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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
39/54

体温と鼓動

 瀬良が情報の収集を優先としていることを確認したリレイが、それでも彼に気取られないことを気にした声量で麻辺に問いかけた。

「ねえアサベさん、さっきあいつが言ってた『ミャク』って何?」

「脈……あ、脈はあの、あー、心臓の、えっと、動き」

「心臓の動き……。それって今測れる? あ、あの、アサベさんが測れる?」

「え、あ、たぶん……。ちょっと手、貸してもらっていい?」

「うん」

 素直に左手を差し出したリレイは、興味深そうに自分の手と麻辺の間で視線を往復させた。その視線に少しだけ居心地の悪さを感じながらリレイの手を取ると、その手首に自分の手を添えた。

「……」

「……」

 だが、麻辺はリレイの脈を感じ取ることができなかった。ただ単に知識として手首で脈を測れるということを知っていたのであり、それをしようと思ったことはもちろん、したことすらなかった。助言を求めようと彼は瀬良の方を一瞬だけ見るが、その瀬良はベッドに寝転がって二冊目の教科書を開いたところだった。その集中を途切れさせることはよくないような気がして、麻辺はリレイの細い手首の、青く透けて見える管に集中した。

 指先に彼女の血管が触れたような気がして腕時計に意識を向ければ、指先のそれを感じ取れなくなる。ならばと時計に意識を向け、一秒の間隔を頭に刻み込んでから指先で脈を探ろうとすれば、どちらも疎かになっていく。

「リレイさん」

「ん?」

「リレイさんってあの、セクハラってあの……思う?」

「セクハラって何?」

「あー……えっと、セクシュウ……? せしゅ、セク……せ、せー……。セクシャル、ハラスメン、ト?」

「うーん……」

 麻辺のつっかえながらの言い直しではリレイは理解できなかった。

「セクシャルハラスメンットって聞いたことないなあ……」

「あー……えっと、性別的な……じゃない、性差別的な……じゃなくて……あー……。たぶんなんですけど、性差別的な嫌がらせ、のはず……間違ってたらすいません」

 正解とは言い切れないが、間違いだと断じることができないところに麻辺は着地させた。自信は限りなくゼロに近い。だが、今の段階で麻辺が伝えた意義を否定できるのは瀬良だけであり、その瀬良は二人から離れている。

「それは……それは、ミャクのためには必要なこと?」

 リレイは麻辺に問いかける。「性差別」「嫌がらせ」をこれからする、と予告されて戸惑わない人間はいないだろう。話の通じる人間がその予告主であれば、できるだけ避けようとするのも自明の理だ。

 リレイ=クロッシェンという一人の少女は、その予告主のことを信頼している。だが、その信頼は十一年間共にあった両親、館に仕える人々、そして領民と比較した場合、どうしても一歩以上劣ることは否定できない。

 彼女は葛藤していた。その「嫌がらせ」が行われる原因となったのは、同じ部屋にいるもののどうしても信頼できない(瀬良)の発言によるものだ。だがそれをすることに対し、リレイが信頼している麻辺は異議を唱えなかった。彼女自身が依頼したとはいえ脈を測ろうとし、また懸念事項(セクハラ)を予め伝えてくるのは麻辺がそれをしたくない、すくなくともそれをすることに抵抗感を持っているという証明のように思えたためだ。

「必要……まあ、えっと……僕の考え、というか……できる範囲ならば、まあ……はい」

「そっかー……必要。……必要……。

 ……。ねえアサベさん。そのセクシャルハラスメンットをして、私が『嫌だ』って言ったら、その、その時はやめてくれる?」

 それが彼女の最大限の譲歩だった。麻辺の信頼には応えたい。だが、「セクハラ」は怖い。

 結局彼女は前者を優先し、そしてその延長としての依頼だった。

「それはまあ……全然。はい、あの……嫌なら言ってもらえれば、……やめる」

「絶対?」

「あ、……はい、うん、絶対」

「……ふー……っ……、分かった。いいよ、アサベさん」

 リレイはまるで、故郷に暴虐の限りを尽くす魔物の生贄(花嫁)となることを決意したような雰囲気で返事をした。実際、なされることが「性差別的な嫌がらせ」という表現がなされているのだから、それは致し方ないことである。

 一方の麻辺はそんなリレイの内心を理解できない。彼の中では今からやることが頭の中にあるからというのはもちろんだが、一番の理由は彼女の内心を想像しようとも思わなかったからだ。男と女の違い以前に、歩み寄りは元よりそちらを見ようとすら麻辺はしていなかった。

「ッ……」

 麻辺によって、リレイの上着のボタンが一つ一つ外されていく。淡々と、マネキンの服を脱がせるように彼はリレイの上着を脱がしていく。無表情で、一瞬見せた戸惑いはリレイの真っ赤になった顔に対するものではなく、上着の適切な置き場所を見つけられなかったからだ。五秒ほど彼は動きを止め、そして軽く畳んでテーブルの上に乗せ、そして左手首の時計を外す。

 白く、頼りない肌着のみとなった十一歳の少女の身体は、まだまだ「こども」である。胸は膨らみの予兆すら感じさせず、肉付きには柔らかさや包容の温かさもない。成熟には程遠く、未熟と表現するにもまだまだ青い。

「あ、じゃあ、あの……測るね」

 麻辺の言葉にリレイは無言で頷く。それに返事をすること自体が受容であり、彼女はその羞恥に耐えるために言葉を発することすらできない。ただただ無言で何度も、麻辺が自分のことを見ていないと知りながらも頷き続けた。

 麻辺はそれらを見ようともせず、リレイの脈を測ることに集中する。目線は時計に固定し、椅子から降りて膝立ちになってから、彼女の胸に耳を当てる。鼓動を聞くために適した場所を探し、彼女胸の上で微調整を繰り返す。

「……」

(ひっ……)

 リレイの頷きによる衣擦れの音が煩わしく、麻辺は右手を彼女の腰に回すと自身の方に引き寄せた。彼は一連の動きをすべて無言で行っており、リレイの内心の悲鳴は聞こうともしないし、そもそもそうなるという発想がない。「セクハラ」を気遣ったのは、単純な自己の防衛反応である。

(アサベさんは悪くない……私が変に、変になっちゃってるのが悪い……そうだよ、だってほら、アサベさん普通だもん、私が……私がおかしい……!)

 いつもどおり何も変化のない麻辺を見て、リレイは自分に言い聞かせる。そうしなければならないということが、少なくともリレイにとっては二人の関係が今まで通りのそれではなくなったということなのだが、彼女はそれを認めない。いや、混乱によってそこまで頭が回らない。

 領主令嬢として、また子を一人しか孕めなかった母を持つ身として、リレイ=クロッシェンは日本の平均的な十一歳の少女よりはるかに豊富な性知識を持つ。実際、《ロザ》のシェラクの森、その木の洞で彼女は自分の役目の一つとして「子を孕むこと」を挙げた。しかし、その知識と裏腹に彼女は極端にそれらから遠ざけられている。彼女を囲むのは基本的に女性(メイド)であり、母である。父ギルは領主ゆえの多忙から娘を溺愛しそれを隠すこはないが、それはあくまで親子の愛情であり、性愛ではない。

 かつての同級生も周囲は領主の令息令嬢。もしくは有力な、財産的に、そして人脈に大きな力を持った商人の子供らだった。その血が持つ強さゆえに、一時のそれが愛情になってはいけないという暗黙の了解があった。

 つまるところ、彼女は知識を持たされながらそこから最も遠い所に置かれていた。来る時まで清純かつ純潔でいなければならないためである。

「あの、リレイさん」

「ひぇえっ⁈」

 突然名前を呼ばれたリレイが叫ぶ。

「あ……すいません」

「う、ううん! ちょっと考え事してたから! えっと、なあに、アサベさんっ」

「あ、えっと……あの。リレイさん……ちょっと、緊張してる?」

「え?」

 緊張とは言えないが、それでも平常心ではないことを言い当てられたリレイは反射的に、ほとんど麻辺の声に被せて聞き返す。

「あの、なんか……リレイさん、異常ににドキドキしてる気がして……。普段のリレイさんを僕は知らないんで、えっと……あの、これがリレイさんの普通かもしれないけど……」

「んー、んーっとね? ちょっとびっくりしてるしあと、あとね! ほら、私、オーガスタに魔法をかけられてるでしょ? それでかもしれない。あと、あの、あぁほら、やっぱりびっくりしてて、だから……だから……」

 リレイは次第にしどろもどろになる。説明はもはや言い訳であり、言葉を続ければ続けるほど綻びが生まれていく予感を彼女は感じる。

(どうしよう、分かんない……分かんないし、分かっちゃったら……なんか、恥ずかしい……)

 内心の混乱を引きずり、また彼女の本能が追究を拒む。目を泳がせながら、彼女は不本意ながら瀬良の方を見る。瀬良は寝転がって教科書を読んでいる。彼女にはその教科書の表紙の文字が読めないが、「日本史資料集Ⅲ」と書かれている。

 瀬良が全く頼りにならないと理解したリレイは、深呼吸をした。既に、かつ再びリレイの脈を測ることに集中している麻辺の頭頂部に向かって、彼女は独白する。

「……そうだね。ドキドキしてるよ。今のこれは私の普通じゃないよ、アサベさん」

「…………あっ、そうなの?」

 まさか返事が返ってくると思っていなかったリレイは一瞬だけ目を見開く。麻辺は時計を目線まで持ち上げて、つまり彼女の方は見ようともせずに言葉をつづけた。

「じゃあ、あの、今は……えーと……今はやめて、あしぃじゃなくて、……後日にしようか?」

「ううん、続けていい。でもね、あの……普通にしたいんだ。この状態を、あの、変にドキドキしない、そういう普通に……。

 アサベさん。嫌だったら言ってね!」

 リレイは半ば叫ぶと、麻辺の返答を待たずに左腕を彼の頭に回した。それだけではなく両脚を彼の身体に回し、簡単には離れられないようにする。自分の三肢が完全に視界にあるため、リレイは右腕を失くしたことを改めて実感し胸のどこか奥が締め付けられるような感覚を覚えたが、その締め付け以上の今まで経験したことのない感覚が彼女を襲う。その感覚が何なのか、彼女は分からない。

(ちょっとくらい、ちょっとだけアサベさんびっくりしないかな……なんて、無理だよね、私、子どもだし……。

 あれ、なんで今、『子ども』って考えたんだろ……)

 ふと浮かんだ疑問を彼女は考えないことにした。その結論に指の先でも触れることが怖かったのだ。ただ、今は腕の中にいる麻辺の頭を撫でる。頭髪によりほとんど日焼けしていない、青白い肌を見ながら彼女はただ麻辺の髪の毛を指で転がした。

「……」

 リレイがどんなことをしても、麻辺は時計に集中したままだ。

「……」

 ただ、麻辺も全く気付かなかったわけではない。いくら時計に、そしてリレイの拍動に集中していたといえども、頭に左腕が回され、両脚が体を固定するのを認識しないということはあり得ない。ただ、それを指摘する必要が感じられなかっただけだ。

「……」

 そんな二人を、瀬良が眉間に皺を寄せながら見る。本当にわずかに目を離した隙にこうなるとは予測していなかったのだ。というよりも、他に人間がいる環境で、このような状態に陥ることができるというのが、瀬良にとっては単純に理解不能だった。

「何やってんのおま」

「ひぎゃあああァァあぐっ⁈ 痛、え、何、なあぁ……!」

 瀬良の問いと麻辺の反射的な驚きの発声をかき消す悲鳴をリレイがあげる。麻辺の頭に回していた左腕を引き、胴に絡めていた足を解いて彼女は反射的にその体を蹴る。突然のそれに麻辺は尻餅をつき、リレイはバランスを崩して椅子から落ちた。その際、テーブルに強かに頭をぶつける鈍い音が響く。

「何、はこっちのセリフだからな? 野宿してやろうか? ゴムやろうか、ちょうどあるし」

 瀬良の声色こそ他人をからかうような、彼が日本で仲間たち(不良グループ)と話しているときのそれと同一だったが、その表情は軽蔑の色が隠せない無表情だった。彼はその無表情のままリュックの中身を探り、目的のものを取り出すとリレイに握らせる。

「……何コレ」

「ゴム。有意義に使え。今日は野宿してやっから」

「だからゴムって何? これ何に使うの?」

「コンドーム」

「……?」

「ナマはよくないからな、うん。ほんと、頑張ったよ俺は……『後腐れなくヤりまくる』『足付きづらくなる』ってさ……。妊娠系の退学ゼロにしたしな、本当に……」

「にんっ⁉ え、ちょっとアンタ、何考えてるの! 私とアサベさんをッ、そんっ、ちょゥオっ、……バッ……カじゃないの‼」

「はいはい出てく出てく、出ていきますよー。んじゃお休みー間違っても俺に赤ちゃん抱かせんなよー抱かせたらマジぶっ殺すからなー」

「待って、ねえ! 何考えあぁぁ置いていかないで! ねえ、話聞いてよ! あーもーねえアサ……っあ、あっアサベさん! ねえ、ねえってばあ‼」

 手を振りながら部屋を出ていった瀬良を止められなかったリレイが麻辺の名前を呼ぶ。彼はリレイに蹴られて尻餅をついた時の姿勢と変わらず、指を折り曲げ、伸ばし、何か考えているようだった。

「アーサーベーさあぁぁあん!」

「……あ、はい。リレイさんの脈、平均で九十七。ちょっと速い気がするけど……」

「そうじゃないの! ねえ、アサベさん! アイツ変だよ、私たちが何かッ! 妊……うぅーッ!」

 リレイは顔を真っ赤にして、その場に蹲った。彼女がそうする理由が分からず、麻辺はただ彼女を見る。

「……あれ、瀬良君……?」

 瀬良がいないことに気が付いた麻辺が呟く。それにリレイは無言で部屋の扉を指さした。

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