表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
34/54

ワミサで情報収集  今日は麻辺の番

 翌朝麻辺が起きたのは、日本時間で五時四十二分だった。彼はその時刻を見るためにベッドの下から這い出す必要があった。

(慣れないなあ……)

 膝や腕に付いた埃をつまんで落としながら彼は思う。ベッドから落ちているのか、それとも無意識に移動しているのかはわからない。ただ、眠ったはずの場所と同じところで起きる確率が麻辺は少なすぎた。

 最後に髪の毛についた埃を掃い落すと、麻辺はリレイの方に向かった。老婆が警戒、つまり魔法を解いたのか、麻辺や瀬良の問題だったのか。それはついに分からなかったが、麻辺はリレイの身体に触れられるようになっていた。

 はじめにそれができると気が付いたのは、瀬良が情報収集に出てからすぐ、リレイがトイレに起きた時だった。彼女から麻辺に触れたことで「自分とリレイが触れ合えない」という訳ではないと麻辺は理解した。リレイにその魔法に心当たりがないかと質問したが、返ってくるのは沈黙だけだった。そのため「自分が触ってもいいか」と質問を変えてみれば、彼女は不思議そうに頷いた。触り方も分からない――正確に表現すれば、不思議な力によって拒絶されない触り方が分からなかった麻辺だが、それを意識しないように彼女の左手に触れればしっかりと感触が返って来た。

 彼女の左手に手を乗せたまま固まった麻辺をリレイは面白そうに笑った。そして、それ以上は何も言わずに再び目を閉じたのだ。

(うん、触れる)

 目を閉じたままのリレイの頬に触れ、その手を首に下ろしながら麻辺は思う。彼の記憶のままリレイは動いていないようだったから、麻辺はその体をうつ伏せにさせる。そうしなくては肉体はいずれ壊死するらしい、と彼の記憶の端にあったからだ。

 気道が確保されていることをしっかりと確認してから麻辺はリレイの眠っているベッドから離れ、水を飲んだ。冷蔵庫はなく、ほとんど室温と同じ温度だが、不思議と気になることはなかった。

 麻辺がピッチャーを置くと、その中身は自然と補給される。

(水って移動できないんじゃなかったっけ?)

 ふとわいた疑問を解消するため、もう一杯グラスに注いでからそれを元の位置に置けば、刹那のうちにそれは元の量に戻る。何か魔法らしい気配を感じることすらできず、麻辺はただその水面を凝視した。

(どうでもいいか……あのお婆さんがすごい魔女なのかもしれないし)

 麻辺は一人納得、別の言い方をすれば考えることを放棄して椅子に座ると、ぼんやりと窓から外を眺めた。

 今日の情報収集は彼がやることになっている。瀬良では入り込むことができないような場所、つまり軍の施設の内部に入り込もうと麻辺は考えていた。

 瀬良はその鍛えられた体格から「軍人」と称しても違和感はないように麻辺は感じている。テレビの中の海の向こうの世界。丸太のような太い腕に幾何学的な模様、大きく広い胸板には美しさの中に挑戦的な笑みを浮かべるバラとピストル――そんな様々な模様が刻みこまれた軍人達の中に瀬良がいても、彼は外見上はそこに溶け込むだろうと麻辺は思う。

 対して自分はどうか。全体的にひょろっとした細さで、しかもその細さは不健康であることを隠そうともしていない。清潔というには長過ぎて、ファッションというには短すぎる髪の毛は今でこそ脂ぎってはいないものの、それでも長年共に生きてきた陰気さを連れている。

(『兵隊になって、小銃とか使えるようになって見返したいいじめられっ子』……そんなのはいけないって諭されて、それで……。

 あんまり考えない方いいか、変に設定作って矛盾出したくないし)

 麻辺はそう結論付けると、今日の情報収集について考えることをやめてしまった。軍の施設に入り込むという目的さえ違えなければどうとでもなるように思ったのだ。

 やることのなくなった麻辺は腕時計を見る。六時をほんの少し過ぎていた。瀬良の方を見ればベッドで寝がえりを繰り返している。眠りが浅くなってきているようで、もう間もなく彼は起き上がるだろうと麻辺は予測した。

 麻辺のその予測は当たり、六時十二分に瀬良は体を起こした。不機嫌そうに周囲を見回す。瀬良の視線はそれぞれリレイと麻辺で一瞬止まり、そして通り過ぎる。最後に傍らに置いていたスマートフォンを手に取って、舌打ち。三十日以上をこの異世界(レアリム)で過ごしているが、日本でそれ以上の長い間で習慣となったそれは、まだ完全に抜けきらないようだ。

「あ、ぉお、……おはようございます」

「……あぁ」

 麻辺の挨拶にその雰囲気のままの声色で返事をした瀬良は、欠伸をしながら腹を掻いていた。

「はぁ……筋肉痛……木登りか……? 腕痛ェ……」

 やはり欠伸をしながらそう独り言を言う瀬良は、立ち上がると麻辺の向かいまでやってきてピッチャーから直に水を飲んだ。ほとんどの量を一気に飲んだ彼がそれをテーブルに置くと、やはりほんの一瞬、瞬きをしたら見逃す程度の間をおいて満たされる。

「……」

 そのピッチャーを果たして今後使ってもいいのか無言で考える麻辺が視界に入っていない瀬良は、やはり欠伸をしながら質問する。

「お前……麻辺、……お前さぁ……行かねえの? 情報収集……」

「……。あっ、えっと、行き、行きます。あの、一応瀬良君起きてからの方が……まぁ、いいかと思ったので……」

「あっそ、別にいいけど。……あ゛ー腕いってえ……重い……腕の筋肉痛とかマジ記憶に無えわ……。

 で麻辺、腕時計置いていけ。あと朝飯食った? 女将だか女将の魔法だかゴブリンだかが持ってきたか?」

 瀬良は麻辺の返答には期待していなかった。椅子に座る同級生がそういう質問にすぐに答えるようなタイプでないのは分かっていたからだ。そのためこの疑問は己で解決しようと、彼は廊下に続く扉を開けた。階下からは何かが煮込まれている香りがした。

「カレーかシチューか……あ、肉じゃが食いてえ。肉と野菜は何とかなりそうだから……醤油……大豆……大豆農家……? 異世界にきて大豆農家? ……やっぱ戦ってこそだな、冒険あってこそ。……ギルドとか無えかなぁ……。

 ……麻辺、お前聞いてんのか? 少しくらい話に入って来いや、だからお前ハブられんだ」

 部屋の中を朝食の香りで満たしたところで扉を閉めた瀬良が不満そうに戻ってくる。麻辺の向かいに座り、小言の一つでも言ってやろうとその顔を覗き込んだ瞬間、瀬良は言葉を失った。

「……」

 麻辺の顔色は蒼白に近かった。いつものように無表情なので、体調不良という解釈を人々はしない。瀬良もその例外ではなく、むしろ本能的に恐怖を抱くような、そんな感覚が彼の背中を走る。

 それを恐怖だと認めたくない瀬良は、麻辺の様子を観察した。顔色以外に何か変わったことは――と思い、自分の発言が原因だと理解した。

「……時計、別に壊すんじゃねえし隠したりもしねえから」

「……」

「形見なんだっけ?」

「……」

「……。色々調べんだよ。スマホは使えねえから貸してくれ。ちゃんと返す。土手転がしたりはしない」

「……」

「今日は便所以外に部屋から絶対に出ない」

「……」

 麻辺はゆっくりと腕時計を外した。それを最大限の警戒をもって瀬良に差し出す。瀬良の言葉や態度が信頼に値すると判断したわけではなく、ただ単に断りきる理由を見つけ出せなかったのだ。

 元々麻辺は口が回る方ではない。黙って従うか、黙って何もせず煙たがられたり嫌われたりする人生だった。彼は自分の偽りの無い意見を伝えることを諦めている。

(瀬良君、今は二年生のリーダーだし、昔は学級委員とかもやってたし……)

 形はどうあれ、麻辺の知る瀬良は何らかの団体の中心人物だった。そんな人間に意見しても最終的に聞き入れられることはないと判断しての行動だ。決して納得したわけではない。

「いや今渡さなくてもいいんだけどな。ま、んじゃ預か……借りるわ」

 瀬良は麻辺の心情を理解できないため、彼が納得して差し出したのだと思ってそれを受けとるとテーブルに置いた。そのまま彼は、最後の欠伸をしながら立ち上がってリュックの中身をさぐる。

「……ん? 教科書整理したのか? サンキュ」

「あぁ……いえ、別に……」

 瀬良の後ろ姿を見て、それから外された腕時計を見ながら麻辺は心ここにあらずな様子で返事をした。






(……)

 麻辺は紙を見ながら息を吐いた。軍の施設に侵入するためにはどうするべきか考え、まずは出入りの業者がいないか観察することにしたのだ。

 彼の頭の中に今まで蓄積されたデータは、自身で見たクロッシェンと瀬良が信用するなと言った少年が住む領地。そしてコンプィ兄妹しかないものの、青々とした緑の中にあった居住地くらいだ。それでもこのワミサの地が他と異なっていることに彼は気がついていた。

 ワミサには農地らしきものがない。今まで触れた人々は多少なりとも畑や、それに類するものを持っていたのだ。

 酒を特産とするクロッシェンの領民は広々とした果樹園を持ち、同時に共同で作る穀物の畑も持っていた。瀬良の語った少年は小作を営む農民の出だといい、少なくともその少年が働くだけの農地があることを意味する。コンプィ兄妹のそれはとても小さく二人が暮らしていくだけのものを賄うことはできなそうだが、普段は兄サイラスの獲った獣肉やそれを加工したものを物々交換しているようだった。

 ワミサの家々にも自給自足とは行かないまでも、多少の食料となる植物を育てるスペースはあるのに、その様子は全く無かった。それどころか麻辺の見える限り、生えている草はほんの数種しかないようで、なおのことなぜ農業を営まないか疑問を抱く結果となる。

 それはワミサという土地の性質によるものであり、《シンシェ》の民であれば常識であるのだが、その常識がない麻辺はただ首をかしげることしかできない。

(軍の町とは言っても、普通の人だっているはずなのになぁ……。食堂とか売店、その仕入れ……)

 そんなことを考えながら麻辺は軍の施設の、おそらく正門らしき方向から伸びる大きな道を歩いていた。習慣的に何かが通れば道ができていく。今麻辺が歩いている道は人の手によって整備されてはいるものの、その習慣の痕跡があった。

 道の中心がわずかにへこんでいる。そのへこみは幅が十センチほど――車輪のへこみと言ってもよさそうなものだったのだ。つまり、この道は何かを運ぶために長い間使われているということだ。それに従って歩けば何らかの手掛かりがある、麻辺はそう感じて歩いていた。

 だが。

「……」

 道幅はほとんど同じように保たれているし、整備もほとんど同じようにされている。しかし転々としていた建物はまばらになり、ついに消えた。明確な線――門や看板、衛兵など――はないものの、それでもワミサの境であると暗に理解できる場所まで麻辺は辿りついてしまっていた。車輪と思しき溝はその先にも続いているが、それを追うことは賢明ではないと麻辺は思う。

(一時間……違う、二時間待って……)

 そう思って麻辺は左手を持ち上げる。

「あっ……」

 だが、そこにあったのは見慣れた腕時計ではなく、尺骨が浮き出た青白い手首だった。慌てて右手首を見ても左手と同じ結果であり、血の気が引くような感覚を存分に味わってから宿屋を出る前に瀬良に貸したのだということを麻辺は思い出した。

『これを付けてたら、父さんは勇一とずっと一緒だからな――』

 もう十年も前の、ある秋の日曜日を麻辺は思い出す。別れの前兆を幼い麻辺はずっと感じていた。そこから自分の人生は面白い位に転落していったように麻辺は思う。泣いて夫に縋った母は代わりの愛情を求めはじめ、生活はその求めによって一段とばしで崩壊していった。少し狭くて古かったアパートは隙間風が吹き込む「お化け屋敷」になり、それなりに清潔だったはずの衣類はすぐにほつれや毛玉ばかりになった。「今日ね、特売だったの」「ユウがテストで百点だったからお祝い」と誇らしげに笑う母が作る温かい食事は、カップラーメンや菓子パンになったのを皮切りにまず朝食が消え、夕食が一品になり、ついに給食費すら払われなくなった。今では食事が用意されることはない。

『キュウショクヒミバライの誰かさんのせいで“みんな”がチョコパンが食べられなくなりました』

『ムセンインショクジョーシューハンがいまーす』

『このクラスにドロボーがいまーす!』

 そんな声を何年聞いたか麻辺はもうわからなかった。ならば食べなくてもいいと思っていたが、それはどうやら問題があるようで担任となった教師が無表情で、しかし心の底から面倒くさそうに麻辺の机に置く日々もあった。その置かれた給食は量が明らかに少なくて、またその乱暴さから汁物が机の上にはねることもざらだった。

(でも、仕方なかったかな)

 麻辺はそう思って頭の中を切り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ