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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
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敵はどうなる?

「……っ」

 麻辺は無表情のまま体を起こした。体調は楽になるどころか一秒経つ毎に悪化していた。しかしそれは完璧に遮断されていたため麻辺は手を口元から離し、視界に演説会を入れたまま立ち上がり、石像を目指す。

(……)

 それを瀬良は黙って見ていた。麻辺があまりにも無表情だったからだ。

 瀬良の記憶の中に、麻辺の表情筋がその本来の仕事をこなしていたものはほとんどない。麻辺は常に萎縮したような雰囲気を漂わせ遠慮がちで、周囲からはなんとなく敬遠され、彼も自分の存在を皆が忘れ去るのを望んでいるようだった。それにもかかわらず、麻辺は全てを見通そうとしているような意思を感じることもある、そんな雰囲気を持つ無表情だった。

 だが、いま石像にあと三歩の距離にいる彼のそれは全く違う。マネキン、石像、ロボット、ホルマリン漬けの死体——……とにかく生気はなく、そのまま完璧に、そして生きるものとしては歪に固定されてしまったかのような、そんな無表情だったのだ。

 湿った何かが引き裂かれる音が響き、景色は急速に変化していく。先ほどまでの変化を拒むような、進化と退化を同時に行い、正反対のベクトルを持つ本来ならば両立し得ない、矛盾を正とするような情景とは全く異なっていた。むしろこの世の、どの世界でも共通して存在する不変の理に従った動きである、と誰もが理解するような、そんな雰囲気を持った動きをする。

 景色が安定したのは四十秒後のことだった。太陽は傾き空は茜色だ。その光を受けて木々の葉も赤く色づき、黒く伸びた影は数時間後には地面に溶け込んでいるだろう。

 大きく開けた平原は、その視界を遮るものはない。遠くに見える山々はその頂上に雪をかぶっている。どこか懐かしさを覚えるような、田舎町で改めて景色を眺めたときのような、のどかで普遍な景色である。

「……」

「あさ……麻辺、おい。もういいんじゃねえのか?」

「……」

「もうあいつら戦ってねえんだろ。お前ずっと一ヶ所しか見てねえしさ……」

 瀬良の言葉に麻辺は何の反応も示さない。正確に言えば一瞬、その名を呼ばれたときに目線だけ瀬良の方に向けたが、その言葉はどうやら優先順位が劣ったらしい。日本でもし同じような状況に陥ったらつっかえながら遠回りに理由を説明し、視線を忙しく移動させていただろう。それがなされず、また一切の迷いも感じられない麻辺の雰囲気に、瀬良は小さく息を吐いた。

 自分の言葉にはそれほどに価値がないのだろう、と瀬良は思う。麻辺にしてきたことを思えばそれは当然で、しかしその麻辺の性格から決して無いだろうと思っていた反応に少しだけ居心地の悪さを感じ、もう一度息を、今度は長く、肺どころか全身の酸素を入れ換えるかのように大きく吐いて、思考も同時に整理して言葉を発した。

「それに……ほら、俺前にも言っただろ? お前が死んだら誰がリレイ運ぶんだ。俺は絶対運びたくねえからな。

 ……だからさ、なんつーか……あーなんだ、ほら。もう膠着状態だろ? 俺、あっちと合流するから。んで相手とっ捕まえて引き渡して、……今日一日休んで、なんちゃら学園目指そうぜ。ちょうど警備隊長の意識? があんだし直接指示貰った方が効率的だ」

 瀬良の提案を麻辺は考えることすらしなかった。体調の悪さは言い訳できず、瀬良のそれに反対する思考もない。そのため彼はただ見送った。






 近づいてくる、その存在を隠そうともしない気配に二人は揃って顔をあげる。はじめにその存在を認めたのはオルトだった。二秒遅れてオーガスタもその存在、瀬良を認識した。彼女にとって瀬良は見知った存在であるから特に気に止めず、オルトに視線を戻そうとする。

(悟られた)

 が、それを遂げる前にオーガスタの脳は——正確にいえばリレイの脳であるが——その結論を弾き出す。警戒の色が濃くなっていく対面する青年の気配にではなく、また呑気に多少の敵意を乗せたはるか百メートルは後方の瀬良が理由でもない。

 二秒という時間だ。オーガスタは無意識に「観測手」オルト=ベークの探知能力に頼っていたのだ。いち早く不可思議な仮想戦場に注釈をつけ、今まで考えたこともなかった「四百年の壁」に手を添えた、たった今急速に警戒も敵意もなくなった——つまり、純度の高い殺意を抱き、それをオーガスタに隠そうともしない——この青年の優秀さは、二秒が一般人の一時間にあたるのだ。

 オルトは瀬良の存在を刹那で確認し、同時に顔をあげながら未だその存在を確定できない少女を目に入れた。隻腕の少女の焦点の動きを観察し己の脳に叩き込み、コンマ数秒の固定と気配の緩みを察知する。その緩みの種類を彼の脳は同時にいくつも計算し、候補を十は作り上げ、目の前の少女の雰囲気から同時にいくつも捨て去り、その精度を高めていった。

「《シンシェ》の顔じゃない。肌の色も違う」

 オルトがオーガスタに囁く。

 《シンシェ》やその周辺国はいわゆる白色人種しかいない。頭髪の色や虹彩の色こそ様々ではあるが、肌の色はおしなべて白く、内を流れる赤い血が透けて桃色にも見えるような、そんな色だ。加えて顔つきも「白人」という言葉で一般的に思い浮かべる人間の範囲から外れることはない。

 黒色人種はこの地からははるかに離れた——地続きではあるもののわざわざ行こうとは思わない、そんな土地に国を持ち暮らしている。そのためこの辺りに住む人々は、遠い地の人間は肌が肥えた土のような色をしている、ということを噂としてのみで知っている者が大半であり、彼らはそれ以上を知ろうとはしない。絶えず行われる戦争は隣接した国のみが相手となり、複数の国が同盟を組み包囲網が敷かれるということは()()()ないからだ。

 そして、麻辺や瀬良のような黄色人種は存在しない。弾圧されたわけでも、混血が進み遺伝子の中にひっそりと存在するだけというわけでもなく、レアリムにははじめから存在しないのだ。

「《ルダ=アムンゴ》《ウルナンデ》《ルオ=ンギスム》……肌が『黒い』というには、どうやら俺の目が狂ってしまったと認めなくてはならないな? それとも君の目も狂ったかい?」

 オルトの囁きはオーガスタに対する宣戦布告一歩手前、最後通牒だった。オーガスタの反応によっては戦闘が開始される。

(……)

 ほとんど互いに表情がわかるところまで近づいてきた瀬良を見て、オーガスタは発すべき言葉を考える。ここで瀬良のことを「予期せぬ侵入者」とし、オルトと共同戦線を張ることは決して不可能ではない。むしろ、今まで聞いたことのない「ナンミン」という概念を持ち込んだ彼をどんな形であれ排除するのは、この国の平穏には不可欠であるように彼女は思う。

 だが。

(リレイ様の護衛は……)

 ナンミンとしてあらゆることから逃げ、あろうことか魔法が使えないという彼らであっても、リレイの護衛としては現状必要不可欠な存在なのだ。故郷が戦場となり、そんな中領主令嬢、たった一人の跡継ぎであるからという理由で一人安全圏に追い出されるリレイはいったいどう思っているのか。

 麻辺は精神的な部分を支えている。瀬良は身体的な部分をだ。いくら魔法が使えないとは言っても、それはレアリムではあり得てはならないことである。すべての人間は「魔力」があり魔法を使えることを前提に行動する。そのため、瀬良の体格の良さと体術は一種のハッタリとなる。そのハッタリがリレイの身を守るには不可欠だ。

 オーガスタは自身の——リレイの胸に手を当てる。鼓動は平静、異常な発汗も身体の震えもない。

 しかし、オルトは観ていた。はじめに少女の右肩の塊が動いたのを。向かってくる青年が自分(オルト)を見て、わざとでなければ愚かだと斬首してやるくらいにあからさまに緊張し、襲いかかられたときのことをシミュレーションするかのように、肘から下をなんとなく動かすのを。

「ふふっ」

 オルトは笑う。それが彼の答えだった。少女が武器を構える。今や駆け抜ければ五秒でゆうに辿り着く距離にいる男は歩みを止め、戸惑いを浮かべる。

「顔見知りか?」

「いや」

 オーガスタは嘘をつく。

「ならばなぜ彼は驚いた顔をしたんだろう? 俺と一緒に考えてみようではないか。そして答えを出していこう。

 無垢な一般人? ならばおかしいな、なぜ彼はこの場所に入ってこれたのだろう。答えは簡単、この戦場の統括者に招かれたからだ。

 ならば因縁の敵? それも不思議だ。俺は保証しよう、少なくとも君の身体は誰かに……そう、復讐心を抱かれるような戦い方はできなかった。戦場の様式美に従い、死を恐れ、殺しを躊躇い、友の亡骸に絶望しながら消耗し、しかし応援がくると気が大きくなり逃亡する相手を叩き壊す——観測手として何百人、何千人見たうちの一人だった。正直言って、クソカスゲロクズゴミが執着しなかったら忘れてしまっていただろう、保証する」

「……視点が一つ抜けているぞ」

「それは、彼が『俺の』敵だということかい?」

「そうだ」

 動揺させてやろうと発した言葉は、容易く絡め取られる。

「『俺の』はないだろうな。いくら精鋭部隊所属とはいえ形だけ、オウロ=ベークの観測手。オウロが恨まれることはあっても俺がそうされる理由はないのだよ。というか、少なくとも予兆があるものは覚えさせられている。おかげで町で見かけた輝かしいお嬢さんの記憶は半日持てば御の字さ。

 あぁ、そして。その武器が俺に向くことも想定済みだ。だがこれは杞憂かな? 彼は君の味方ではなく、君は武器を構えている。俺は君と停戦協定を結んだが、俺は彼とは結んでいない。君の味方ならばある程度の距離を保ち停戦、いや不可侵の協定を結ぶことも選択肢としてあり得たが顔見知りですらない。ならば共に排除に動いても構わんだろう? 俺と君とは仲良くなれそうだ」

「そうだな。……」

 オーガスタは答える。オルトの言葉を否定することはできなかった。瀬良との間に停戦もしくは不可侵の協定を結ぶのは嘘だろう、というのは考えるまでもなく理解できた。

 オルトのなかではすでにやることは決まっており、「もしも」をオーガスタに伝えたのは一種の儀式だった。それを告げたのはただ単にオーガスタにも責を負わせる。たったそれだけの意味しかない。



(……早すぎた……つか二対一?)

 距離にして三十メートルの位置まで近づいた瀬良は、二人を、何より向けられた武器を見て内心ため息をつく。リレイ=オーガスタがその隻腕でまっすぐに槍を向けてくる。赤毛の侵入者は傍らの少女に語りかけている。警戒の色は見て取れず、向こうからやって来る通行人に気づきながらも目の前の知り合いとの雑談を優先している、どこででも見られる人間の雰囲気だった。

(気づいてるけど俺のことはどうでもいいって感じか……? いや、つうか、フツーに俺を油断させたいんだろうな。マジで気づいてないならなんでリレ……警備隊長が槍持ってんのスルーなんだって話だし、あぁ、俺と警備隊長両方見てんのか、コイツ)

 瀬良は冷静に分析する。その分析は限りなく正解に近かった。

 傲慢な身のほど知らずの強者として、あるいは平和ボケした愚か者としてのんきに二人に近づくようなミスをすることはなかった。それは彼の勘の強さや、生まれ持った素質からくる直感というわけではない。ただ単に日本で触れてきたいくつかの物語の、受け手(傍観者)が嘲笑うようなキャラクターの何の教訓にもならない、むしろ報いとすら感じスッキリするような死を見てきたからこその行動だった。

(警備隊長は俺に槍を向けてる、赤毛は何か話してる。……警備隊長的には俺をやるのはあんまよくねえよな。俺なんかをリレイの護衛にするくらいだし、の割にはそのリレイの体ぶんどってでしゃばるくらいには俺らのこと信用してねえし)

 瀬良は推測を続ける。できるだけ客観的に、そして警備隊長の立場になって物事を考えていく。意識してそのような思考になるのではなく、彼は当然のようにそれをしていた。

(俺を敵にしちまったパターンか)

 その考えはあたる。正確に言えば積極的な敵対者というわけではないのだが、その差異は関係無い。

(だとすっと少なくとも初対面装って……それで敵意を削げるか? 少なくとも赤毛の敵意より警備隊長の敵意を長引かせないといけねえわけじゃん? じゃないとあいつもまた警戒され……。

 あぁそっか、敵意だけ削ぐ。いや削ぐのは無理か。敵意より俺への探求心を上回らせる。……綱渡りどころじゃねえ……)

 瀬良は自身の結論に頭痛を覚える。だが、今の彼ではそうするしかこの現状を平和に脱する方法がないように思えていた。

 そして彼はできるだけ矛盾のない「物語」を作り始める。

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