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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅のはじまり
26/54

異世界に来たからには

「あそこがお前さん達と会った場所さ。ワミサはこの道を真っすぐだ」

「はい、あ、ありがとうございます」

「つかいいのか? 肉とかお前らもいるだろ」

「いい、いい。俺達も今日の内にあそこを動く。荷物は減らしてかなきゃならねいし、証拠も残したらいかん。加工された肉なんて置いてけねいよぅ」

 サイラスは首を振りながらそう言った。彼の背後では妹のエマが左手で口を押え、右手でぶんぶんと手を振っていた。口が隠れていても分かる笑顔を浮かべていた彼女は、初めての客人を見送るために家を出る前、決して言葉を発してはいけない()()()に挑んでいた。対戦相手はリレイである。

 そんな兄妹と別れたのは八時間は前のことだ。

 二人から貰った干し肉は保存食となるので後回しにし、麻辺と瀬良はクロッシェンから持ってきた食料を口にしていた。主な食料は《シンシェ》王道の朝食の主食のウーピナを厚く、そして固く焼いたビスケットのようなもので、名前はレシン・ピナ。戦闘食としても使われるそれは乾パンに似ていた。練り込まれたハーブや穀類の味はそれを食べる人の気分を和らげるのに十分ではあったが、口内の水分を根こそぎ持って行ってしまう代物だった。

「口が……」

 保存食の代表と言えば缶詰で、また近年の改良からそれなりに水分のあるものに慣れていた瀬良は不満そうにそう呟いた。特に彼は荷車を引く役割を当然のように担っていたので体力の消耗は激しく、同時に身体が求める水分も多かった。その水分はレシン・ピナと共に彼の体に入るとはいえ、口が乾きを感じてしまってのそれでは無意味に等しい。

 麻辺はそんな瀬良の言葉を聞いたのは二度目だ。初めに聞いたとき――つまり、今食べているのは早めの夕食だ――から荷車を降り、上り坂の際は後ろから押して瀬良の負担を軽くすることを心がけてきたが、果たして意味のあることかはわからない。

(でも、乗ったままなら瀬良君機嫌もっと悪いだろうし……)

 麻辺はそう自分を納得させ、左手首の腕時計を見る。()()()()は四時を過ぎていた。麻辺はそれを見ると腕時計を右手首に付け替える。左手首にはポツポツと発疹ができ始めていた。

「っ」

「四時か。まだ明るいし少し休むぞ」

 いつの間にか近付いてきていた瀬良に手首を握られ、麻辺は一瞬身を固くする。完全に意識の外だったので、全身が警戒したのだ。その警戒の元が瀬良であると理解しても、麻辺の身体がそれを解くには時間がかかる。

 そんな麻辺の内心を知らない瀬良は呑気に、一人言と雑談を混ぜ合わせた口調で言葉を発した。

「電気とかねえのかなぁ……雷属性の魔法とか、電気属性の魔法使えるようになったらスマホつくのになぁ……」

 リレイの腹を枕にした瀬良はポケットからスマートフォンを取りだし、顔の前に掲げた。とっくに充電の切れたそれは、今ではただの四角い荷物である。文明の利器であり、必需品の一つだとこの世界(レアリム)の人間に説明しても納得する人はいないだろう。

「……てか、異世界らしいことできてねぇな……」

「…………。あっう、異世界らしいこと、ですか?」

「……」

「あ、……すいません」

 瀬良の発言の後に沈黙が生まれ、自分に話しかけていたのだと判断した麻辺は、足先しか見えない男に質問した。だが、それに返ってきたものもまた沈黙で、麻辺はそれが致命的なミスだったように感じて謝罪する。

(異世界がそもそもどういう感じかわからないのに……間違った……)

 麻辺は心の中で後悔する。《レアリム》に来てはじめに「異世界」というワードを出したのこそ瀬良だったが、麻辺もほとんど同時にクロッシェンでその結論に辿り着いていた。ただその理由も《レアリム》《ガイヴァ》という耳にしたことの無い地名や、なんとなく知識として知っているファンタジー世界を舞台とした作品が頭に浮かんだゆえの発言だった。

 そして、その知識は「フィクション」、つまり現実では決して起こり得ない()()()だということが前提となっている。

 その後悔を瀬良は汲み取れない。彼が気にしていないというのが最大の理由だ。それに、麻辺はやはり無表情だったから仕方のないことだった。

「魔法とか、モンスターとかだ。雑魚モンスターとかぶっ倒せりゃよ、適正とか分かりそうなもんじゃねえか。魔法があるのは確定だけどよ、俺が使えなきゃ意味ねえし」

「……あ、そうですね……」

 麻辺の身体の緊張が少しだけ解ける。

「で、この世界の正体を二パターン考えた。ゲーム系とラノベ系だ」

 瀬良が寝転んだまま言う。

「まずはゲーム。あの山がチュートリアル。たぶん強制負けイベ系だな。転移とか封印で記憶を失う系のソシャゲが近い」

「そさげ?」

 スマートフォンやそれに類する物を生まれてこのかた所持したことのない麻辺が聞き慣れない単語を口に出すが、瀬良はそれを無視する。

「クロッシェンがはじまりの町。リレイはあれだ、ナビのウザめの女キャラ。大抵もっとエロいキャラがガチャで出る」

「ガチャ? あの、スーパーとかのお、おもちゃ売り場の隅の」

「違えから黙れ。……そうだ、お前スマホ持ってねえんだった。

 まー簡単に言うとこのあとエロい女とかイケメンとかを仲間にして……いや、ストーリー上は特に仲間にならないか? 戦争を終わらせつつ世界の根本を知ってく系だ。エロ女は覚醒すると露出が多くなる。……実際はならなそうだな……つまんねえ。

 第一部が終わると第二部、新たな世界に仲間たちと行くか、過去編とかそういう物語が始まる」

 今手の中にある利器の所有権を得たことがない人間が話し相手だと思い出した瀬良は盛大に脇道にそれつつも簡単に説明する。

 麻辺はそれに頷いた。理解はしていない。

「で、ラノベ系はとりあえず初っぱなはハズレ能力だけどなんだかんだで最強になれる。ハーレムも作れる……けど、がっつくと失敗だな」

「は、ハーレム……?」

「要するにモテるんだよ」

「はぁ……」

「んで、俺が思うにこっちに来た理由はラノベ系だ。トラック事故……はいはい俺が悪い!」

「あの、僕は気にしてないですし……あと、えっと、リレイさん……寝てます」

 投げやりに己の責を主張した瀬良に、麻辺は冷静に発言する。麻辺は本当に瀬良に対して悪感情を持っていなかった。また、リレイの状態を告げたのは、はじめは彼女の指摘によって、次第に彼女の持つ雰囲気が鋭くなったときに瀬良が似たようなことを言っていたからだ。

 だが、リレイに関することだけは瀬良の突かれたくないものの一つだったらしい。彼は盛大に舌打ちをした。

「……で、ナビキャラ(リレイ)がMP切れ起こす半人前魔女? の時点でソシャゲじゃなくなる。知識だけはあるか回復担当なのがほとんどだけどあいつはどっちでもねえ。てか、あんなピーピー騒ぐのが序盤ででしゃばってきたらやる気なくなる」

 その不満の元を枕にしながら瀬良は言葉を続ける。

 麻辺は少しだけ移動してリレイの様子をちらりと窺い見るが、彼女ははじめからそうある人形のように彼女自身の身体の動きは皆無である。特に今は腹の上に瀬良の頭があるため、呼吸のわずかな動きすら認めることができず、まるで眠りながら安らかにその命を終えた美しい死体のようだった。

「……――で、やっぱ適性を知るために雑魚モンスターが必要なんだよ。レベルとか……麻辺お前聴いてんのか?」

「えっあ……あの、えっと……僕達がそれぞれの能力を、あの、知るために……だから……経験値を……弱い……」

「……だいたいあってる」

 麻辺は話を聞いていなかったので、咄嗟に思い浮かんだ言葉を発する。それはかなりしどろもどろなものだったが、瀬良の話の輪郭にたどり着いていた。

「でも、あの……だったら、あの山の上の……ご……ごぼう……ごぼう? ……あの三人の戦いは……あれでも良かったとは思いませんか?」

「……」

「あ、えっ、だって、あそこで()()()()()()()()()()戦ったじゃないですか。あの、ええと……あ……すいません。何でも……ないです。すいません……」

 麻辺の声は急速に小さく、細くなり消えていった。彼はうつむく。どうすればいいのか分からなかったからだ。

「チュートリアルだからだ。それか、モンスターじゃねえからだろ」

 数分の沈黙の後に瀬良が口を開く。彼は上半身を起こすと麻辺の左手を取ろうとして時計をしていないのに気づき、一瞬目の前の人間を観察して右手を取った。

 麻辺の腕時計は四時四十六分を示している。

 それを見た瀬良は無言で荷車から降りると場所を移動する。出発するのだと気づいた麻辺は瀬良から最も遠い場所、荷車の後ろに移動した。これがこの車で移動する時の二人のたち位置にいつの間にかなっていた。

 休憩の間邪魔にならないよう脇にそれていた荷車を、ある程度整備された街道に戻す。整備とは言っても長い間人間が行き来したことにより道として成立し、踏み固められたがゆえに草木がほとんど生えていないといった状態だ。

 転がる石ころに車輪を弾ませ続けながら移動するというのは未知の体験だ。

 すれちがう人は一人も現れないような状態で、二人は無言で歩き続ける。

 今日の目的地であるワミサに近づくにつれ、道は変化していった。そこにあるがままの石は小さくなり、ついには消える。彼らの視界に町らしきものは一切見えないが、それでもゴールに近づいていると理解すると、自然とその足も速まっていく。

「そういや、よっぽど人間足りねえんだな」

 荷車の重さで走ることはできなくとも、歩幅を大きくすることでスピードを出す瀬良が一瞬麻辺の方を振り返って言う。彼の額には汗が浮かんでいた。

 一方の麻辺はほとんど小走りで、なおかつ瀬良が話しかけてくるとは予想しておらず声を出して返事をするとこができなかった。そのため彼は頷いて見せたのだが、そのときには既に瀬良は正面を向いていた。

「女を出すって相当だろ。あのケービタイチョーサンだけでもウケんのに障害者(エマ)ガキ(リレイ)だもんな」

「あー……確かに女の人を兵士には……あの、あまり聞いたこと……無い気がします」

「な。そもそも女を出すのが間違いなんだっつうの。女は感情的ですぐヒスる。思い通りになんなきゃピーピー泣きわめいて『女は弱いの!』、じゃあって遠ざけりゃ『これは差別よ!』だ。

 ……そういうの抜きにしても男の方が強い。なのにデメリットしかねえ女を兵士にすんのはそんだけこの国に余裕がねえんだろ」

 ほとんど八つ当たりでは、と思いながら麻辺は瀬良の話に耳を傾ける。実際、全てを否定する気にはなれなかったからだ。ただ、彼はそれを口に出さない。この状況で瀬良に意見して事態が好転するとは思えないためだ。

「てか、そういやあの山の辺り、元々は《シンシェ》のなんだろ? めっちゃ焼き畑国に侵略されてんな」

「……あと、クロッシェンの地震が、えっと、侵略なのかもしれないんでしたっけ……?」

「四面楚歌だな……国ガチャ外れじゃねえか。焼き畑国に所属したかったわ。

 ……んー……まあ、ソシャゲでもラノベでも王道に考えりゃその内王家と関係を持てるはずだ。そこで何個か会議に意見して信頼勝ち取って……軍事革命だな!」

「か、革命、ですか」

 麻辺は思わず聞き返す。革命というのは遠い国で起こることであり、また、程度はどうあれ血の流れるものであるという印象を持っていたからだ。そのため戦争のない日本で生きてきた麻辺には具体的なイメージを抱くことができない。ただ、軽々しく発すべきものではないと思えていた。

 加えて、麻辺は決してそれを言わないが、瀬良が革命をできる人間には思えなかったのだ。

「よく考えろよ。ここは異世界、つまり日本の法律は関係無い。しかも戦争中。……日本じゃぜってーできねえこと、できるじゃねえか」

「それは……」

「正当防衛じゃねえ、本気で殺そうと思って人を殺せる。……うん、やる価値あるだろ」

「……」

「よっぽど人いねえみたいだし、戦場で無双すんのもありだな。そうすりゃスカウトされんだろ。異世界転生、ぜってーいい感じの能力が俺にあるはずだ。

 軍曹……は確か意外と下っぱだったな。総大将? 将軍? 元帥? ……それ目指して頑張るか。次の町軍の町らしいし、一騒動起きねえかなー……あ、もし俺が軍のトップになったら麻辺、お前も雇ってやるよ」

「え……」

「お前何にもできなさそうだしな。『あ……あの……』なコミュ障だし。麻辺三等兵、俺は瀬良将軍。……うん、悪くねえ」

「……あの」

「あ?」

「あの、……あ、僕はあの……『普通』になりたいんで……あの、一般市民で……あの、だから、申し訳ないんですけど……あの……」

「んだよ……くそ、つまんねえな。異世界満喫しろよ」

「すいません……」

 完全に機嫌を損ねた声で瀬良は答える。麻辺はそれに小さく謝罪した。

 そしてまた二人は無言でワミサを目指す。その無言はワミサにたどり着き、宿屋を探すために声を出す必要が出るまで続いた。

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