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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
はじめまして異世界
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現在地を割り出せ!

「えっと……とりあえず、あの……今どこにいるかを……あの……」

「いいよアサベさん、セラさんは放っておいて私達だけでやろうよ」

「でも……瀬良君も一緒に……」

「いいの、セラさんはいいの!」

「……」

 瀬良は不寝番であり、それは初日に同様のことを行った麻辺への彼なりの返し方だった。その間に今までのことを整理し、麻辺に謝罪し歩み寄らねば、という結論をつけたのだ。多大なる躊躇と共にその通りに行動したが、瀬良の想定外の麻辺の状態から来た一連の騒動によって、彼は不貞寝を始めてしまった。

 そんな瀬良に対してやはりどこかとげとげしい態度のリレイが麻辺を押し切ろうとする。彼女なりにどちらが信頼できるかをこの短時間で判断し、それは第一印象から覆らなかったのだ。

「……うん、じゃあ……あの、瀬良君抜きで……。その前にあの、僕、何してた……?」

 気が付いたら洞の外でぼんやりとしていたことが引っかかっている麻辺がリレイに問う。

「ちょっと考え事だと思うよ。アサベさん、セラさんにずっと蹴られたりしてたんでしょ」

「ずっとじゃないけど……あの、高校入ってからだし……。

 うん、あの、じゃあえっと……今いる場所について。あの、昨日瀬良君が言ったけど、僕たちこの辺詳しくないから、あの……っリレイさんが頼り、です」

「はいっ、うん、頑張ります!」

 リレイは微笑みながら返事をする。まず瀬良と行動をしなくていいということが、そして麻辺に頼られるということが嬉しかったのだ。何より最大の理由は、見ず知らずの人間を受け入れなくてはならないとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()が嬉しかったのだ。

 麻辺はリレイを伴って洞の外に出た。彼の昨日の記憶と寸分違わぬ森の中である。とはいっても元の平地に戻るための道筋は把握しておく必要があると麻辺が弱々しく主張したので、数分歩けば青々とした世界からは抜け出せる程度の位置に大きな洞を持つ広葉樹を見つけられたことは幸いだった。

「リレイさん、あの……まずなんですけど、えっと、これだけで現在地の見当は……あの……」

「ごめんなさい……その、見覚えは無くて……ごめんなさい……」

「あ、ううん……その、僕こそすいません……えっとじゃあ、ちょっとだけ……その、森から出て……」

「うん」

 リレイの返事を聞いて、麻辺は歩きだした。彼女はそれを追うために一歩踏み出す。

「キャッ⁈」

「リレイさん!」

 だが、その一歩で彼女の身体はぐらりと揺れた。そんな彼女の咄嗟の短い悲鳴を聞きつけた麻辺が、今までの彼では想像がつかないスピードで戻ってきて、地面につく寸前の彼女の身体を抱きとめた。

「その、すいません……あの、僕、もっとあの、色々考えて……あの、リレイさんのこと」

「ううん、いいの、私こそごめんなさい。アサベさんの服、汚しちゃった」

「え……あ、気にしないで。あの、僕いっつも汚れてるから……。僕、銭湯行き損ねたし……むしろ僕がリレイさんのこ」

「セントー?」

 麻辺の謝罪の雰囲気を感じ取ったリレイが口を挟む。彼女が唯一瀬良に同意できていたのは、麻辺がもう謝らなくていいということだった。彼女は麻辺に数分の間に二度も謝られてしまい、そこだけは瀬良と意見を同一にせざるを得なかった。だが、それは彼女は表に出さない。

 そんなリレイの内心は知らない麻辺は、薄々理解し始めた現状であれば仕方のない疑問だとしてその問いに答えることにした。

「お風呂屋さん……えっと、知ってるよね、お風呂」

「うん、ちゃんと知ってる。クロッシェンはそこまで田舎じゃないもん、ちゃんとあるよ」

「……あの、領地を馬鹿に、するつもりじゃなくて……すいま」

「『すいません』は無しにして! アサベさん私のこと全然知らないでしょ、私もアサベさんのこと全然知らない。だからアサベさんが私に変なこと言ってもそれは謝らないで、もう一回ちゃんと言って。私もアサベさんが嫌じゃなかったらそうするから」

「えっあ……うん、そうだね……えっと、うん、分かった」

 目の前の少女の言うことは尤もだと感じた麻辺は同意した。素直にそれを表せればよかったのだが、彼という人間はそれをできない。少々回り道をして、それを言い切った。

「それにしても」

 麻辺の同意に微笑んでいたリレイが心から軽蔑するような表情になって呟いた。

「セラさん、酷いね」

「えっ? なんでその、あの、あ、瀬良君がいきなり……?」

「だって、アサベさんとずっと一緒にいるんでしょ。それなのに、アサベさんだけそのセントーに行けなかったって事なんだよね?」

「ち、ちがっ……! 瀬良君のせいじゃない!」

「……そう」

「うん……あっ……うん、そうだよ……。

 ……あの、じゃあ、森の外に……、えっと、リレイさん、嫌じゃなかったら、あの……おんぶしていい?」

「……へぇっ⁈」

 麻辺の提案が想定外だったリレイが間抜けな声を出す。彼女は十一歳にもなってそれをされるとは思わなかったのだ。

「あの、僕ずっとリレイさん運んできてたし、それに……あの、えっと、腕とかがその、あ……」

 そこで麻辺は言葉を切る。昨晩右腕を失ったと知って恐慌に陥った、十一歳の少女にそれを改めて指摘するのは酷なことだと思ったのだ。

 そんな彼の心情を察したリレイは、微笑みながら首を緩く振る。麻辺のその気遣いが嬉しかったし、彼女はすでに現実を受け入れ始めていたのだ。たった「一歩」が今まで通り踏み出せない時点で、彼女はそうするしかなかった。

「アサベさん、言っていいよ。私の腕、もう戻ってこないから」

「……うん。あの……腕とかが無くなると、あの……バランスがとれなくなるらしくて……だからその、リレイさん嫌じゃなかったら……」

「……嫌じゃないよ。でも、アサベさんが嫌じゃない? 汚れちゃうよ?」

「僕は別に……じゃあ、はい」

 麻辺は抱き留めたままだったリレイを起こすと、彼女に背を向けてかがんだ。その背中に、リレイは遠慮がちに覆いかぶさる。残った左腕を麻辺の首に回した。

「えと、あの……立つね。ゆっくりするから、その、ゆれたらごめんね」

(……また謝ってる……アサベさん、そんなに謝ってこなきゃいけなかったのかな……)

 リレイのそんな考えは、気遣いを感じる揺れによって彼女の外に出て行ってしまう。

「あの……歩き、ます。あの、本当にあの、嫌だったら言って……」

「ううん、大丈夫。全然嫌じゃない、ありがとアサベさん」

 リレイの答えに麻辺は頷く。彼はやはり無表情だ。

 一塊の二人が歩いて四分、木々がまばらになり、そして森から脱した。振り返ってみれば昨晩の寝床となっていたあの広葉樹はまぎれてそれを判別することはできない。麻辺はそれに心の奥底でほっとしていた。

「あの、どうかな……」

「……シェラクの大木……こんなに、たくさん……ここ、シェラクの森なんだ……!」

「シェラク?」

 麻辺は聞き慣れない単語をリレイに問う。

「うん。シェラクは、初めて生まれた生命って言われている癒しの木。あんまり高い所にははえない木なの。根っこは安眠作用があって、葉っぱはお茶にすると疲労回復の効果があるって言われてる」

「あ……だから瀬良君寝ちゃってるのかな?」

 昨晩の瀬良は木の葉を口にしていたし、その後木の根をくわえていた。そして麻辺は思い出す。眠ろうと思っても眠れなかったが、瀬良が投げてよこした根っこを口にしてからはすぐ眠れていた、と。

「……さあ。私は分かんない。シェラクの『木』は伝説だもん。今じゃ新芽を乾燥させてお茶にするくらい」

「そうなんだ……じゃあ、えっと、……」

「そう。《ロザ》が《シンシェ》のシェラクが生えてた山を全部侵りゃ……!」

 リレイの言葉が途切れる。続きを促すまでもなく、その言葉が紡がれた先を麻辺は理解していた。

「……」

「……」

「……まずい?」

「まずい。……どうしよアサベさん! ここ《ロザ》かもしれない! 嫌だ、殺されちゃう‼」

 ガタガタと恐怖で震えだすリレイに麻辺はどうするべきか分からなかった。彼は赤子のようにゆすることはリレイに対して侮辱であるように思ったし、何か言葉をかけようにもどういったものが求められるのか分からなかった。

「えっと、リレイさん、ちょっと落ち着いて。あの、一回戻るから、うん、瀬良君起こそうね」

 自分たちだけではどうしようもないという、今できる最善に分類されるであろう判断をした麻辺がリレイに語りかける。リレイはそれに反発するが、肝心の足は麻辺のものであったためただ彼の背中で喚くだけに終わった。

 森の中に入ると、リレイはその言葉すら発さなくなった。足場の不安定な森の中で麻辺の集中を乱すことは賢明ではない、ということを彼女は理解できていた。そのため大人しく運ばれることになったのだが、麻辺は彼女のそれを諦めからくる了承だととらえ、少しだけ気分が軽くなった。

 そして、ほんの十分前に発った寝床の広葉樹を見つける。

「あのー……瀬良君……あの、起きてますか?」

「……寝てる」

「えっ……寝言……?」

「違うでしょアサベさん! こいつ寝たふりしてるんだよ!」

 リレイが瀬良のことを名前で呼ばなくなったことに麻辺は気づいたが、今はそれを指摘するときではないと思い直した。ゆっくりと背中の上で瀬良を非難する言葉を言い続けるリレイを下すと、麻辺は瀬良の隣に座る。

「あのね……あの、あせ……瀬良君」

 高校で瀬良の属する不良グループに囲まれた際「アセラクン」という風にからかわれたことを思い出した麻辺は言い直した。

「その……あの……ここ、なんでも……えっと」

「……」

「敵地らしくて」

「……」

「あの、だからあの、瀬良君……早く、逃げるべき……じゃない、かとその、思うんです……けど」

「……チッ」

 瀬良は舌打ちと共に面倒臭そうに起き上がった。どうやら不貞寝はだいぶ前に終わっていたらしい。

 リレイはそんな瀬良を見て、自分がこの場で言ったことを聞かれていたと思い一人冷や汗を流す。そして、何があっても自らこの話題を出さないことを固く決意した。

「まず」

 瀬良が伸びをしながら言葉を発する。

「その敵地のここはどの辺なんだよ。逃げるにしても戦うにしてもよ、ガキの領地のクロなんとかまでどれ位かによるだろ」

 彼の言葉は正しかった。麻辺と瀬良は現在自分自身がどんな状況におかれているかを完全には理解していない。そのためリレイ頼りであるのだが、そのリレイは十一歳という最年少の少女であり、加えて右腕を失っているという圧倒的弱者なのだ。

 今、その弱者に瀬良は語りかけていた。リレイは瀬良が苦手なこともあり異常なまでに緊張するが、自分の負い目から遠ざかるために口を開いた。

「私の予測だけど、ここは《ロザ》を五つに分けたら《シンシェ》側の二つ目。つまり中心よりは《シンシェ》に近いけど、国境からは遠い位置。

 クロッシェンはほとんど正反対の国境側だから、どんなに急いで移動しても一月はかかると思う」

「はぁぁ? んだよそれ、わっけ分かんねえ!

 つかお前はそんな遠くで腕ぶった斬られたのか。ガキも軍人にして戦争でもしてんのかよ」

 リレイの言葉を受けて瀬良は面白そうに、しかし理解不能ゆえの皮肉な口調で彼女に語りかけた。彼がそんな口調でリレイに話しかけたのは現状からの逃避だった。

「……」

「あの、えと……! とっ……とりあえずですけどあの、り、リレイさんの領地じゃなくって、……その、国そのものを……あの、目指しま……せん、か?

 リレイさん。あの、クロッシェンではなくてあの……あの、《シンシェ》までは……どれくらい?」

 麻辺はリレイの沈黙を解くために話しかける。この状況を一歩でも前に進ませるためにはリレイが常に頭か口を動かしていなければならないということを彼は考えるまでもなく理解していたのだ。麻辺が生きていくためには今は彼女の協力が不可欠だった。

 リレイも信頼する人間である麻辺からの問いにわずかながら緊張を解く。そして二言、三言ぶつぶつと独り言を言うと、麻辺の方を見て言った。

「私の予想が正しければ……安全圏までなら、六日。国境そのものだったら、四日あれば、たぶん……」

「それは……あの、この森を抜けて? それとも、えっと……」

「うん、この森の正反対に出ればいいと、思う」

「……瀬良君」

「わぁったよ……森な、森」

 三人の意見が一致した。

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