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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
44/54

ある兵士の告白  ※

戦争描写、死体

 相手の言ったことに納得できないが、何が納得できないか言語化できない――そんなもどかしさをリレイは自分の頬を二度叩いて追い出した。

「それじゃあアイツをどう追い詰め……じゃなくって、見つけるか、ね!」

「あ、はい……え、あの、リレイさん。もしかして、あのもしかしてなんですけど……瀬良君を攻撃しようと……?」

「へっ? あ、いや、そこまでじゃないよ?」

 リレイの声は上擦る。実際、対瀬良を考えるあまりいかに交戦するかまで思考を至らせていたか気づいてしまったからだ。目標はあくまで瀬良の発見・彼との合流であり制圧ではない。

 そんなリレイの内心の焦りが分からない麻辺は、自分の指摘が過ぎたものだと自覚して俯く。長く話し続けたことにより喉はかすかに痛みを訴えていた。彼は唾を飲み込み乾燥から脱そうとするが、どうやら痛みの正体は酷使によるダメージらしい。長く、スムーズに滞りなく話せない自分が少しだけ恨めしかった。

「うーん、アサベさんの考えだとアイツは侵入とかを自分の責任にできる場所、建物の目的が明確な場所。私としては……そうだなぁ、隠れられる場所。私はまだまだだけど魔法がある時点で遠距離には私たちに分がある。逆に、近づかれたら私たちの負け」

「……あの、戦わなくていいんだからね?」

 敗北条件を挙げるリレイに、麻辺は改めて指摘する。指摘を受けたリレイは曖昧に笑って見せると歩き出した。三人バラバラになることは望ましいことではないと思う麻辺は彼女に従う。

「となると、考えられるのは蔵……図書棟、食堂、医務棟かな。今までのアサベさん達を見てると、イセカイにも本があるし、食べ方も違いはないよね。医務関係もありそうで、少なくともそれを見て想像できないくらいかけ離れてはいない」

「あー……ですね。基本的な生活は特に変わりはない、かな。……えっと、武力……じゃなくて、あれ……? えっと、自衛隊とかの戦力で、それは希望者だけだし、あの、兵士になることもないから、そういう違いはあるけど……」

「魔法と兵役が無いセカイ、じゃなくて国なんだよね、《ニホン》って。やっぱり不思議な感じ……」

 歩きながらリレイは呟く。彼女自身は気が付いていないが、いつもより右肩が大きく動いていた。

 戦場に兵士として参加する以上、心身に何らかの欠損を抱えることはこの世界では当たり前のことではあるが、当事者となると彼女は思っていなかった。正確に言えば何らかの怪我は負うことは理解していたが、目に見えてわかる、不可逆的な欠損の当事者となることをかけらも想像していなかったのである。それは彼女の周りの人間――両親、彼女とかかわりを持つことが許された館の者――にそれを欠いた人間がいなかったためである。

「……。

 魔法は無い、戦闘経験もない。攻撃っていうよりは逃走だとして……逃げる人を追うのってあんまり好きじゃないんだよね」

 リレイが呟く。

「いくらアイツでもなあ……」

「あの、なんで好きじゃないの?」

「あー……あのね? えっと、うん……逃げてたと思ってたら誘導されてた、って言ったらいい?」

 彼女は麻辺の方を振り返らず、静かに言葉を発した。その静かな、しかし確かな重みをもった言葉を受けて麻辺は彼女の右肩を見る。本来であればそこから伸びる布の中には肉と骨の構成物があるはずなのに、何もなかった。歩みの動きに、そよ風に空っぽの布が揺れる。

 さすがの麻辺でもこのことは触れていいことではないと悟る。彼は一瞬だけリレイが続きの言葉を紡ぎ始めないか警戒し、それがないと判断して口を開いた。

「あの、すいま」

「ごめん嘘!」

 だが、リレイが麻辺の言葉を遮る。もはやそれは叫びであり、静かなワミサ基地に響き、そして消えていく。

「違う、違うの。腕は確かに(ロザ)を追っていったら待ち伏せされて、それで……それは嘘じゃないんだけどね……」

 リレイは言いにくそうに、いや、言葉に出してそれを事実として確定させることを恐れるような雰囲気で歩き続けた。

「……劣勢だった。十人の班で動いてて、六人死んじゃった。ううん、生きてたかもしれないけど、でも、もう『ダメ』だった。二人は怪我して、たぶん時間の問題。動けたのは、私ともう一人だけだった。

 負けるんだな、死んじゃうんだなって……そう思ってた」

「はい」

「そこに増援が来たの。敵よりも多い、三倍くらいかな。逆に囲めるくらいの人数、まだ怪我をしてない増援。……嬉しかった」

「……」

「あっちはいきなり敵が増えてパニック、こっちの増援は何があるからわかっていたから、どんどん攻撃を仕掛けていった。敵はどんどん逃げていった……と、思ってた。

 私、動けたからね。必死で追ったよ。だって私の周りで、私の近くで殺されて行って……仲良くなった人もいたから、復讐心もあったかな。こっちを振り返らないで、泣きながら走って逃げていく敵を見て、『殺さなきゃ』『あいつらなら殺せる』『殺してやる』って思ったから……」

 彼女はほんの数歩先にあった小石を蹴る。それは爪先の向きから大きくそれ、動線の向こう側へと飛んでいく。麻辺はそれを数秒、立ち止まって見ていたが、リレイが数メートル離れたことと、彼女の話に純粋に興味があったため、小走りで駆け付けた。

 リレイは麻辺の足音に一瞬だけ振り返った。そのあとは少しだけ俯きながらも歩き続け、数十秒の沈黙を破る。

「自分が分かんないよ。なんで『殺さなきゃ』って思ったんだろう。……逃げてるんだったら、追わなきゃいいのにね。増援が来たんだからそこで一回我慢して、立て直してから行けばよかったのに。

 ……必死に追った。あんなに私たちを苦しめていた敵が逃げていくんだもん。一人でも多く殺したかった。それができるって思えてた」

「うん」

「そしたら、それが誘導だった。ううん、敵は本当に逃げてて、それを利用したのかもしれない。もう、どうしようもないことだけどね。

 ……私とアイナ……動けてたもう一人ね、二人で必死に追ったんだと、思う。たぶん復讐心で、それがあるぶん増援よりもすごく動けた。私、何人かね、たぶん殺したよ」

 リレイの告白に麻辺は足を止めた。目の前の、自分よりも小さい体の少女から発される内容とはとても思えなかったからだ。

 麻辺にとってリレイは、右腕こそ欠損しているものの、ただのありふれた十一歳の少女である。彼女に対し抱く特別な感情――通常、十一歳の少女には抱かないもの――は、「この世界で生きるために必要な存在」というものである。それも世界を犠牲にしてでも共にいたいと思えるような愛情でもなく、彼女を護ることを役割とする依存でもない。ただ、日常関わるにおいて隣り合う存在であり、また彼女の母からの依頼により共にいることを選択した存在である。もしその時が来れば、つまり麻辺が独立してこの世界に生活基盤を築くことができれば、あるいは地球に戻る確かな算段が付けば、彼にとってリレイの存在はただ過去に関わった人間、となる。

 そして、少なくとも麻辺がリレイに対し抱く「特別な感情」は彼が特に意識するものではない。だからこそ、麻辺にとってリレイは「ただの十一歳の少女」である。その少女像も、地球の、日本で築かれたものがベースとなっており、それらは殺人の告白をしない。

 麻辺の価値観の外にある存在は告白を続ける。

「だってね、私の剣に血と、脂と、……髪の毛、と何かの管が引っかかってた。いつのまにか、血まみれだった」

「……」

「それでね、アイナがね……一瞬だった。本当に訳が分からないんだけど、見たことがない、習ったことがない兵士、がいた。アイナが殺されてびっくりして、私、冷静になっちゃった。冷静になったせいで、剣がもう、いろんなものでぐちゃぐちゃなのに気が付いた」

 麻辺はリレイを視る。彼女は何も変わっていない。いつの間にか歩みを止め、ポツポツと、小さな声で告白をつづける。

「いつの間にか周りに人間がほとんどいなくなってた。もう、生きて戻れないのばっかりになってた……。

 やっぱり一瞬だったよ。『マズい』って思って、そしたらすぐ。斬られて、こう」

 リレイが空っぽの袖を握る。片手で器用にその先を結び、そして解く。結び目の痕がそこには残っていた。

「その兵士はね、普通だった。全然、あの、何もおかしいところがなくって、普通に人を殺していって、私のことも殺そうとしてた。怖いし、どうしようもないし、剣は右手で持ってたから武装解除だし……。

 私ね、自分の右腕を持ったの。それを投げた。どうにかしてあの兵士を殺したかった。運よく刃が頸を斬り落としてほしかった……んだけど、死んでほしくはなかったの。変だよね、殺したいのに、死んでほしくないって」

「……」

「でもさ、簡単に防がれて……ホッとしたの。『あ、良かった。私、人殺しじゃない』って……何思ってるんだろうね。囲まれるまで本格的な戦闘が無くて、必死に追ってる間にきっと殺してるのに。

 それでね、もう一人だし、どうしようもないから逃げようって思って……でも、駄目なんだよね。振りかぶられて、『ああ、人殺しにならないでよかった』って思ったら、真っ暗になった。体の中身が全部ぐっちゃぐちゃにされてる感じになって、……あとはアサベさん達に会うまでの記憶はない」

 元兵士――リレイの告白は終わる。失われた記憶では、彼女は周囲の状況を確認せず、ただ生きるための本能に従い止血し、そして意識を失った。それから約半日後、意識を失い三肢を投げ出していた彼女を麻辺と瀬良は見つけ、そして今まで行動を共にしている。

「だからね、逃げる人を追うのってなんか嫌なの。腕を斬られたこともあるけど、でもね、『殺さなきゃ』って思ったことの方が私は怖い。『あいつらなら殺せる』『殺してやる』って思った自分が……。相手は逃げてて、もうどうしようもない人なのに、あんなこと……。

 ……なんか、私が私じゃないみたいで。殺したくないし、殺されたくない。けど私は、殺せる人間。……それがね……すごく、嫌なの……また誰かを追いかけたらそうなりそうで……やっぱり私が私じゃないみたいで……」

「……それは」

「うん」

「リレイさんも言ったけど、あの、復讐だったんじゃないかな。あの……仲がいい人が殺されて、それでまあ……黙って我慢しろ、っていうのはうん……ちょっと違うかなって僕は思うし」

「……」

「あの、日本では情状酌量っていって、殺人とか、そういう犯罪をしても、えっと……その、仕方ないっていうか……なんか、あの、えーと……。その、そういう風になるのは理解できる、って思われたら、少し罪が軽くなったり、そう、……うん、そういうのがある。

 日本でもたぶん、リレイさんは情状酌量になると思う。あと、もしかしたら正当防衛みたいなかんじで……えっと、パニックで心神喪失みたいな……」

「……」

「だからあの、リレイさんはリレイさん。えっと、そう思ったのはリレイさんで、でも、僕でも仕方ないって思えるくらいだからきっと、あの、ありふれてる感情だと思う」

 喉の痛みに少々不快感を抱き、つばを飲み込んで麻辺は口を閉じた。風邪の引き始めのような確かな違和感に、麻辺は心の中で今日はこれ以上、余計な口出しはしないようひそかに決心する。

 そんな麻辺のことをリレイは数メートル先で見ていた。彼の言葉は自分を慰めようとしてくれているのだと彼女は理解している。だが、自身の「殺意」を肯定され、現在の自分と同一の、地続きの存在であると言われたのが悲しく、そしてその悲しみすら諦めにしかならなかった。

(ありふれてる……のかな。ありふれてても、今の三人だったら、私の方がおかしいんだよね)

 この世界の異端の二人は、今の三人組では正統である。単純な多数決の原理だ。

 麻辺の言葉はリレイにとって、同意や共感に見せかけた、決定的な一撃だった。どう足掻いても、麻辺はリレイの感情に寄り添うことはできない。また、今まで築き上げてきた土台が違いすぎるのだから、それが交わり、一つになることもない。

「アサベさんは」

 リレイは悲劇的な声色で麻辺に語りかけた。

「アサベさん……私のそれが復讐だったとして。アサベさんは……それで、人を殺せる?」

「え……?」

「仲の良い人が目の前で殺されて。その殺した相手が逃げ出して。後ろも振り返らないで、泣いてて、もう攻撃してこないのが分かっちゃうくらい、それくらい哀れな人を……アサベさんは、殺せる?」

「……」

「……」

「わから、……ない」

 麻辺は正直に言った。リレイの言うことは理解できる。だが、その問いに答えることは彼にはできなかった。

「私が殺されたら?」

 麻辺は想像する。今、寂しそうに微笑む少女の胴が二つに別れ、鮮やかな赤が噴き出し、生の象徴であるにおいが辺りに立ち込め、その内容物がごぼりと地面に溢れ落ちる。魂が天に還るかのように、内容物からは湯気が立ち上る様を。その下手人が情けない悲鳴と共に走り去っていく。

「セラさんだったら?」

 足元に散らばる、元は大きなもの。長い金髪が地面に散り、切り裂かれたそこはぱっくりと白い芯を見せている。だらりと垂れた舌は紅く、目はまるで割られたそこを見ようとするかのように上を向いている。あちこちに散乱する激闘の欠片。突然の目撃者に混乱し、それは息も絶え絶えに逃げる。

「……」

「……」

「すいません。あ、……やっぱり、わからない」

 麻辺は呟いた。リレイはそれに頷くと、麻辺の方に手を差し出した。その意図を珍しく適当に受け取った麻辺は、自分の手を重ねる。そして二人は揃って歩き出した。

 実際、麻辺には分からなかった。想像することができなかった。友情の損失の()()()、何かへの復讐としての殺人は一般論として彼は理解できるが、それをすることは彼の人生で一度もないからだ。

 その事実を麻辺自身も知らない。なぜなら、彼にそういった感情がない。それを自覚する環境はなく、その機会も既に過ぎ去っている。そして彼はまだ十七歳で、その人生の半分も生きていない。

 たったそれだけの理由だ。

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