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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
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移りゆく戦場

 医務棟から出た瀬良は周囲を窺う。彼のこの基地の知識は麻辺の地図によるものと、昨晩の探索によるものが主だった。先程上から見渡したそれはあくまで補助的なものでしかない。

(……キモ)

 瀬良はそう思うと大きく息を吐いた。その吐息は生温さを持ち、余計に彼の心を沈める。

 自身と同年代以下の性的な事柄に対し嫌悪感があるとはいえ、昨晩のそれは過剰だったと彼は密かに反省していた。一種のトラウマにより判断能力を暴走させ、自分勝手に単独行動である。それが今の段階でいかに悪手であるか判断できないほど、彼は愚かではない。

(男と女って意識しなきゃああいうベタベタすんのはないとは言えねえし……。どうだったかな小学校のとき……五年か六年……)

 瀬良はそれを思い出そうとするが、彼の記憶にあるのはひたすらに勉強していたことくらいだ。その事実に彼はそっと自嘲する。小学生の思い出らしい思い出――大人になっても思い出せる、特に高学年のそれ――が瀬良には存在しない。瀬良は行事に出ることどころか、その練習まで禁じられていた。

(あんなに勉強して、結局()()だしな……)

 瀬良は風に吹かれた金髪を弄ぶ。毛先は見るからに傷んでおり、なにか特別な力が加わればあっけなく崩れ去ってしまいそうだった。

 反発の仕方すら分からず、外部からの影響で彼は転落していった。その事実が頭をよぎった瞬間、瀬良の本能はそこから飛び退く。そして、触れてはいけないものであるというように厳重に彼の奥底にしまいこまれた。

「……」

 瀬良は顔を上げる。思考はすでに切り替わっていた。二人の少年の探索は諦め、また麻辺とリレイからの追跡からは逃れる。そのためにはこの基地にいることは得策ではない。

 しかし、彼の中に行き先はない。ワミサでは一夜の宿ですら断られた記憶しかなく、また現在は退避命令によりそもそも人がいない。他に頼れる人間もおらず、瀬良はもう一度息を吐く。

 この世界での自分の人間関係の狭さを思い知ったからだ。仕方のないことではあるが、リレイを起点としてそれは成り立っている。彼女のそれから外れた関係は、いまだにゼロである。

 瀬良の足は自然と医務棟の裏へと向かう。この基地の中心を堂々と歩いていくほど彼は自信を持っていない。

「謝んの嫌だ……」

 瀬良はそう呟くと、力無くしゃがむ。土のにおいが満ちており、それ以外のものは感じ取れないほどだった。どこかで小鳥が鳴く。何にも影響されず、自分の生をあるがままに生きているような、そんな鳴き声だった。

 何気なく、無意識に彼は細く生えている雑草を引き抜いた。ぶちりという音と共にかすかな断裂の衝撃が指先から彼の脳に伝わる。だが、それは他愛のないこととして彼は気にも止めようとしない。

「……」

 どのくらいそうしていたか。瀬良はふと、違和感に気がついた。周囲を見渡し、五感を研ぎ澄ませてその違和感の正体を特定しようとする。ゆっくりと、しかし確実に視点を動かすことで彼はその正体を知る。

 現在の瀬良の位置から右斜め三十度、直線の距離にして十メートルほどの場所が掘り返されているのだ。いくら医務棟の裏が山の入り口に近く、青々と繁る木によってその地面が湿り気を帯びているとはいえ、土のかおりが強すぎた。加えて瀬良がその位置を特定することができたのは、そこから伸びる足跡が見て取れたからだ。湿った山の土にはへこみが、乾いた基地の土にはそれとは決定的に違う濃い茶色の土が点々と続いている。

 瀬良は唾を溜めると自身の手に吐き出し、それを手近なところに垂らし、観察した。水分が行き渡るよう揉み込むと、その土は山のそれとほぼ同じ色に変わる。

(土の感じは変わんねえな)

 山で乾いた土が風によって基地の方に吹き飛ばされ、それは最前線である医務棟の裏に蓄積する。また、それは逆も言え、基地側の土が山の麓に蓄積することもある。土の性質で言えば明確な境界線がなかったのだ。

 瀬良はその土が持つ保水がどの程度保つのかはわからない。ただ、少なくとも移動した人間がいるのだから、その足跡を追い出会うことができないかとその行き先を探る。しかし湿った土はすぐに消えてしまい、また当たり前にある足跡は風で吹かれて薄くなっていた。この足跡の主はよくある靴を履いていたようで、その特定も困難になる。

(二十五センチくらいか、サイズ。少なくとも中学生くらいにはなってる歳か)

 自分の足を並べだいたいのサイズを推定したところで、瀬良はため息をつくと医務棟の裏に戻る。掘り返されたものがなにかを探ろうと思ったのだ。探って何か、自分に有用なものがあるとは思っていない。ただの思考の逃避である。

 先ほど彼がしゃがんでいた場所から十二歩の距離にそれはあった。丁寧に現状回復することを意識していたようだが、その丁寧さが仇となっていた。雑草一本生えておらず、平坦で、余分だったらしい土が周囲に目立たないよう意識してばらまかれているが、本来地表にあるはずのない細かな根が露出している。

(隠したかったのか……? けど、何をだ……?)

 瀬良はしゃがむとその土に右手を添えて、掻く。湿り気と共に土の強いかおりが彼の鼻腔に飛び込んだ。

「くせ……」

 瀬良は呟き、もう一かきしようとした、その時だ。

「――ぁぁぁ……!」

 微かな、しかし確実な叫びが彼の耳に届く。顔を上げ、彼は警戒した。サクロとの出会いにより学習し、左腕で顎の辺りを庇いながら彼は周囲を見る。先ほどの叫びは気のせいだった、と言っても信じられるくらいに静かで、変わりはない。

 瀬良はゆっくりと、音を立てないように立ち上がる。そのままそろそろと、獲物に狙いを定めた猫のようにゆっくりと移動した。猫と異なるのは獲物がないこと、そしてどちらかと言えば瀬良は追われる側であることだ。

 医務棟までたどり着くと、彼はその外壁に背中をつけた。それによって背後からの襲撃を封じる。

(女、それか声変わり前の男の悲鳴。リレイか、麻辺が会った二人のどっちかか)

 瀬良は考える。仮に自分がその現場に駆け付けたとして、何ができるか、あるいは何をしなければならないかをだ。

「……、ァァ……」

 再び、先ほどの声の主と同じ声色のそれが瀬良の耳に届いた。それは悲鳴ではなく、もはや己を高揚させるための叫びのようだった。そして決定的な違いは、何かがぶつかり砕けるような音がする。

(戦う、無視する、逃げる、俺が助けを呼ぶ……。

 魔法はなんか覚醒しない限り無理。せめて潜在能力的な何かが出てくりゃ……数値とか、何か! 適正職みてえなやつ‼)

 瀬良は宙に手をかざしたり、数値が浮かび上がることを期待して念じてみたりしながら体を軽く動かすが、目の前の変化は風によりその位置を変化させた落ち葉くらいであり、その風も自然現象によるものである。

「ステータスオープン! ジョブオープン! チェンジ! ジョブチェンジ! あと何だ? なんかオープン!」

 小声で思いつく限りの言葉を述べるが、やはり変化はない。瀬良は腹立ちまぎれに舌打ちをすると、目にかかる前髪を分け、視界を確保する。

 耳に届く音は、既に戦闘のそれであることを否定できなくなっていた。

「……最悪」

 瀬良は吐き捨てる。彼は覚悟を決めた。元はと言えば自分が蒔いた種であり、仮に交戦しているのが麻辺とリレイの場合、二人は巻き込まれたことになる。

(とりあえず魔法は無し、戦って都合よく覚醒に期待だろ。んでもぶつかってる音的に銃とかは無いとして……どうやって殴り合いに持ってくか? 魔法を使わないとガキとも戦えない臆病者の卑怯者……どんな挑発だよ、これ……。

 てか少年兵だしなぁ、リレイじゃなくても負けんじゃね? 麻辺は戦力外だし……いや……)

 大男の奇襲に対応した人間を瀬良は思い出す。それは、誰もが戦力外だと判断していた麻辺だった。それしか方法がなかったとはいえ、自身の命を勘定外にした行動だった。それを今回もしないとは限らない。

 もしそれをされてしまった場合のことを考え、瀬良はもう一度舌打ちをした。瀬良の自分勝手な行動により二人が戦闘に巻き込まれるだけではなく、その命を無駄に散らせることは単純に寝覚めが悪い。学校でのいじめの延長にすらなく、仕方ないと言い訳できる事故や災害でもない。

(いや、考えんのは後だ……一応平均より俺はでかいし、それでなんとか、上手く……!)

 音源に向かって瀬良は歩を進める。もはやその音は道標であり、迷うことすらできないものだった。

 その場所は演習場である。ワミサの兵が日々鍛錬し、来るその時まで様々なシミュレーションをする場所であり、広々とした場所が確保されている。それは多くの兵が同時に演習をするから、という理由だけではない。

「……は?」

 警戒しながら、かつ戦闘のために集中力を高めながらその場所にたどり着いた瀬良は、理解ができない光景に間抜けな声をあげた。

 そこにあったのはワミサの演習場であって、そうではなかった。

 枯れ果てた土地に砂埃が舞う。赤く、死んだ土地に激しく動く存在が四つ。観客もいない舞台の上でそれは踊っているかのようだ。

「うぅゥ゛ぁああ゛あ゛ア゛ア゛ッッ‼」

 舞台の中心で、追い詰められた獣の最期の足掻きのような声を上げ、小さなそれが正面のそれに飛び掛かる。野生の、本能のままに発されているようなそれは聴くものの背筋を凍らせる。

 ばちゅ、と水気を持った何かが引きちぎられる音がする。その聞きなれない、しかし耳に、記憶にこびりつき離れない嫌な音に瀬良は反射的に顔をそらした。

 その瞬間。

「うえっ、へ? え、はぁ、水⁈」

 そこにあるのが当然である、というかのように水が前触れなく現れる。濡れるのを、何より水により足場が不安定になるのを避けるために瀬良は急いでその場から移動するが、水の増加スピードはどんどんと速まり、ついにその深さは瀬良の身長を超えようとする。

「うっそだろおい⁈」

 一言瀬良はそう叫ぶと、一度全身を水中に沈め、水底を蹴った。彼に着衣水泳の心得は無い。そのため自身の運動能力のみを頼りに彼は陸地を探し、水を掻く。服が彼の四肢に絡みつき、その動きを阻害する。

 瀬良は息継ぎの合間に後ろを、つまり生命の動きの方を見る。ほんの一瞬の合間にそれらは場所を移動したらしい。どうやらその方向は水が浅いようで、水しぶきと叫びの合間に動きがぼんやりと見えた。

 彼は一瞬そちらに向かおうとして考えを改める。現状誰かがそこで戦闘をしているのは分かるが、それが「誰か」が分からないのだ。それが麻辺かリレイであれば駆け付けるのに躊躇はしつつも選択するが、完全なる第三者の戦闘の場合それは避けなくてはならない。突然の乱入者(対瀬良)に呉越同舟、共同戦線を張られてしまっては元も子もない。何より、水中からの奇襲に成功する確率は著しく低く、むしろ狙い撃ちの可能性が高い。

「……瀬良君?」

「あ? ……っあ、おま、……動くなよ!」

 突如、脈略無く名を呼ばれ瀬良はその方向を見る。ぽっかりと、まるでそこが世界から忘れ去られた聖地であるかのように、水も砂埃もない場所があった。そこにぼんやりと麻辺が立っている。物見台のようで、水面から緩やかな坂となっており、高さは数メートルほどである。

 その不可侵地帯に向かって瀬良は水面を蹴った。泳いだ距離に比べて疲労が蓄積している。空中では袖が腕に張り付き、水中では別の意思を持つかのようにそれを広げるからだ。

 まもなく瀬良は、約十分ぶりに陸地というものに手を触れた。

「つっがれっ……あさ、麻……ちょっと、手……」

「て……あ、手ですか?」

「……、見せなくていい! 手ぇ貸せって話だ馬鹿‼」

「あっあ……貸せ……あ、すいません」

 ただ掌を見せてきて動きの見せない麻辺に瀬良は怒鳴る。それに対し麻辺は謝罪をすると、いったん慎重に遠くを確認し、そしてゆっくりと腰を低くして手を差し出した。その時には瀬良は自力で上半身を陸地に引き上げていたが、使えるものは使おうとその差し出された手を握る。が――

「あっ、ぁあっく……うわ」

「は⁈ 馬鹿クソ馬鹿バカ‼」

 瀬良が力任せにその手を引いた瞬間、麻辺がその力に敗北した。抵抗することもままならず、彼は引力に従って、つまり水中に向かってその体が宙を舞う。動線の先には瀬良がおり、彼は罵倒と共に一瞬の判断で麻辺の手を離すと陸地を蹴り正面衝突を避けた。その力が弱まるのとほぼ同時に麻辺の身体が着水する。

「ほんっと馬鹿! くっそ使えねえ‼ 糞ヒョロモヤシぃぁああ゛脚いってえ何だこれクソがァ‼」

 叫びと共に瀬良は麻辺の身体を陸地に押し上げ、次いで自分の身体を腕力のみで引き上げると大きく息を吐いて横たわる。そのまま左足の爪先を抱え、小さく悪態を繰り返した。

 瀬良によって陸地に戻った麻辺は飲み込んでしまった水を、自分で腹の上を押し込んで吐き出した。意味があるかは分からないが濡れた袖で顎を拭うと、爪先を抱えたままの瀬良に近づく。

「あ、あの、あせ……瀬良君。えっとすいませんでした。だからあの……それと、あー……あり、ありがとうございます」

「礼よりもまずもっと謝れよ……痛い……まじ何コレ攣った……? 初めて攣った……」

「え、あ、謝り……、あの、土下座でいいですか?」

「いらねえし……つか状況を説明しろやクソ……」

 瀬良は顔を上げず、声色は刺々しい。麻辺は濡れた髪の毛を掻き上げると、説明のためにこの陸地の頂に移動する。

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