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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
46/54

意識と肉体

 陸地の頂上――とはいっても海抜数メートルの位置にたどり着いた麻辺は、瀬良への説明の前に目を離してしまっていた「それ」を探す。激しい動きのそれはすぐに見つけられた。少なくとも敗北はしていない――それを理解し、彼は見た目は何の変哲もない、まるで地蔵のようなそれの腹を三度叩いた。

 バヂン、と濡れたゴムが引き裂かれるような音が響く。急速に水は吸い込まれていき、そのスピード以上に急速に草葉が芽吹き、大木へと成長していく。

「……何だこれ」

 長髪から雫を垂らし、左足を引きずって麻辺の元へやってきた瀬良が、一秒ごとに劇的に変わっていく景色に思考を放棄した声を出した。

「えっと、あ……あの、説明、いいですか」

 髪の毛を絞っている瀬良に麻辺は問う。瀬良は無言で頷いた。

「あのこれ、あのー……せ、戦場体験のえっと……戦場体験マシン? です。戦争の可能性があるところの地域の、あの、環境を見せるその……そういうやつ、らしいです」

「……」

「えっと、え、だから……あ、リレイさんですけど、その、あの、あっ……今戦ってくれてて、それで僕が」

「おい待て」

「あ、はい」

「リレイ戦ってんの? アレか?」

 瀬良が指をさす。彼には木々に隠れその姿を見ることは叶わないが、その揺れと葉の落ちる量から位置は推定できた。

「えっと、まあ、そうです」

「おま、おい、それでも……っ、大丈夫なのか? 加勢とか、そういう系。あいつ片腕だぞ?」

 麻辺は頷く。

「あの……大丈夫らしい、です。だって、今戦っているのはリレイさんじゃあの、ないんです。戦っているのはえっとあの、オガ……警備隊長さん、です」

 麻辺の出した名前に、瀬良は理解ができないというように舌打ちをした。その舌打ちに麻辺は少しだけ警戒し、それが不要のものであると判断すると、彼は腕時計を見た。






「うぉぁあアア゛ア゛ッッ‼」

 喉の奥、それどころか心臓から出ているのではないかと本人が錯覚するような声がリレイの身体から飛び出す。それを彼女は冷静に、まるで他人の喉から発されているように聞いていた。



 約数十分前、麻辺の手を取った瞬間、彼女の意識は急速に濁り始めた。眠気に必死に対抗する三歳児のように、彼女はぐらぐらと首を揺らしながらなんとか意識を保とうとした。だが、それができたのも、換言すれば自分の意識と行動がイコールであったのもほんの十秒ほどだった。

 リレイは最後に麻辺の相変わらずの無表情がわずかに驚きに傾いているのを見て、少しだけ心が安らいだ。彼にも人間らしい感情があり、それが表に出てくるのだという、普通なら想像はもちろん考えもしないことが理解できて、それが例えようもなく嬉しかったからだ。

『……堂々とした侵入だ』

 その声はリレイのものであって、彼女のものではなかった。勝手に口が、脳が動く。彼女自身の思考は確固としてあるものの、それは体を動かすことができるものではなかった。

『リレイ様、オーガスタでございます。やっと魔法が馴染みました。リレイ様の身に危険が生じ、かつ私がこれに専念できる状況の場合はお身体をお借りします』

 リレイの口は勝手に動き故郷で最も信頼する者の一人、警備隊長のオーガスタ=バイト=ジュニスの言葉を告げる。リレイは予想していなかったこと、そして知識にすらなかったことにただ茫然としていた。だがそれは一瞬で、彼女は意識の身で頷く。それが警備隊長に伝わるかは分からなかったが、ただ、自らの意思で()()をしないと、この意識だけの不安定な状況に溶け込み、自分という存在がなくなってしまうかのように感じたのだ。

『アサベ様、ここはワミサ基地で間違いはありませんか?』

『えっ、あ、あーはい、そうです』

『何かが入り込みました。ここで撃退いたします。演習場で迎え撃ちます。相手もそのつもりでしょう』

『はい、あの……あの、僕は、何か……』

『アサベ様には演習場を取り仕切っていただきます。説明は移動中に』

 リレイ=オーガスタはそう告げると、現在地の把握のために周囲を見て、そして麻辺を先導する。その足に迷いは一つもなかった。

『戦場演習は各地の学校で行う基礎演習、そして基地配属後の応用演習に大別されます。今回は急を要すため一番近いワミサの兵が動きましたが、通常は遠隔の基地の兵がその地に派遣されます』

『えっと、それは……あの、なぜですか?』

『国境線を二重に護るため、です。万が一第一戦線が割られた場合、近隣基地の兵を派兵していたら空洞になってしまいますので。恐らくリレイ様はそこまで知らないでしょう、ええ、これは兵を動かす人間しか知らなくていいことです』

 単純な問いに対する返答に納得した麻辺は頷いた。地球の、瞬間的な移動手段が確保されていない世界では、戦地から遠い基地の兵を派兵するのは悪手である。しかし、レアリムという魔法があり、それによって瞬間的なものの移動が可能となっているこの世界では、戦地に近い場所の空白を作ることを避けなくてはならない、と考えれば彼女の言っていることは尤もである、と感じたのだ。

『話を戻します。アサベ様は戦場の取り仕切り――具体的に言えば、臨機応変に戦地を変更する、その権限を担っていただきます。こちらはワミサ基地の長から本日限りの権限移譲の許可を得ておりますので、ご心配なさらないよう』

『戦地の変更、あのえ、つまり僕は、上手く動いてあの……例えば、図書棟の方とか、ヘイシャの方にリレ……えっと、……け、警備隊長さんたちを、誘導して……?』

『いえ。アサベ様は一か所に留まり、戦況を見て戦場を変えていただきます。こちらに』

 リレイ=オーガスタは麻辺を周囲より数メートル高く、演習場全体を観察できる場所へと連れてきた。

 彼女は小さな石像に手をかざす。それをのぞき込んだ麻辺は、その石像は地蔵のようだと思った。その石像から激しく青白い発光が三秒、それが収まるとまるでその像を縁取るかのように青い光が脈打ち、そして吸い込まれるように消えていく。

他者依存魔法(オザデパンス)……詳しく説明する余裕はありません。あなたが魔法を発動する命令をし、ワミサ基地長がそれに応え彼女が実際に魔法を発動させる、と解釈してください。権限を持つ者が触れれば、どこをどのように触れれば命令となるか理解できます。では、リレイ様の身体は私が守りますので、貴方様は命をお守りくださいませ。

 質問は受け付けられません。事態は急を要します』

 リレイは思わず「それはあんまりだ」と叫んだ。だが、それは声となって彼女の身体から出ることはもちろん、自分に間借りしているオーガスタにも伝わらなかった。実際、リレイがオーガスタの心を読み取ることができないのだから、その逆もできないのである。そして魔法により本来はあり得ない、生まれながらにして体に備わる意識が後から割り込んできたそれよりも優先順位が劣る、という状態になっていた。

 リレイの身体は走り続ける。平地に下り、五秒走ると突然に地形が変わり始めた。その街並みは古びており、時代に取り残されてしまったかのようである。人はおらず、獣もいない。動物がまだ存在しない太古の環境の中に異物(文明)がある、といった風景だ。

『対リオロモ想定の戦場だな』

 スピードを緩めたリレイ=オーガスタは呟く。一つ息を吐き、左手を宙に掲げた瞬間、その手の中には彼女の身長に合ったランスが現れた。同時に鎧も装着され、特に左腕のそれは唯一の武器を支える。

 数度、彼女は腕を振る。自分ではない人間の身体に慣れること、隻腕のバランスを知ること、なにより「主」たる者の身体を傷つけないこと。それがこの戦場の彼女の「意識」に必要だった。「肉体」の方は現在領主代理のリンダと共にある。領主であるギルが不在の今その長として動くのは彼の妻リンダである。彼女は戦場の慈母として、兵達をなぐさめ、同時によりどころとなる存在になっていた。そのため実質的な調整は警備隊長であるオーガスタと、彼女の元で駒として動くクロッシェン警備兵が行っている。

 演習場がその内部で地形を変えるときは、一種の結界のようなものが張られる。不要なものを侵入させない、という至極当然の理由だ。そのものを追い出すか受け入れるかは統括者に一任されている。今はワミサ基地長からオーガスタを経由し麻辺がそれになっている。

『リレイ様。どうかお眠りください』

 オーガスタはリレイの身体で囁く。この体の持ち主であるリレイはそれに必死で首を振った。眠ることにより二度と目が覚めなかったら――そんな、当たり前の恐怖である。だが、彼女は思いなおした。自分の言葉――とはいっても声には出ず、無音の叫びではあるのだが――はオーガスタには伝わらず、またオーガスタの心情も自分には伝わってこない。

 リレイは自分を落ち着けようとした。未来の領主として非情な決断を下す自分を想像し、同時に戦場で兵士であろうとしたときの心情を再現しようとした。それが凡そうまくいき、リレイが静かに頷いた時、偶然ではあるが彼女の身体もゆっくりと動き始めた。



「ハッ……ああぁァァああ゛ッ!」

 威嚇と脅しの絶叫と共に侵入者の身体は二つに分かれる。噴き出す赤は、土に吸い込まれ植物の栄養になるように見えて、実際のところはワミサ演習場の乾いた土に吸い込まれていくだけだ。倒れ、絶命したと()()()()()その肉体は木々が包み込み、そしてこの環境から()()()()

 この脱落を地球の表現で言うならば「ゲームオーバー」。つまり、この仮想戦場で死亡することは本来ならば無い。演習で無駄に死人を出し、戦力を削ぐことはあってはならないからだ。兵士が死ぬのは戦場でなくてはならない。

 死亡しないとはいえ脱落していく仲間に、侵入者の間では動揺があった。片腕を欠損した少女一人にそれがなされるとは思ってもいなかったからだ。その中身が小さな田舎町とはいえ、その警備隊の長である、というところまで彼らの思考は及ばない。

 三人いた侵入者は、既に残すところ一人となっている。脱落した内一人は攻撃が大振りで、リレイの小さな体にすぐに懐に入り込まれ、その首を叩き落とされたのだ。もう一人は現状では決定的な傷を与えることはできず、十回近くその表面を切り裂き、痛みと失血による戦意喪失を引き出して、その肉を割り脱落させた。

 残る最後の一人である男は、たった一人で迎え撃つ少女に対する警戒を隠そうとはしない。無傷で仲間二人を撃退されたためである。五体満足であっても警戒はしただろうが、リレイは隻腕であり、またその体も少女の域を出ない。兵役上がりとしては弱者にあたる彼女が、その動きは歴戦のそれである。

「……」

 男は二人目が劣勢となった瞬間からリレイに近づこうとはしなかった。接近戦は不利だという、当然の判断をしたためだ。幸い地形は木々が深く茂る山中を再現している。隠れる場所はもちろん、その盾となるものがたくさんあった。換言すれば相手()の姿は見えず、また攻撃も防がれてしまうのだが、それに不満を述べているようでは彼はこの仕事を続けてくることができなかった。

「ハッ……ハ、っ……」

 一方のリレイ=オーガスタはその体が酸素を強く求めているのを自覚していた。ただでさえリレイの身体は発展途上であり、またそのハンデから普通以上に体力を消耗する。加えてオーガスタは威嚇のために大声を上げることが数度、それが肺の酸素を奪っていた。

 威嚇により相手の士気を削ぐことは効果的だ。しかし迎え撃つのが彼女一人と分かってしまった今、その効果は無といっても過言ではない。いや、むしろ威嚇は足掻きに変わりつつあった。

「ふっ……ハァッ、……っ、次は、……?」

 ぶじゅぶじゅ、まるで温まった泥の中を裸足で歩くような不快感を連れてくる、本能的に好ましくない音が膠着する二人の耳に届く。

 地形はゆっくりと変わっていく。あれほど青々と茂っていた木々はその成長を逆再生するかのように縮んでいく。いや、成長の巻き戻しと退化と老化を同時にそれは行っていた。葉は茶色く変わり落ちていき、その幹は乾き剥がれていく。それと同時に高さは縮んでいき、またその形を変えて環境への適応を手放していく。

(これは……?)

 リレイ=オーガスタは周囲を見渡す。彼女の、そしてワミサのデータにこの景色は無い。クロッシェンはもとより《シンシェ》には現在このような景色を持つ国はないのだ。

 仮想敵国としての言い訳を与えないため、この魔法による戦場はあくまで戦争となる可能性のある近隣諸国の、さらに戦場となる可能性のある地域に似せたものが再現される。それはこのレアリムに国として対外的に認められている地域なら当たり前に持ち、暗黙の了解で互いに了承している事柄だ。

「……っ」

「……」

 丸裸になったこの一帯で、二人は互いの姿を捉える。侵入者である男は周囲を観察しながら両手を挙げた。それが意味するのは「降参」――いや、一時休戦である。彼の頭にも、この景色は無い。

 二人の前に広がっていたのは戦場跡だ。破壊の限りが尽くされ、煙が立ち上りその激しさを知らせている。人が全くいないそれは不気味さを感じさせた。

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