……やめて」

 そんな状況に、細く、小さな声が響く。

「やめて……その人を……やめて! 殺さないで! 殺させないで‼」

「ッ、いだァ⁈ ……へ?」

 その声の主はリレイだった。彼女は真っすぐと瀬良の方を見ており、その左腕は彼の背後に向けられていた。

 そして、その腕からは一筋の煙が立ち上っている。加えて視覚では認識できない、しかし生物としての本能が危機感を抱くうねりと軌跡が一直線に瀬良の背後にあった。

「……あっ……あ……」

「マジかよ……」

 瀬良の背後では、彼の髪の毛を掴み頭を激しく揺さぶっていた人物が倒れ、気絶していた。しかもただ倒れているだけではない。衣類は焼け焦げ、ところどころ穴があいている。そこから覗く白い肌はどこか煤けていた。

 そして、リレイのことを押さえつけていた者も同様に倒れている。それも同じように衣類は焼け焦げていた。瀬良の背後のそれと異なるのは、彼の肉体的な損傷は激しく、肉の焦げた香りもしていることだ。

 痛む首と催す吐き気を押さえ、瀬良は立ち上がると、腹立ちまぎれに彼は自分を押さえつけていた者の顔を蹴った。正確に言えば、その仮面を蹴り飛ばした。

「……女、なの……か?」

 見開かれ、裏返った目玉を見ないようにしながら瀬良は呟く。仮面の奥に隠されていた顔は顎は細く尖っていて、神経質もしくは潔癖であることを印象付けていた。印象付けるに留まるのは、その顔の上半分に薄黒い斑があり、皮膚もでこぼことしていたからだ。明らかに「何かあった」ことを知らせる状態だ。

「《ロザ》の業抱隊は」

 リレイが自分の手を見たままで答える。

「神の怒りを受けた者で構成される部隊……。表には出てこれない、裏仕事の、部隊……だから、彼らも……」

「あっそ……宗教とか俺分かんねえからどうでもいいわ。

 で、麻辺。お前生きてるか? 全然存在感無かったけどよ、まあお前いても足手まといだからどうでもいいか……」

 瀬良は首を庇いながら警棒をリュックにしまいそれを背負うと、倒れたままの麻辺の元に歩みを進めた。リレイも一人でいるのは、しかも背後に「敵」を残したままそういることに恐怖感を感じたため、気を振り絞って立ち上がると彼女の持てる最速のスピードで駆けていった。

「……」

 麻辺はうつぶせの状態のまま、何もできないでいた。蹴られた腹は痛かったし、疲れ果てた体は鉛よりも重かった。だが、それ以上に自分が動かないことが必要である、と感じていたのだ。

「つかお前、なんて言ったか覚えてんのか?」

「は?」

 コツコツという普通に歩くだけでは立たない音を聞きつけた瀬良が立ち止まり、リレイの方を振り返る。彼はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「『やめて! その人には、やめて!』だっけかな? なんだ、俺は死んでも良かったんじゃねえの?」

「言ってないんだけど!」

「いーや言った。泣きそうになって『やめて!』……ハハ、ばっかじゃねえの?」

「……私はアサベさんのこと言ったの! あんたじゃない!」

「その割には俺の方しか見てなかったな?」

「それはあんたがやられたらアサベさんがやられちゃうから! 私は死にたくないし誰か死ぬところが見たいわけじゃない! それに、誰かを殺したいわけじゃない! ……殺したいわけじゃないから……」

 リレイは自分の手のひらを見る。彼女は自分の心が落ち着き、その奥底から安堵と喜びが湧いてくるのを感じていた。

「ふーん……じゃ、貸しにしといてやるわ。……で、麻辺ー生きてるかー?」

 リレイがあと三歩という距離まで近づいてきてから、瀬良は麻辺の方を向き直った。

 ――その時。

 この世の深淵から響くような音のない咆哮が、リレイと瀬良の背後から響く。ドスドスという、地を踏みしめ揺らがせる重たい音もだ。

「なっ……」

「やだ、起き――」

 それは、はじめに瀬良が投げ飛ばした者だった。半分割れた仮面の奥の、血走った隻眼が瀬良をとらえる。業抱隊の彼にとって、瀬良は敵だった。

 二人は完全に不意を突かれた形だ。

 瀬良は業抱隊の三人衆が気絶したところで警戒を解き、唯一の武器をリュックにしまっていた。加えてそれを背負ったことで、身軽な動きを損なっている。リレイも咄嗟のことに判断できるほど場慣れしていない。

 秩序のない、理由なき圧倒的な力が揮われる中で彼らは生きていなかった。

 唯一冷静だったのが麻辺だ。彼は反射的に起き上がると、最善に向かって駆けだした。

(あ……体、意外と動く……)

 そんなことを想いながら、彼は怒り狂う「敵」に自分の全てを乗せて体当たりする。その先は急斜面、もはや崖と言ってもいい状態の方だ。

 麻辺はずっと自分の存在を殺していた。戦力外と全ての人間に信じられていた。

「……馬鹿! おい、あさっ、おい!」

 瀬良が怒鳴り反射的にリレイを抱えて駆けだしたのは、麻辺の身体がまさにその青空に放り出されようとしているときだった。

「アサベさん!」

「麻辺!」

 二人の叫びは宙に消えていく。瀬良の指先が麻辺のシャツの背中を掴む。

 今まで走ってきた勢いと、重力に従い落ちようとする力。それは同じ方向を目指していた。逆らうことができたのは一瞬だ。

「やべ……!」

「やっ、イヤァーーッ!」

「うるせっ……うっ……ッッ――!」

「……」

 その一瞬が、三人の未来を知らせる。

 赤い液体を吹きだす「何か」が転がっていく。ところどころにその衝突の痕を、まるで道標のように遺している。

 誰のものでもないような叫びが、青空に響く。

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