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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
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観測手と警備隊長

 オーガスタはオルトの視線の再現をしながら、秘かに焦っていた。彼のそれは規則性こそあるものの、それは単純に右を五秒、左を五秒、今度は右を十五秒……というように、左右の確認をしながらその秒数を変化させている、というものだったためだ。彼女は後ろを振り返り、今まで見てきたものを、そして今オルトが見ているものを見るが、新たな発見はありそうもない。

「諦めてしまうか? 俺は教えても構わないぞ、この変で不可思議で興味深いものの正体の薄皮一枚に触れることができればそれでいいのだよ」

「……」

 彼の声色は確信を持っていた。少なくともこの同行者のことを翻弄しようとか、また敵対者に逆戻りさせようという意図的な感情に基づいた行動ではない、と知らせている。つまるところ、これは彼の「素」なのだ。

『もう意味わかんないんだけど……アイツみたいでなんかムカつく』

 リレイは誰にも知られず、一人堂々と毒づく。彼女の頭に浮かんでいるのは言うまでもなく瀬良である。それに同意する者も非難する者も今この場にはいない。そのため彼女は大きく息を吐くと、呆れてものも言えないというように首を振った。拒絶の心があったためだ。その瞬間、リレイの意識が急速に消えていく。眠気に敗北したかのように、彼女の意識は溶けてその形を保てなくなっていくが、そのことを彼女自身が気が付かない。

 一方のオーガスタは正面に、つまりオルトに対面する形に戻る。そして、彼自身を観察する。今の彼は時々進行方向の足場の確認をしながら、それでも彼女のことをまっすぐと見ていた。

 パキリ、と乾いたものが砕ける一際大きな音が周囲に響く。それはオルトが踏んだもので、彼が歩みを進めれば煤けながらも真っ白な物体が砕け、一部は粉となり風に吹かれ消えていった。

「……人骨か」

「小動物の可能性も否定できないがな。人間ここまで燃やすのはもう禁忌だろう? こっちは植物相手でも周辺諸国の皆々様方のチクチクした視線を受けて、全身瘡蓋だらけになってしまっているよ。治る暇もありゃしない、剥がされてさらにチクチクチクチク」

 オルトは細かな、しかし断続的な攻撃から庇うように自分を抱きしめた。

「そろそろ善良な我が国の民は穴ぼこ、吹き出物をつぶし続けた哀れな頬のようになってしまうだろう。かわいそうに」

 彼が告げているのは《ロザ》の農業都市アグファリムのことだ。この都市は《ロザ》の農作物のほとんどを生産している。国内で最も広い土地を四つに分け、順繰りに「そこにある命を神に捧げる」――つまり、焼き畑をしている。そして、その土地を燃やすのは、対象物を燃やし尽くす、暗黙のうちに戦場では使用することが禁じられているヴァーシ・ェアフである。

 そして、彼女は気が付いた。

「ここは……信じられないが……いや、信じたくは無いが……」

「うんうん」

 オルトが耳に手を添え、リレイ=オーガスタの方に体を傾けた。

「過去、か……?」

 オーガスタは恐れを抱きつつその言葉を発する。「そんなことはあり得ない」、そう思いながらもこの身体の、そして彼女の主が現在共に行動している二人の存在を思い出し、その恐れは急速に解析すべき事態に変化する。

「お、同じ結論、いや推察にたどり着いた。いやいや良かった、どうも俺が先走って変な考えにたどり着いてしまったかと心配していたのだよ」

 彼はけらけらと笑うと、屈んで同行者に視線を合わせる。彼はそこでリレイ=オーガスタの視点からでもそれを判別できるか確認し、それができるとわかってから口を開いた。

「全体的に煙っぽく、踏んだものは水っ気が無くて粉になってしまう。そしてこれを見てくれはしないか。この植物だ。優しく、清らかに、どうか可愛い弟に対して……のようにとは言わないが、せめて生まれたばかりの赤ん坊に触れるかのように細心の用心と慈しみをもって触れてはくれないか?」

 オルトはそう言うとリレイ=オーガスタに手を差し出すよう指図する。彼女がそれに従うと、その左手には今にも崩れそうな、ほとんど灰になりかけている植物が乗せられた。それ自体が持つ葉の他に、別の植物の葉を抱き込んでいる。

 オーガスタはそれがオルトの魔法によって保護されていることにあえて触れず、記憶の端にある植物の名を口にする。

「トルクア……いや……」

 だが、その言葉はすぐに消えた。彼女の知るその植物とは何かが違う。第一印象である視覚からの情報が脳に達された後、それが違和感となり彼女の言葉を消したのだ。オルトは頷き、その言葉を引き継ぐ。

「そう、トルクアイネとは微妙に異なっている。焼け縮れたとその差異をぶん投げ捨てることも可能だが、今は髪の先っちょ並みの存在感しかない手掛かりにもすがらねばならんだろう?

 トルクアイネが育つのは主に《エヴァリ》の王宮一帯と言われている。シェラク以上の奇跡の植物、どんな怪我をも治し病は治癒させ人々を癒し家庭円満子孫繁栄その結果国は富み小鳥が歌う。花は咲き乱れ虫は俺の見てないところで跳ね飛びるがどうか俺の視界からは絶滅してもら……話が大幅にそれた、もはや別の話にしてしまった。駄目だな、久しぶりに自由に話せるのが幸せすぎて舌が踊り狂っている」

 彼はそう言うと舌を罰すように噛む。その様子をリレイ=オーガスタは冷めた目で見ていた。彼の大量の言葉に紛れた真意を探ろうとするが、今のそれはただ単に、彼の申告通り話の道筋から脱線し続けたようにしか思えなかった。

 オルトの口の端から一筋血が流れる。それを彼は手の甲で拭うと、深呼吸を三度して口を開いた。

「まあ、あれさ。『かつての名残を残す植物』、その性質に似ているとは思わないかい? 低い、高くても膝丈のものに多いが、そう称されるのは蔓状のなんかよくわからん触角的なのを伸ばし、それで他の植物を飲み込んでしまう。

 この包まれている葉は俺の記憶にはない。似た植物としては一人じゃなーんもできないパスラエット、他の植物の花粉がないと自分も繁殖できない厄介な困ったちゃんのくせに至る所に生えてる不思議ちゃんだ」

「その代わり、果実を実らせるのには役立つんだがな。どうやらこいつのは小虫の好みを操るようだ。はじめはパスラエット自身を好みに思わせるが、数時間もすると他の植物を魅力的に思わせるらしい。そしてさらに数時間後、『飽き』を抱かせ自分に戻す。不思議なものだ」

「不思議ちゃん、不思議ちゃん……君という虫博士の言葉が本当なら、小虫を呼んでいるってだけで俺的にはいてほしくない植物のナンバーワンの一つなんだがね。ええと、《シンシェ》流に言えば主食のピナ? ピナに我が軽蔑侮蔑、生きとし生けるもの全ての安寧のために死に絶え復活の余地も許すべきではなく徹底的にぶち殺さねばならないクソ兄によって小虫を練りこまれてみろ。三日三晩十月十日泣き崩れるし疑心暗鬼に満ち満ちてしまう。しかも恨みつらみ憎悪その他諸々納得できー……うーん、できてはいないができたとして、そういう理由があればまだ救われるが無かったからな! 一体全体何だと思う? 『虫が苦手なお前が虫食うとどうなるか見てみたかったが特に面白くなかった』だそうだ。俺は泣いたよ、涙が枯れるまで泣こうと思ったが『うるさい』の一言で一分もたず終わった。酷いと思わないかい?」

 オルトは一息で語ると、そのまま同意を求めるようにリレイ=オーガスタの方を見る。だが彼女といえば話半分、特に興味もそそられず、またオルトの人柄を知った今その話にいちいち注意を払っていては脳の負担が大きすぎることを本能的に学んでいた。

 オルトは前髪の奥で一瞬気まずそうな表情を浮かべ、そしてすぐにそれを引っ込めると自分の両頬をつねりながら口を開いた。

「はいお話切り替え、よし。脇にそれたら舌噛みの罰、よし。……明日まで舌はもたないな……さようなら俺の舌、こんにちは謎の肉片。……切り替えるから、そういう顔しないでくれ。

 これがパレオ・パスラエットだとすれば過去であるっていう何よりの証拠になりそうなもんだけど、ただ、まるっきりの過去ではなさそうだよなあ?」

「戦闘処理人員の不在か。そもそもこうなる前は軍基地の仮想戦場の中にいたのだから、これもそうなのだろう」

「そうそう。だがなぜ過去を、しかも俺たちの記憶にないもしくは変わりすぎちゃって分からない、そんな過去を映す必要がある? 戦うのは『今』だ。『今』に近い光景を映さないと意味がない」

「それに、この過去を映しているのは『何』なんだ?」

「え? それはそちらさんの味方だろ」

 オルトは問題提起の意味が分からない、というように今までにない声色で発言する。それは仕方のないことだった。

「それは……そうなんだが……」

 オーガスタもそう答えるしかない。敵か味方の二択しかないとすれば、この戦場の光景を統括する麻辺は味方に分類しなくてはならない。だが、聞いたこともない国の出身で、魔法は驚くことに使えず、それでいて十七歳までその存在をどこの誰にも知られずに生きてきた「ナンミン」である彼を、手放しに受け入れることはできなかった。瀬良についても、麻辺と同様の警戒の他にその体力や運動能力から別種の警戒をしなくてはいけなかった。

 麻辺と瀬良はリレイを逃がす、という目的さえなければクロッシェンの館の地下に幽閉する可能性が限りなく高い、否、それすら甘く本来は《シンシェ》中央に引き渡し死罪となるような、そんな人間である。

 そして、これが麻辺の記憶によるものだともオーガスタは思えなかった。いくら「ナンミン」とはいえ時代を超えるなどはあり得ない、と彼女は考える。二千年以上の歴史があるという彼らの国、そしてこれが麻辺の記憶だとして、二人が遠い未来からやってきた、とも考えられなかった。いや、このような「未来」だと彼女は信じたくなかったのだ。

 ――実際のところ、麻辺と瀬良の出身は彼女の想像を超えた「異世界」であるのだが、世界の概念のないオーガスタはそのような考えまで及ばない。

「んー……そもそもなんだが、これの仕組みってどんななんだっけ?」

「その問いはこの国の内部情報を探るためという解釈で構わないか」

「ちーがーうって、んもお、信頼無いなあ仕方ないことなんだけど。じゃあ俺から言うから君の国では同じか違うか、そういう感じで答えてくれ。

 この仮想戦場は《ロザ》の場合各軍事拠点の支部長が権限を持っている。その彼だか彼女だか、とりあえずいけ好かないやつがさらにいけ好かない中央機関の進軍のなんかに指示されて、そうしてその進軍先に類似した地形の投影を行う」

「特に付け加える点がないくらいには、こちらの国も同じだ」

 オルトが一瞬、口内に溜まった唾を飲み込むそのわずかな間の沈黙でオーガスタは返事をする。細切れというには大きすぎるが、それでも合間合間に応答することによって、彼の話が大幅にそれないように、という考えのもとだ。

「うしうし、いいねいいねーこういうの大好きだ! ああ、こういうやり取りをしたかったなあ……。

 で、その投影の魔法だが俺はよくわからん。何せ俺はこれだから」

 オルトは自分の頬を指さす。

「まー周囲は怯える怯える、精鋭部隊のクソ筆頭の弟様だぞ! うん、もっと怯える、それが正しい。もう拍手してしまおう、あんたが正しいパチパチパチー。……あーはい、話を戻す。

 ただ話を聞くところによると、支部長自身は魔法は使わんらしくてな、どうもその投影条件の何かに強くてほとんど永続的な魔法がかかっているんだとか」

「……。この戦場の情景の移動に魔法は使わん。その発動の権限を持つ者が対象物に定められた刺激を与えることによって情景を変化させるからだ。……極端なことを言えば、どんな形であれ権限さえ持てばこの世に生まれてはいけないモノですらそれを成せるということだ」

「あぁなるほど、クソバカクズが精鋭部隊という名の隔離隊にぶち込まれてくれた理由がよくわかるな。誤算は俺を駒に使うことだっ……はい、黙る!」

「……その仕組みを作った魔法の術者はこちらには伝わっていない。それほどまでに昔ということなのだろう。もしくは、名前が伝わることを望まなかったか」

「あるいは望まれなかったか」

「望まれなかった?」

 想定外のオルトの相槌にオーガスタは思わず聞き返してしまう。彼女が「しまった」と思うより早く、オルトは人差し指を立ててにぃっと笑みを浮かべる。

「ふふ、問いかけられたら答えなければいけないな? 少し待て、オルト=ベークは考えをまとめる。ちょうどいいことに座れそうな椅子も見えてきた」

 彼の指さす方向には、ちょうど二人が向かい合って座れるような小岩があった。そして彼は素早くそちらに移動し腰掛け、手招きをする。

 オーガスタは大きくため息をついた。話が長くなることは目に見えている。それはできればごめんこうむりたいことである。しかし観測手としての彼の視点は素晴らしいものであり、今思い返せば彼はオーガスタが同じ結論にたどり着くよう誘導もしていた。何より、この現状での情報共有を捨てることはできない。

 彼女はもう一度ため息をつき、その手招きに応じた。

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