表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
47/54

精鋭部隊の観測手は黙れない

 変化を続けていた景観は、五分ほどたって安定を見せた。そこに取り残されているこの世界の二人――正確に言えば三人――は互いに対するもの以上に周囲の景色に対して警戒を見せている。その共通の感情が、互いに決して破ることの無い休戦協定を結ばせる。

「俺が言えることではないが、そう警戒しないでいい」

 侵入者の男が宣言する。これは一種の儀式だ。彼は侵入者であり、排除されるべき異物である。首を垂れることは敗北と服従を意味し、それは仮初でも生命をかけて戦った相手に対しては最もしてはいけないことの一つである。

『警戒しないでいいって、それってどういう意味? そっちが入ってきたんじゃん! 警戒しない方がおかしいと思うけど?』

 その男の言葉、雰囲気にリレイは憤慨する。いくら戦場に出ていたとはいえそれは短期間であり、その取引を知ることは彼女にはできなかったためだ。

 しかし、その憤慨するリレイの肉体の主導権を握るのは、戦場に部下を送り出す決断をしなくてはならない警備隊長を担うオーガスタだ。彼女は黙って頷くとランスの先を男に向ける。彼はそれに応えるように武器を手放す。するとランスがほのかに発光し、侵入者の武器だけではなくその鎧が光の群体となり、消えていく。その群体が空間に溶けた後は、侵入者は簡素な衣服を身に着けるのみとなった。真紅の髪は目を隠すほどの長さで、両頬には髪の毛と同じ色の入れ墨がなされている。

「全く酷いじゃないか。ここまで丸裸にしてくれなくても」

「酷い? 侵入者がそれを言える立場だと思うわけ?」

 オーガスタはリレイの口調を再現して会話を試みる。だが、それに対し侵入者は嘲笑を隠さず、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら答えた。

「そうだな、君のその芝居がかった話しぶりよりは酷くないさ」

 彼は真紅の前髪の奥、目を三日月にしながら言葉を続ける。

「さてさて、《ロザ》のオルト=ベークは考える。目の前の少女はもしや、我が国の精鋭部隊の汚点いや失礼、()()部隊の()()野郎、名前も言うのも嫌になる、我が兄オウロが取り逃がした少女ではないか?」

 侵入者の男――オルトはまるで歌うように言葉を続けた。人を煙に巻くような態度はそのまま、しかし揺るがない確信をもっているのが見るからにわかる。

「オルト=ベークは自問する。あの時あの野郎は何をしていた? 戦場志願し(可愛い弟)を道連れ、意気揚々と撤退者の殲滅……はあ……ええと、オルト=ベークは答えよう。あのクソ野郎は君を殺そうとしていた。なのに君は突然魔法で撤退、行方知れず。

 ……おかげさんでオウロの機嫌は最悪だ。俺としてはクソから逃げきったお前という存在が嬉しいが、同時にうまくヤツの前に誘導したいくらい腹立たしい。あれは『割り切り』できないんだ。逃がしちまった獲物は追う、人生全てそっちに向けて執着すんのさ」

 オルトは肩をすくめ、「付き合っていられない」という雰囲気を出しながら首を振った。

「あなたの言い分はよくわからないけど、分かったことにする。けどさ、私のことが演技ってどういう意味よ」

「察せないか? ならば言うが、俺は『観測手』なのだよ。あのクソゲロドクズの観測手。イイ獲物がいないか探らされ、いたらそれと遊べるように誘導調整強制脅迫。そんな自分勝手が許されるかって? 悲しいかな、精鋭部隊の名は伊達じゃない。結果が出てしまっては司令部も黙認せざるを得ないのだ」

「つまり……」

「俺は君のことも見ていたということだ。腕については弟として謝らせてもらうよ、本当にあのゴミと言うことすらゴミに泣いて跪き額を地べたで擦り下ろしながら詫びなきゃいけないカスは、あ、謝罪対象増えた、とりあえず悲しがってるよ。斬ったことにじゃなくて、殺しきれなかったことに。

 つうわけでな、俺は君を観察してたのさ。んでな、腕無くなったことを差し引いても見ていた君と今の君の戦い方が違うのだよ。戦場の君は剣で戦うし、どちらかといえば背後に隠れて他人に戦わせるタイプだ。あと、そんな叫ばない。それとついさっきの確信だが、魔法使いこなせすぎ。あの武装解除は酷いだろう?」

「……」

「別にな、俺としては君のことはどうでもいいんだ。君について報告するつもりはない、変に強い何かがいて俺は辛くも奇跡的に撤退したことにするよ。

 ただここで出会ってしまったことはヤツには話さないと誓ってくれ。水責め火炙り切断強姦その他諸々素晴らしい拷問を受けても、絶対だ。唯一の肉親だから刃が鈍るなんて、そんな人間らしい人間じゃないんだ、ヤツは。そんななら精鋭部隊にいられるか」

 オルトは饒舌に語る。オーガスタに口を挟む隙を与えず、また予測される質問に対する答えを先に語るようにみせて、本当に求められるそれに答えようとはしない。加えて自身の情報を率先して開示し、またこの場から穏便に立ち去ることを前提とした話しぶりによって、暗に「自分を探れ」と彼は言う。それの答えは敵の精鋭部隊の一員に繋がるのだ。

 リレイ=オーガスタの二人は黙っていた。それも別々の理由によってである。

 オーガスタはオルトの言わんとすることについて考えていた。彼からつながる《ロザ》の情報である。クロッシェンは国境を正反対としているとはいえ、その情報を切り捨てることができるほど、彼女の立ち位置は甘くない。事実上この基地の情報を持ち帰らせることと、この場でとらえること、どちらの利益が望ましいか、彼女は内心で衡量する。

 リレイは全く別のことだ。彼女は今、自分の記憶と目の前の男の発言を脳内で照らし合わせていた。

(――っ)

 思い出されるのは、血と悲鳴、恐怖と認めたくない高揚、そして決定的な損失。彼女は思い出そうとした。その右腕を斬り落とした、目の前の男の「兄」だという人物について。

(……おかしい)

 リレイはすべてを思い出す必要がないことに気が付いた。目の前の男が語る「兄」はどれだけ残虐な人間なのだろうか。精鋭部隊に所属し、逃した獲物をその人生の道筋を変更してまで追う。そしてその獲物を見つければ、あらゆる拷問を加えるような人物である。また、唯一の肉親にためらいなく刃を振り下ろすことができる、そんな人間だという。

 だが、リレイの記憶の中の最後の敵と「兄」の姿は彼女の中で重ならない。自分の腕を斬り落としたその敵は、殲滅という最上の殺戮に興奮している様子は全くなかった。むしろその心の感度を極限まで落とし、そうすることが定められた操り人形のように、いたって平静、揺らぐ心などはじめから無いように、右腕を斬り落とした。

『オーガスタ、これは嘘よ! 私の腕を斬った人はそんな酷い人じゃなかった! あ、敵に酷い人じゃないっていうのはおかしいって思うけど、でも、その人が言ってるほど酷い印象じゃなかったの!』

 リレイはオーガスタに向かって語りかけるが、彼女のその必死の訴えはオーガスタには届かない。身体の優先権を取り戻すか、一瞬だけでもそれを奪うことができれば何か訴えたいことがあるのだとオーガスタは理解するだろう。だが、その理解はされることがない。

『ねえ、冷静になって。オーガスタ、あの、酷いことも言っちゃって、それで怒ってるの?

 ……ううん、オーガスタはそんな子どもっぽいことできない人だよね。だから、ねえ、お願いオーガスタ。あの人が言ってることは嘘よ。それにほら、兄って言ってるけど本当のお兄さんじゃなくて、そう、精鋭部隊の先輩って意味の兄かもしれないでしょ?』

 リレイは必死に念じる。しかし、それはオーガスタには届かなかった。

「勘違いするなよ」

 彼女は繕うことを捨てる。

「お前に同情したわけでもなければ、『兄』を恐れたわけでもない。お前の裏が国の利になると考えてのこと。何より、この状況の解釈が必要だ。それには国の違いを前にいがみ合っていてはいけない」

「おぉ、それが素なのか、とても驚いてしまったよ。まるで上官殿みたいだ、せめてゆるくお友達でいたかった、と差し出がましく言わせてもらおう」

 オルトは右手を差し出そうとして目の前の少女が隻腕だったことを思い出し、左手を差し出す。リレイ=オーガスタはその手と彼の顔を交互に睨み、オルトが降参だとでもいうように前髪を分けて目を見せたところで、それに応じた。指先で触れるだけの、警戒していることを態度でしっかりと伝えるものだったが、彼はそれでいいというように微笑むと、前髪を元に戻した。

「不思議そうだな、大丈夫、目から魔法が出る特殊体質というわけではない。そんな人間聞いたこともない、というかいてたまるか怖すぎる。この髪の色は珍しい、頬の入れ墨も珍しい、そして俺は不本意ながらの『観測手』。顔が覚えられるのは困ってしまうのだよ」

「顔を覚えられたくない理由は分かった。では、その入れ墨はなぜ入れられた?」

「失言失言。……ああ、真実の表層を言うならば、よくないものを出した血を引いてるんだ。それが強く出てしまって、それを周りに知らせて、そしてこの頬に石礫をぶつけてもらうためだな。その血を理由に、俺は両頬を全ての人に平等に抵抗なく微笑みながら差し出さねばならんのだ」

 頭頂部付近の髪の毛を引っ張りながら男は答える。それ以上のことをオーガスタは聞こうとはしなかった。《シンシェ》に、そしてクロッシェンにも全く同一というわけではないが、似たような文化があるのだ。

「さてさてそれでは君とオルト=ベークの問答といこう。この景色はいったいなんだ? 少なくとも《ロザ》の戦闘可能性国にこんな景観を持つ地域は無く、また俺の記憶でも見たことがない」

「……こちら側にもそのようなものはない。

 どうやら何かしらの戦闘があったところのようだが、それを再現するということがまず理解できない」

「言い訳を与えてしまうものな。いくら景色が違うとはいえ戦闘後、破壊しつくされたそこに追い打ちなんて非道だ。それに、見覚えがないのは景色だけではない。いや、正確に言うと景色の一部だが……」

 オルトはそう言うと、リレイ=オーガスタに向かってついて来るよう手招きする。少なくとも肉体的には彼の方が年上のため、それに対する彼女の返事は眉間に皺を寄せながらついていくというものになった。

 歩くたびに靴底から何か乾いたものを踏み砕くような音が発せられる。水分が蒸発しきった植物の茎、何かが燃え尽きた灰の塊。特に後者はそれを踏むと粉となり辺りに散り、その独特の香をこの仮想空間の生存者に届ける。

「おい。何もないのか」

 無言のまま数分歩き続け、その沈黙をリレイ=オーガスタが破る。何か手掛かりがあることを期待して彼女はオルトについていくという選択をしたのだ。それがただ無言で場所を移動し続けるなら、その声色に敵意が混ざることも仕方がない。

「気づかないか? 俺は既に三つばかり『違和感』に気づいてしまったよ。ヒントを出していいならば、一つ『オルト=ベークは観測手』。二つ『景色の一部』。三つ『戦闘終了の状況』。そして四つ、『勝者は敗者を踏みつける権利を持つ』、だ」

 オルトは振り返り、両手を広げ目の前の少女の答えが何であろうと受け入れる、と口角を持ち上げながら答える。彼はそのまま歩き続け、相手の口が開かれ、喉からその意思が零れるのを待つ。

『答えが分かってるならさっさと教えてくれていいじゃん! っていうか、何言ってるの? 本当はあんたも分かってないんじゃない? そうやって変に分かってる風にするのかっこ悪い、サイテー』

 リレイはこの状況を受け入れ、声が出ないのをいいことに男のことを非難する。もしこれを誰かに聞かれていたら、彼女は母と共に濃密な二時間を過ごすことになっただろう。

 一方のオーガスタは、人を小ばかにしたオルトの様子を冷静に見ていた。戦場で外見に惑わされることは最もやってはいけないことである。同じく非難を受けるならば、臆病者と指をさされることの方がはるかにマシ、いや、そうでなくてはならない。オーガスタは周囲を見た。正確に言えば、先ほどまでのオルトの視線の動きを再現しようとする。観測手であれば周囲を幅広く見ながら、焦点は定めていなければならない。

 目の前を口だけで微笑み、挑戦する観測手はどこを見ていたか。オーガスタはここでも一つ、その外見の理由に気づく。オルトはその前髪で目を隠し、目線を探らせないようにしていた。頭の向きで判断しようものなら、目玉だけでどこを見ていたかのフェイクには対応できない。

(……いや、魔法を使っていない限り、見るだけであればその範囲に限りはある)

 オーガスタはそう判断すると、視線の再現ではなく頭の向きの再現を始める。そして、その向きではどこまでを見ることができるか、どこならば見られないかを探り、その範囲内で定められた焦点を探る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ