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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
43/54

アイツの弱点と彼の関係

 気まずい空気の麻辺とリレイがワミサ基地の門を堂々と跨いだ頃、医務棟で瀬良が目を覚ました。彼は一度伸びをすると周囲を見渡す。昨日ここに来た時点では夜で、明かりもないほとんど真っ暗な時間帯だったため、彼がこの部屋の細部を見るのはこの時が初めてだった。

(……)

 机という固い場所で寝たために強張った体をほぐしながら、彼は大きなため息をついた。窓から太陽光が差し込む今、星や魔法の錯覚で椅子や机が低く見えたということではない、と改めて思い知らされたからだ。

(十歳、十一歳……それが兵士って何ができるんだか。リレイが兵士って時点で口減らしってわけじゃねえみたいだし……。

 本気で国ガチャハズレだわ、運悪ィ。いや、初めにいたのは《ロザ》だとすると、初めに会う人間ガチャが大外れ、か?)

 瀬良はもう一度、大きく伸びをすると欠伸をしながら部屋を出た。

(初めてん時のSSR以上確定ガチャで使えない初期キャラ出たって感じか……)

 今の自分の状態をソーシャルゲームの「ガチャ」に当てはめながら瀬良は歩く。昨日見つけることができなかった、麻辺が出会ったという「二人の少年」を探すためだ。その少年らが瀬良に対し友好的だろうが敵対的だろうが、何らかの情報を得ることができる。そして話が長くなればなるほど、麻辺とリレイから離れている時間も増える。

 二人に対する気まずさからの逃避でしかなかった。

 はじめに瀬良は医務棟のすべてを見て回った。だが、人っ子一人そこにはいない。生活の痕跡すらなく、まるで全くの新築の建物の中に土足で踏み入ってしまったような居心地の悪さを瀬良は覚えた。

(埃でも積もってりゃ足跡……病院だからしかたねえか)

 埃どころか砂一粒すら見当たらない廊下に、瀬良は医務棟での少年らの捜索を断念する。彼自身が持つ能力や発想では、この状態で目的の人物を探し当てることは困難だ。そのため次なるターゲットを定めるため、また移動する誰かが見えないかと言うほんのわずかの期待のため、彼は医務棟の最上階――三階の、どうやら物品庫らしい場所へと移動する。

 空は晴れ渡り、気温も汗をかくこともなければ寒さに震えることもない、過ごしやすいものである。瀬良は建物の影の角度を見るが、それでは時刻が分からなかった。ただ、遠くに人影を認めた。彼はそれに目を凝らす。

「……麻辺、とリレイ」

 正確には分からないものの、背が高い方の髪の色が黒で、低い方はそれよりも明るい。服装も昨日、最後に見た彼らとは異なっているものの、荷物の中に似たようなものがあったのを瀬良は覚えていた。一般市民の平均的なそれより少しだけ劣るような服装を意識して選んでいたため、似た特徴を持つワミサまたはそれ以外の地域の民であるという可能性もあるが、瀬良はその可能性に甘えようとは思わなかった。

「……もう少しだけ一人にしてくれ……」

 瀬良は誰にでもなく、一人呟くと医務棟から出るために階段を下りていく。






「うん、覚えてる限りで建物が建て替わったりはしてない」

 基地の中心まで入り、周囲を見渡したリレイが自信を持って呟く。

「建物の使い道が変わってないとは言えないけど……うん、ある程度なら思い出しながら案内できる。マルついてるところが確定なんだよね?」

 地図を指さしながらリレイが麻辺に問う。麻辺はそれに頷いた。麻辺手製のそれで丸がつけられているのは「図書館としょとー」「食堂」の二つである。一人の少年が挙げた「兵舎」は麻辺がそれが何か分からなかったので触れていない。彼の地図では「生活スペース」となっている。

「奥のこれは確か蔵書棟、今目の前にあるのが食堂なんだけど、合ってる?」

「えっと……蔵書じゃなくて図書って言われたんだけど……」

「うー……。本がいっぱいあって、そこで勉強できる感じなんだけど、どう?」

「あの、図書館みたいなのでいいんで……だ、よね?」

「うん。じゃあこの蔵書……図書棟も今のところ当たり。まあ、この二つは形が特徴的だし、分かりやすいよね」

「……」

 リレイの何気ない一言によって、麻辺はその丸を付けたことを少しだけ後悔した。彼女が丸という記号、そして特徴的な建物からそれを判断したことを思い知らされたからだ。

 実際、二人の少年は日本語の文字を奇妙な記号と認識しており、それが情報を伝達するものだと判断しなかった。リレイという、たまたまこの地の知識がある人間がいたから麻辺のそれは正であると確定されたが、もし少年二人のそれがハッタリであった場合のことを考えると、自分の行動は迂闊という他ない、と麻辺は感じた。

「アサベさん? 大丈夫?」

 黙り込んだ麻辺を心配してリレイが問いかけるが、彼女から見て麻辺に何か変化があるようには思えなかった。そのため彼女は一瞬だけ首をかしげるが、すぐに地図に目を落とした。

「それでね、この辺りが兵舎……アサベさんのセカイに兵舎ってある?」

 リレイが「生活スペース」のあたりを指さす。

「え、あ……どう、だろう。あー……あるかもしれないけど、でも、あの……僕が触れる生活の中には無い、かな」

「生活空間って言えばいいのかなぁ。寝て起きて、住んでるっていうか……基地とかは何人かで一緒に住むの。私は二人で一部屋だったけど、普通の兵舎だと……十人くらいかな? 結構大人数なんだ。班単位で生活するはずだから」

「あ、じゃあ……たぶん、それがヘイシャです。あの、それ生活スペースって書いてあるんで……」

「そっか。じゃあ決まりだね」

 彼女はそう言うと片足立ちになり、その太ももで紙を器用に支えながら粘土片で文字を記入する。麻辺はそれをのぞき込むが、一体その文字がどうやって「兵舎」となるのか理解できなかった。

 そもそも、レアリムの文字を学ぼうとした矢先にこのような逃亡劇となってしまったのだが、それは彼にとって関係なく、ただ自分とこの世界の隔絶を感じただけである。

「よいしょ……字の練習もやり直しだなぁ……筆記試験、免除にならないかな……」

 自分の文字を不満げに見て、リレイは呟いた。バランスを欠いた状態での文字としては上等なもののように麻辺は感じたが、そもそもどのような文字が「きれい」なのか分からないので彼は黙っていた。

(……こういうとき、女子は『そんなことない』って言うけど……でも本人が不満そうだしなあ……)

 そんなことを彼は思いながら、特にフォローもせず、かといって否定することもない。リレイは一瞬だけ麻辺に何か話しかけられないか期待して目線を上げたが、地図を見ていた彼の視線と合ってしまい、慌てて顔をそらした。

「こッ……この広いところは演習場。戦場でどういう風に動くかの練習って言えばいいのかな? 隊列組んだり、二つに分かれて実践してみたり」

「こ、あ、……校庭みたいなかんじ?」

「校庭……を、本格的にしたのかな。校庭って学校にある運動場のことだよね?」

 麻辺は頷いた。どうやら自身とリレイの間には何かしら、意思の疎通を阻むものがあるということを理解できたが、それがいったい何なのか具体的には彼は分からなかった。リレイも同様であり、彼女は一瞬だけ思案するものの、現状必要なことは何かを第一に考えるよう思考を意識して組み換え、口を開く。

「食堂にくっついてるのが売店。お給料で嗜好品を買うところ」

「え、給料出るんですか? あ……あ、出るの?」

「出るよ。私みたいな領主の子供はいらない……ってわけじゃないけど、でもまあ、無くても頑張ればなんとかなるでしょ? けど、普通の階級の人とかだと、家で働く人がいなくなるから大変だし。

 それに、国を護るお役目を果たすんだから、それに見合った対価がないと。お金なのはどんな階級の人でも平等に使えるから対価として一番だからなんだよ」

 リレイが笑う。彼女は学校で習ったことを諳んじた。これは彼女が上流階級(領主令嬢)だからではなく、この世界の民が学びほとんどの人間が信じていることである。例外はほんの少数、一部の国のほんの一部の人間だけである。そして、それを知っているのもそのほんの少数だけである。

 大多数に含まれるリレイは、そんなことがあるとは思わずに地図に情報をつけ足していく。圧倒的少数、むしろ異端である麻辺ももちろん例外があるとは考えず、ただ彼女からの情報に頷き、それで終わった。粘土片を受け取り、日本語で文字を追記する。

「――……で、この一番奥のが医務棟。怪我と病気の治療、それと応急処置演習の場所だよ」

「……ここで、あの、二人に会ったんだけど……」

「そっか、じゃあアイツはここかな?」

「え、あ、どうして?」

「だって一番安全だもん。薬とかは大事でしょ、無駄にしないためにわざわざここで戦闘なんてしないし」

「……」

 昨日、まさにこの建物で戦闘となったことを麻辺は指摘しようと思ったが、黙っていた。少なくとも建物内では戦闘となったが、医薬品のある部屋ではそうならなかったからだ。薬の重要性を挙げるのであれば、その違いは些細なものであるように麻辺は感じていた。

 麻辺がそんなことを思う間、リレイは瀬良の捜索ルートを考える。いかに効率的に回るか、彼女の本心的にはいかに気に入らない瀬良を効果的に追い詰めていくか、彼女は思考を巡らせる。

(アイツは戦争がない国から来たってことは、隠密とかはできないと仮定。魔法が無いセカイだから、遠隔攻撃はない。注意するのは目視の範囲、死角。建物内部、上階からの攻撃)

 彼女は頭の中、いや、存在そのものを切り替えていく。十一歳の少女でもなく、領主令嬢あるいは未来の領主リレイ=クロッシェンでもない。この世界のありふれた構成者、試練を乗り越え認められようとする「人間」――つまり、戦闘を生き抜こうとする、敵を追い詰めその手で殺すことを求められる「兵士」である。

 麻辺はそれをただ観察する。彼女の持つ雰囲気が変わったことを彼は理解していた。

(接近戦は懐に入れない限り私が不利。違う、懐に入っても不利。アイツのジュードーは野蛮で厄介。

 最大限甘く見ても私とアサベさんを合わせたより体力はある。逆立ちでしばらく移動できるバランス感覚、あんなに頭が痛いときに私たちを運べる持久力。アサベさんが落ちそうになってるのに気づいて、私を掴む反射力と走ってほとんど間に合う速さ。……うん、ダメだ。接近戦はダメ)

「……あの、リレイさん?」

「……あっ、うん。なに、アサベさん」

「え、いや……なんか、考えてるみたいだから。あの、何か僕が手伝えれば……」

「あ、じゃあアイツの弱点ってある?」

「弱点、は……弱点……」

 考え込む麻辺を見てリレイの頭はストン、と納得した。瀬良の弱点は目の前の人間(麻辺勇一)である、と素直に思えたのだ。瀬良が麻辺に対し抱くものは友情ではなく、もちろん愛情でもない。執着と表現するには後ろめたさが感じられ、しかし突き放し関係を遮断することを――彼自身は真っ向から否定するだろうが、ある程度関係を深めずともわかるくらいには――恐れている。

 見知らぬ世界に、何の手掛かりもなく飛ばされてしまっては、元がどんな関係であれ一種の協力関係を築こうとすることを否定する人間はいないだろう。両者の感情がどうであれ、特にいじめっ子といじめられっ子という歪んだ主従関係を持つならば、それは「仕方のないこと」になるはずだ。

「瀬良君の弱点……え、あるのかな……そういえば……」

「無さそう?」

 アサベさん以外に、という言葉を飲み込んでリレイは呟く。

「あー……まあ。あの、日本だったらえっと、法律とかあるし、そういうこと言うとたぶん、瀬良君はやり辛くなるから……。あ、あと瀬良君個人だとまあ、お母さんがけっこう……」

「怖いの?」

 リレイははぐらかされた質問を思い出して、少しだけ愉快に思いながら、考える前に興味が音になって彼女の口から飛び出していた。

「あ、こっちのセカイじゃ弱点にならないことは分かってるからね?」

「それはまあ、僕も……。

 えっと、瀬良君のお母さんは怖いっていうか……怖くはない、かな。キレイで、あと若くて……五年以上会ってないけど、うん。ただちょっと、うーん……教育ママって言うのかな、……っあの、すごく自分の子供に勉強させたい人だから、……えっと、瀬良君はあまり好きじゃないみたいで」

 麻辺は記憶を探りながら言う。小学生の時、瀬良の門限が早まったことにより同学年から次第に孤立していった事実は思い出せたが、その姿はおぼろげだ。登下校が自家用車による送迎になったことも脳の奥底から引っ張り出される。その後はクラスが変わり伝聞だが、最後には瀬良の母の迎えは教室の中に入るまでに至り、瀬良は完全な異物となってしまった――というのを、麻辺はなんとなく思い出す。

「……ねえ、ちょっと気になってたんだけど。いい?」

 リレイが遠慮がちに言う。麻辺は頷いた。

「アサベさんとアイツってその……仲いいの? あの、お友達だったりする?」

「え? ……いや、それは……えー……?」

「だってさ、その、なんか普通じゃないじゃん! なんかさ、なんか……ちょっと変だよ」

「うーん……小学校の時、あ、小学校は初めて通う学校で……えっと、クラスが一緒の時は遊んだりしたけど……友達って言われると……違う、かな」

「そう? うん、ならちょっと、忘れて……」

 リレイが眉間に皺を寄せながら言った。麻辺はやはりそれに黙って頷いた。

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