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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
36/54

ワミサで情報収集  医務棟の少年たち

 麻辺はその建物の、まずは裏手に回った。彼は今までの「確認」ではじめにそこにあるゴミを見る必要があるという考えになっていたからだ。

 実際、そこで暮らしている人々がどのような人間かを知るのにゴミは重要である。正確に知ることは出来なくても大体の人数や嗜好、またその暮らしぶりを知ることができる。

 もっとも、レアリムは日本のようになにか物を得ればその包装のゴミが出る、というような生活スタイルではない。そのため得られる情報は限られるが、しかし選択の余地がわずかであった。

 生ゴミが多くあるから食堂もしくは調理場、縄や木箱があるから物品の搬入出、そして今麻辺の目の前にあるゴミ箱の中には、所々が茶褐色になっている細長い布が折り重なっていた。加えて、その布には薄緑の独特の香がある粘性のある液体が塗られている。

(……)

 麻辺はそれに触れるのを躊躇した。その理由は簡単だ。

 それらは包帯であり、ヘモグロビンが酸化した血液であり、何らかの薬草から作られた軟膏だった。もしそれらが包帯と軟膏だけだったら、麻辺は特に躊躇することなく触り、その正体を考察しただろう。だが、血液が付いていれば話は全く変わってくる。

(ささくれ、少し擦り傷、……絆創膏はいらないけど、小さい怪我はわりと……)

 麻辺は両手を見ながら考えた。病院、いや、平均的な家庭ですら手当てをしないような小さな怪我を麻辺はしていた。普段なら決して気に止めるようなものではない、本当に小さなものだ。だが、今の状況ではそれが目に見えない大怪我に繋がることを否定できない。

 《シンシェ》の医療の知識がどの程度か分からず、加えて麻辺はこの世界の病原菌に対する抗体を持っていない。そんな中迂闊に病原菌の塊とも解釈できる、おそらく怪我をしての出血の結果に触れることは誉められることではない。

 日本では医療機関や介護施設では当たり前に目にする薄手のゴム手袋のようなものも麻辺は持っていない。血液感染をする病気が、次いでその病気が《シンシェ》にあるのか、最後にレアリムにしかない病気についてが麻辺の頭の中に浮かび、そして消えていった。後にいけばいくほど情報や、それを推測するための知識がなくなっていく。

(やめとこう……。情報は大事だけど、病気になったら危ないし。

 僕は戦えない。強くない。そういう人が病気になったら……足手まといは置いていかないと、他の人達が危ない)

 情報を得られないリスクと、己が体調を崩したときのリスクを比較し、麻辺はそう決断した。そうなれば彼の行動は早く、すぐに踵を返すと表にまわり建物の中に入ろうとして、いったん立ち止まる。靴の裏を見て――クロッシェンで貰ったものの一つだ。元々履いていたボロボロのスニーカーは宿屋に置いてある荷物のどこかにある――獣の皮に草を編み込んだそれにある土を払い落とす必要があると判断した。医療施設と予測される場所に入り込むのだから、それは当然のことのように麻辺は感じた。

 数分、丹念に土を落としてから彼は建物の中に入る。

(薬くさい……)

 薄暗い板張りの廊下を歩きながら麻辺は思った。足音はその靴裏の性質から全く響かず、彼の呼吸だけが音として存在しているかのようだ。

(待合室……こっちは診察室かな……誰もいない)

 部屋の一つ一つを扉越しに眺め、書き込みを加えながら麻辺は思った。室内に入ろうとは思わなかったものの、それでも見える範囲で判断できることは、できるだけ主観を削除して書き込んでいた。

(物品庫……包帯みたいなのと、……薬入れ? よくわかんないけど、なにか液体が……あと、向こうは……薬草? 変な草……)

 麻辺は草の形をデッサンする。

 もし今の麻辺の状態を表すなら、それは「油断」だった。最大の警戒は最も簡単な形で裏切られ、またこの施設に足を踏み入れてからたった一人の人間にも出会っていなかったのだから、それは仕方がないといっても責められるものではない。

 なぜなら、()()()()()()を責める人間はいないからだ。

「――!」

 ふと感じた違和感に麻辺は顔を上げた。その次の瞬間、彼の身体は目の前の扉に叩きつけられる。内開きのそれは二人分の衝撃を受け、その衝撃の源を内側に招き入れた。

 ツンとした薬の香りに加え、麻辺の鼻は鉄のそれも捉える。その一瞬後には鉄の味と、生温くどろりとした液体が口内に下りてきたのも彼は理解した。

(鼻血……)

 ボタボタと床に鮮やかな赤が落ちるのを見て麻辺はただそう思っただけだった。背中に感じていた重量が退いたが、そのスピードから第二の攻撃が来ることを彼は考えるまでもなく察知し寝返りを打つ。その流れの中でできるだけ自然に、胸元に紙をしまい込んだ。素肌に触れる不快感はあるが、耐えられないようなものではない。

 むしろ麻辺は、その紙が読めなくなることをどこかで心配していた。

 麻辺の察知の通り第二撃が、そして想定外のことにその距離は握り拳一つ分ほどの隙間しか空いていない位置に振り降ろされた。

「あっ」

 せめて立ち上がろうとした麻辺の足を、彼自身が結んだ帯が阻む。グキッという音を彼の左足首は鳴らし、麻辺はそのまま尻餅をつく。

(やっぱりクセになっちゃってる……)

 鈍痛を訴え始めた足首が近く微熱を持ち始めることを知っている麻辺はそんなことを思いながら、右足で床を蹴って壁際まで体を移動させた。逃げ場所はなくなるが、攻撃が飛んでくる場所を絞ることができるからだ。それを無意識に行えるくらい、麻辺は暴力を受け続けていた。

 左足を庇いながら上半身を起こした麻辺が見たのは、ほとんど同時に手首に受けた衝撃を振り払いながら立ち上がる少年と、内側に破られた扉の前で木製の棒を片手に構えている少年の二人だった。その二人は明らかな敵意と、それ以上に警戒を見せている。

「……」

 麻辺は状況を素早く観察した。自分は左足を負傷、歩幅の調整のためにつけていた帯によって両足は不自由。身体能力も決していいとは言えない、むしろ底辺だ。リレイとの特訓は基礎的な体力をつける方向にシフトしていたため、攻撃の技術は皆無である。

 そして、二人の少年。麻辺に攻撃を仕掛けてきたほうは、片目をくすんだ臙脂色の布で覆っていた。もう一人、麻辺に向かい今足を踏み出した少年は右腕を吊っている。その腕を庇い、手にした武器が安定していないことからどうやら利き腕を負傷しているようだ。

 少なくとも正面から攻撃をすることはできない――そう判断した麻辺は立ち上がる。その動作で帯を床に落とすと、彼は正面からあと十歩の距離に近づいている少年のほうへ足を踏み出した。左足の痛みは気にならない。

「っ‼」

 その行動に少年の顔は引きつる。いくら怪我をしているとはいえ、そして年齢の差・体格の差があるとはいえ、手にした武器によってその攻撃範囲は圧倒的に少年のほうに分があったからだ。それなのになんも武器も持たず、丸腰で、両手を広げて無表情で近づいてくる「侵入者」には、本能的に恐怖を感じるのには十分だった。

 だが、その恐怖で足が動かなくなるような人間では少年は()()()()()()()

 一歩、二歩――腕を吊った少年は、恐怖を噛み殺して麻辺に近づく。眼帯の少年は連携のための動作に入った。

 麻辺はただそれを見ていた。現段階で一人が入ってきたところで、彼がやることは変わらなかったし、もう変えられなかったからだ。

 ほとんど目の前、武器を振りかぶる動作に入った少年の目の先に麻辺は狙いを定め、そして――



  パアァンッッ――……



 彼は両の掌を打ち付けた。乾いた音が、静寂を打ち破って室内に木霊する。

 それはいわゆる「猫だまし」だ。奇襲の一つで相手の目をつぶらせ、油断させる。目の前でそれをすることで、された方は人間として本能的に目を守るために顔を逸らせる。両手を次の攻撃あるいは防御動作に相手の目の前で移っていくという、失敗すればただ無意味に両手を打っただけで終わってしまうものだった。

 その奇襲は成功する。それどころか、麻辺の思っていた以上の成果をもたらしていた。

「……」

 麻辺は目の前の少年から棒を引っ手繰って、とりあえずの武装解除に成功していた。その重さによろめきながら、眼帯の少年に向きなおってその動きを止める。

 眼帯の少年は床に伏せ、頭を庇っていたのだ。その位置も先ほど連携の動作に入った地点からは離れ、小さな椅子や木箱がまとめられている位置だった。

 その行動は戦争の中に生きる人々なら反射的に行えるようにならなければ生きていけないものの一つだ。相手の視界からできるだけ逃れ、また捕捉されたとしても一撃で仕留めることを困難とする場所まで撤退する。

「……試験は終了です」

 麻辺は口を開く。それはほとんど無意識で、言葉を発した麻辺自身が驚いていた。だが、その驚きはすぐに消え失せる。彼はそんな感情を表には出せなかったし、そもそもそれを引きずっていくような人間ではなかったからだ。

 そんなウソの一言に警戒を解くような少年二人ではない。じわじわと距離を取りながら、彼らは合流しようとしていた。

「ワミサは……中央の命に逆らうということでよろしいですか」

 それを見た麻辺は言葉を発する。考える必要すらなかった。だが、これが正解のうちの一つであるというように感じていた。

 ふと、『嘘がベラベラ出てくるもんだ』という瀬良の声が麻辺の耳に届いた。彼は今宿屋にいるからそれは麻辺の幻聴ではあるが、かつて、クロッシェンでミランダに対して嘘をついたときに言われたことだった。その言葉に麻辺はわずかに自信を持つ。

「情報の伝達も上手くいっていません。……その様子だと、えっと、あなた達は今回のことを知らなかった」

「……」

「……ルクルー?」

 眼帯の少年が物の陰から声を発する。麻辺はそちらに一瞬視線を走らせ、その音源の位置を定めた。その視線を見逃さなかったルクルーと呼ばれた少年は眉間に皺を寄せる。

 そのわずかな表情の変化を見た麻辺は、眼帯の少年を揺さぶるほうが効果的だと理解した。

「今、我が国は情報を……えっと、噛み砕いて説明します。……あー……す、スパイの侵入を防止するようにしてるんです。これ以上は公儀のひみ……中央の、僕が属する組織の機密事項です」

「……」

「……」

「今、多くの人がいないのを()()()把握しています。……理由は述べません、正解をこんな状態の場所で言うことは我々としては避けなくてはいけない」

 麻辺は意図的に主語を大きくした。「中央」「我が国」「公儀」「組織」……具体的な名称こそ出さないものの、それでも解釈の余地は十分に残されているものだからだ。

 そんな不明瞭で、しかし大きな権力を持っていると思われる組織の人間が「ワミサ」に不信を見せる。

「あなた達を責めているわけではないんです」

 麻辺は優しい声色を出したつもりだったが、それはいつもと何ら変わりのない平坦なものだった。出し方が分からなかったからだ。

「ただ、我々の方針から今回のことは報告します。相応しくないんで……」

「それは」

 麻辺の目の前にいる、いまだ警戒の色を残し武器を奪取せんという感情を隠そうともしていない少年、ルクルーが言葉を発した。麻辺は彼のほうに目線をやり、また手の中の木製のそれを何気なく少年から遠ざけることで「話を聞いている」「質問に答える」という意思を示した。

 ルクルーは遠ざけられた武器を悔しそうに眺めてから麻辺に問う。

「何が、どのように相応しくないのか。どうとでも言えるじゃないか」

「……」

「今の僕たちにとっては、あなたの存在が療養を目的としているのに、それに専念できなくて相応しくない」

「ルクルー、それは」

「リンデに聞いてない」

 ルクルーは片割れのリンデを睨む。睨まれたリンデはその隻眼に憂いの色を乗せ、そして伏せた。どうやら精神的な力関係はルクルーのほうが上らしい。

(そういえばはじめに僕に体当たりをしたのは『リンデ』。『ルクルー』は僕が転ぶまではいなかった気がする)

 そんなことを思いながらも麻辺の口は勝手に動く。

「答えられる範囲であれば……あー、答えます、そうですね……。

 さっきも言った通りスパイの侵入防止です。そのために各施設、どのように対策をとっているか、我々は知る必要がありました」

 麻辺はルクルーに視線を残したまま椅子を三つ並べた。それらは少年たちの身長にあわされているようで、麻辺には少し小さい。だが、それを気にするそぶりは見せず、麻辺は二人に椅子を勧める動作をした。

 座る様子を見せない彼らを一瞬だけ見て、麻辺は一つに座る。まるで上位の人間がするかのような、余裕の中に傲慢があるような雰囲気を出していた。

 そんな麻辺の様子にはじめにリンデが、片割れが完全に腰かけたことを見届けたルクルーが溜息混じりに座った。ルクルーは自然な様子でわずかに椅子を引くことで、麻辺からほんの少しだけ離れ、また自身に攻撃を仕掛ける際には方向転換が必要なくらいに場所を移動させた。

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