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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅 ワミサ編
33/54

ワミサで情報収集  すり合わせ

「そうか。季節風ってやつなのか?」

 瀬良は何もないところに問いかける。その空白には約二時間前までサクロという少年が確かに存在していた。だが、その少年は仮面をつけた二人組によって、この場から存在を消した。

「火山? じゃあどっちかっつーと噴火だったのか? 桜島的な。

 …………。

 桜島ってのは……あー……俺の地元で有名だった火山の地元だけの呼び方。《シンシェ》で見たら別の呼ばれ方してる」

 何気なく口にした「桜島」というワードを存在していないサクロに問われた瀬良は咄嗟に嘘をつく。瀬良は今まで桜島に行ったこともなければ関心を持ったことすらない。ただ記憶の端にその存在が引っ掛かっていただけだ。

 何かを指され、その方向を見るような仕草を瀬良はする。これを何も知らない第三者が見たら、誰もが怪しんだだろう。地球での場合、ごく一部の例外を除けば大抵は「酔っ払い」、悪い方向で言えば「薬物中毒者」だ。日本に限って言えば瀬良のその外見から後者で見られることが多いだろう。

 《シンシェ》やレアリムから見れば、それはたった一つに絞られる。正確にいえば細かな違いはある。ただし、違いというのも例えば酔っぱらいの場合、「ビールで酔った」のか「焼酎で酔った」のか……というような、つまりその状態に至るまでの過程の違いである。

 そして今の瀬良の場合は「幻覚魔法」にかかっている、という至極分かりやすいものだ。その魔法がいったいどういうものかということは探らなければいけないが、何もない場所に話しかけ、本人としては会話が成立しているとなればそれも絞りこまれる。完全に確定すれば、その魔法を解くことも可能だ。

 しかしこの場には瀬良しかいない。誰も彼のことを見ていなかった。加えて彼が現在の本拠地に戻ったとして、その魔法を解ける者はいない。麻辺には知識がないし、リレイには経験がない。

「お前も救助活動? まだガキなん……十歳? いや、ガキだろ。大人しく避難してても責められねえだろ。ジジババ助けてお前が死ぬとか笑えねえんじゃねえのか?

 …………。

 確かに畑全滅はやべえな。……。そうか、炊きだし……。

 ……。

 いや、それ労基ヤバくねえ? 捏造……、逆らえないって……。

 …………。

 へえ。俺なら組合作ってクーデターすっけどな。話聞いただけで勃つわ。…………、……『勃つ』は……まあ、興奮する的な……説明するもんじゃねえんだよ。説明させんなよ。ほっとけ」

 瀬良の目線が上に向けられる。彼の視界にはサクロがおり、幻のその少年は決意を固めた顔をしていた。

「……。

 『カンジェバ』、はまだ行ったことねえな。ああ、行ったときはお前を探すから()()()()()()()()()

 ……。

 へー、逆召喚的な感じか? そんな高度じゃない? ……あぁそう。そうか、分かった。じゃあな」

 瀬良は何もない場所に向かっててを伸ばす。なにかを握っているような形を作り、それをわずかに上下に振った。その五秒後には一瞬驚いたような顔をして枝を観察し、直ぐに視線を元に戻すと笑みを浮かべながら幻を見送った。

 その幻が消え、一分たってから瀬良は感心したように木の枝に触れる。

(あの魔法陣は自分の意思でものを移動させるときのもんなんだな……)

 瀬良は幻のそれによって納得する。その幻は魔法を使える「クラッセ」によって見せられたものであり、瀬良の予測は概ね当たっていた。

 青い魔法陣――レモイグと呼ばれている――は、術者の自由意思で使われる魔法で、移動させる「もの」の意思も、その直前の状態から変えることをしない。つまり、ものを移動させる基本的な魔法である。

「……クロッシェンに出兵、か。マジもんなのか、とりあえず出しとけなのか……税金こえーな……」

 瀬良はそうひとり言を発しながら立ち上がった。ポケットに咄嗟に突っ込んだチラシを取り出し、それに図を描くための粘土を十秒ほど探した。

(クソ、落としたんだった)

 その事実をふと思い出した瀬良は舌打ちする。あの粘土粒以外に紙に線を記せそうなものはこの場には無かった。正確に言えば木の葉をつぶした汁であるとか、自分の血を使うとか、工夫次第ではどうとでもなった。だが瀬良は物に溢れた日本の、一定程度の生活基盤を持った男子高校生である。単純にそこまで思考が回らなかったし、それをしてまで施設の様子を描く気にもなれなかった。

(……)

 瀬良は何気なく、サクロとの遭遇までに書いていた図を見た。

(ここの収集は終わりだな)

 彼はそう判断し、木から降りようと下を見た。

「……バカすぎる……」

 瀬良は木に登るのが初めてだった。当然のことながら、その木から降りるのも初めてである。

「……」

 辺りに人は誰もいない。






「――つうわけで、兵士がクロッシェンまで出兵したせいでここはガラガラ。おまけにどっかの火山が噴火して十歳とかそんくらいのガキンチョまで救助活動だ。てことで今人はほとんどいねえ」

 瀬良はそこまで言うと一気に水を飲み干した。麻辺はそれを見届けてから頷いた。

「……えっと」

「あ?」

「つまり、あの……クロッシェンはやっぱり、あの、敵襲だったんですか?」

「そこまで知らねえよ。ただ十歳のガキ(サクロ)が『死にたくない』って言う位だしマジかもな。兄貴が兵士になったって聞いて学校抜け出したみてえだし」

「……、……」

 麻辺は瀬良の言うことに引っかかりを覚えた。だが、それがいったい何なのかは思い出すことができなかった。そのため彼は開きかけた口を閉じる。何か意見がある時ならまだしも、それがないと言って等しい状況の時に言葉を発することが賢明だとは思えなかったのだ。

 そんな麻辺に気づかなかった瀬良は言葉を続ける。

「そういや『死にたくない』っつっても普通あと五年はあんだろ。小作農だぜ? 貧民ヒョロモヤシの十歳が戦場でできることなんて自爆テロくれえじゃん。何が怖いんだか……」

「……あの」

「……。そんで、俺としてはすげえ言いたくねえしすげえ不本意なんだけどさ」

「……っあ、はい」

「この情報は信用するな」

「…………え」

「あー……言いたくなかった……一日出といてこれってマジ……」

 麻辺はたった今言われたことが信じられなかった。瀬良が嘘をついているふうでもなかったし、またそうすることに利点は今のところ見られない。頼みの綱であるリレイがほとんど眠っている現在、わざわざ嘘をついてこの場を混乱させる必要がないからだ。

 相変わらずの無表情のまま麻辺は動きを止めていた。脳が瀬良の言うことを理解はしても、その理由を見つけ出せずに信用しなかったからだ。同じ発言を日本で、そして高校であのグループに囲まれながらしたら信じたし、それを受け入れていただろう。

 そう、麻辺は瀬良の「信用するな」という発言が受け入れられなかった。

「なん……あ、なんで、ですか」

「……」

「えっと、あの、……意味が、あの、すいません……。でも、えっと……」

「これ、もういっぺん見ろ」

 瀬良は説明するのに使った、あのチラシを指で弾いた。麻辺は彼のその発言を受けて、初めてそれを手に取って見た――いや、観察した。

「……わかるだろ」

「……」

「おかしすぎる。成り立たねえ」

「……」

「……」

「……太陽……あ、外れだと思うんですけど……太陽の位置、と……影が……あの……」

「ビンゴ」

 瀬良は短くそう言うと、自棄と失望のちょうど中間のような雰囲気を出しながらベッドに寝転んだ。今朝彼が眠っていた方は、出かける直前に教科書類を並べておいて隙間がない。つまり麻辺が寝起きしていたベッドに瀬良は寝たのだ。

「……」

 寝る場所をどうするべきか、慣れた床で寝るべきか考える麻辺の心情は知らずに瀬良は不貞腐れる。

「そこまで長く俺話してねえんだよ。めっちゃ沈黙があったりしたけど、それでもそんなに影が動いたりしてねえ」

 瀬良の言葉を受けて麻辺はチラシを天井の謎の光源に透かして見た。「新装開店‼」「新台入替‼」「今すぐ登録!」――そんな裏面の文字が透けて、粘土で描かれたワミサの軍の施設の外観は異質ではあるが見辛かった。その図にはシンボルとなるような大きく高い塔を基準とした太陽の位置と、そこから伸びる影の角度もしっかりと記されている。

 それだけではない。

 それが「ある」と知らなければただの折り目だと見落としてしまうような引っかきキズ。粘土で描かれている太陽は少し位置を変えれば塔に隠れただろう。だが、引っかかれて示されたそれは、どの位置から見ても塔の先端に触れていたのが予測できる。

「何時間だか分かんねえけどさ、おかしすぎんだろ。俺は井戸端会議か? それとも油売りか?」

「……瀬良君は、あの、瀬良君だと……」

「そういう意味じゃねえわ」

「え……すいません」

 麻辺の謝罪に瀬良は返事をしなかった。

「てかさ……魔法とかで気づきたかった! なんかチートで魔法が効かない体質とか、ドエロいヒロインに洗脳解かれて矛盾に気づきたかった‼ んで魔法かけてきたやつにやりかえしてえ!」

「……」

「なんだよ、おかしすぎんだろ! 魔法に胡坐かいてんじゃねえわ、なに日本の常識で違和感持たれてんだ、やる気あんのかレアリム君は? せめてなんかさ、日本での俺だけの能力に論破されろよ。教科書じゃねえかこれ」

 瀬良は不満げに寝返りを打つと、傍らにある新品同然の教科書を手に取り、表紙を見ては次のものを手に取るということを繰り返した。数学、現代文、英語、英語コミュニケーション、世界史、化学――どうやら目的の教科書を見つけることはできなかったようで、最後に手に取った古文の教科書を彼は床に落とした。

「麻辺お前、確か『歴史何百年の割に進んでます』って言ってたよな」

「あ……はい、えっと、確か……」

「言ってた。とりあえずエジプトに謝っておけ。多分エジプトは紀元前でも太陽とその影で時間が分かるのを知ってた」

「え……」

「ほら」

 瀬良は再び世界史の教科書を手に取ると、「世界四大文明」とタイトルがつけられたページを開いて麻辺に向かって見せた。

「うわ、めっちゃ紀元前じゃねえか。……ほら麻辺、『エジプト様ごめんなさい』だ」

「あ、えと……」

「麻辺」

「……え、『エジ――」

「やっぱいい。エジプトが困ってるわ」

「……」

 瀬良はそこまで行って教科書を放り投げる。ばさりという音と共にそれは床に落ちた。

 今彼が行っていた要求は何とも理不尽だ。ただ相手が戸惑い、しかしそれに従わざるを得ない状況を作り楽しむ、一種の娯楽であり、その裏はハラスメントだ。

 その要求をぶつけられた麻辺は落ちた教科書を見ていたが、やがて視線を外した。落ちた世界史の教科書を見ていても何か役立つとは思えなかった。重力があるということは再確認できたが、それを頭に刻み混んだからといって得られるものはない。

 また、普通の人間ならば理不尽で不条理な瀬良の要求に対して、麻辺は思うことが何もなかったのもある。麻辺はそのような、何の生産性もない要求をぶつけられることはしょっちゅうであり、何らかの「罰」を受けることも同じくらいだった。要求に答えられなかった報いとしてが八割、要求に答えたものの態度が悪かったのが二割ほどだ。稀に機嫌がよく、できの悪い麻辺に教えてくれることもあるが、それは酒を飲んで酔っているときだった。ただ、酒を飲んでいるときの罰は殊更に重い。

 そして、いつの間にか普段の「罰」に麻辺は感じることはなくなっていた。今の瀬良は普段に該当している。

「あ、あの……明日は、僕があの……情報収集を……」

「は? ……やめとかねえ? 揃って洗脳される可能性もあんだろ、マジでいいわ。お前だけは正気でいろ」

「でも……」

 麻辺は引き下がらなかった。その態度は消極的で、決して人を動かすようなものではない。もし相手が動かされたのなら、上位の者として振る舞うときであっただろう。

「……あの、瀬良君は大きいから、……そうなったかもしれなくないですか?」

「……」

「あの、つまり……瀬良君、大きいですから、……兵役も終わった人だと思われたのかもしれないですし……。

 僕はまだ成長期がなくて、だから、えっと……あの、志願兵を目指す……みたいな」

「……んー」

 麻辺の発言を受けて瀬良は考えた。彼の言うことはもっともであるとはいえないものの、切り捨てるのが適当ではないと思わせた。

「……明日だけ、な」

「っあ、はい」

 瀬良の返事に、麻辺は小さく答えた。この短いやりとりで明日の情報収集は、麻辺が行うことになった。

 瀬良は顔を上げるとシーツごと教科書を床に落とした。重たい音が部屋に響く。そして彼は器用に寝返りをうち、ベッドとベッドの隙間に落ちることなく彼が今朝寝ていた方に移動した。

「……。あの僕、気にしないですけど……」

「じゃあ気にしとけ。寝る」

 その一言を最後に瀬良は眠る。麻辺はそんな様子を見てしばらく立っていたが、音をたてずに歩み寄ると散らばった教科書を拾い、一ヶ所にまとめた。

 ほとんど新品同然のそれは、たった今ついた折り目ばかりだ。それも比較的軽傷で、折り目を伸ばすように新たな教科書を乗せておけば気にならなくなるはずだ。

(……)

 そんな状態でも瀬良の教科書が「新品」と称されない理由を麻辺は手にとってはじめて分かった。

 しみついた油のにおいはもちろんのこと、数冊、「聖叡和大附属中」と書かれた教科書が紛れていたのだ。この数冊だけは何度も開かれた跡があった。

「……」

 「聖叡和」は保育園から大学までエスカレーター式の私立の学校だ。麻辺達が中学に進学するときにちょうど共学となった元女子校である。入学はもちろん編入の試験はかなり難しいというのは麻辺も知識で知っている。

 かつて。

 外は雪が降っていて、まだ昼なのに薄暗い廊下を水浸しになった半袖の体操着で歩いていたとき。聖叡和附属中落ちたと職員室の手前で泣き崩れる女子児童と、彼女を数人がかりで慰める教師を麻辺は見ていた。その女子児童は高校で聖叡和にリベンジしていた。合格体験記に彼女の名前が載っていた。

(……)

 何もかも、友人を、中学生という甘い時間を自ら捨て去り、必死に机に向かっていたその女子の姿を麻辺はふと思い出した。それは冬になっても小麦色に焼けていたはずの、色がすっかり白くなった少年の姿が重なった。

「……」 

 麻辺は瀬良の方を見た。彼は既に深い眠りに落ちている。次いでリレイの方を見て、彼女もやはり眠っているのを理解した。

 やることがなくなった麻辺は、眠たくなるその瞬間まで椅子に座っていることにした。なにもせず、なにも考えずにただ座っていることに彼は慣れていたからだ。

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