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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅のはじまり
22/54

喧嘩

「……んで」

 既に日が傾いた時刻になって、荷車を引く瀬良がやっと口を開く。その瞬間に彼の緊張が緩んだように麻辺は感じた。クロッシェンを発って初めての言葉だった。

「俺達はまずどこを目指しゃあいいんだ? ナンタラカンタラな学園都市はこっちであってんのか?」

「えっあ、……あの、あー」

「あのなぁ」

 麻辺が発する言葉が全く意味をなさなかったため瀬良は道の端に荷車を寄せる。そして彼は足を止め、振り返る。その表情は呆れと、少しの怒りが浮かんでいた。

 その理由が解らない麻辺ではない。瀬良が言葉を発する前に麻辺の口は動く。

「すいません」

「反射で謝るな。お前のそれは意味ねえんだよ、価値がねえ。……まあ、そうさせたのは俺なんだろうけどな」

「それは……違います」

「嘘つけ。お前、小学校ん時はもう少しまともに喋れてたぞ。そんなすぐ謝ったりもしなかった。

 ……とりあえずリレイ起こせ。ただお前を乗せてるわけじゃねえんだからな。少し位役に立てや」

「あ……、はい。えっと、……リレイさん……?」

 麻辺は荷車の上でリレイの体を揺り動かす。それを見た瀬良は再び荷車を引きはじめた。

 「領主令嬢とその誘拐犯」という設定で三人は動いている。だが、リレイが本当に領主令嬢だと知られるわけにはいかない。もしそれを知られて本当に彼女が誘拐されてしまっては、この世界のことをまだよく知らない麻辺と瀬良では対処することができないからだ。リレイを奪還すると言う名目のクロッシェンの人間も、いつ彼らに追い付くかわからない。

 そのためなんの装飾もない、いたってシンプルな服装でリレイは眠っている。意識を失っている今、その格好は初対面の時を思い出させた。

 今よりもほんのわずかに長い右腕があった名も知らない少女。右肩に最後の意識で止血を施し、()()を投げたしていた。

 そんなことを思いながら麻辺は少女の体を揺り動かし続けた。だがその少女は呻き声を上げることはもちろん、眉間にシワを寄せるようなこともしない。まるで体温を持った人形のように、麻辺の動きをそのまま伝えているだけだった。

 そんなリレイに対して、麻辺は少しずつ焦りを感じ初めていた。瀬良が言ったことを果たせない、というのがその理由だ。

(起こせなかったら……怒られる……!)

 そんな思いから麻辺の動きは乱暴になっていく。年下の、十一歳の少女に対するものではなかった。その動きの激しさ以外で麻辺の心情を理解できるものはない。つまり、無表情で意識のない少女の体を激しく揺すっている、という状態だ。いくら麻辺が十七歳の男性として小柄であっても、それは一種の暴力を想像させるくらいの激しさを持っていた。

「リレイさん……起きて、……あの、案内して……」

 麻辺の声色は相変わらず単調だ。表情も焦りを感じさせるようなものはない。ただ動きだけが激しくなり、それは酷くアンバランスだ。

「麻辺! お前いい加減にしろ‼」

 瀬良の怒鳴りで麻辺の動きが止まる。硬直と言う表現がまさにといった状態で、麻辺の思考は完全にストップする。突然電気の供給がなされなくなったロボットのように、麻辺の身体は中途半端なところで制止し、その目は虚ろだった。

 そんな麻辺を見て瀬良は大きく舌打ちしてから、より口調を激しいものとして言葉を発した。

「起きねえならそう言え! そうなら別に気にしねえよ! あとギコギコ揺らされる身にもなれ! 今下り坂なの見えねえのか糞が‼」

「……あ……」

 瀬良の言葉を受けて初めて麻辺は周囲を見渡した。

 人の気配はもちろん獣のそれもない。木製の荷車の車輪には踏み潰された草葉が数枚と、払えばパラパラと落ちていくだろう砂粒が大量についていた。そして瀬良の言うように背後の地平線はわずかに視線を上に向けたところに有り、正面のそれは視線を下に向けたはるか遠くにあった。

 そして、振り返って恨みのこもった目で麻辺のことを見上げる瀬良の腕には血管が浮き出ていて、額からは汗が滴っている。ブレザーごと腕捲りをしていることから、それを脱ぐ余裕すらなかったことがうかがえる。

「すいませ……ん」

「今ここで手ェ離してもいいんだからな⁉」

 瀬良はそう叫ぶと片腕を宙に浮かせた。支えが無くなったため数歩瀬良は前に進むことになった。そして宙にあった腕を元に戻すと、彼は無表情のままの麻辺を睨んだ。

 麻辺はそんな瀬良の肩の辺りを見ていた。目を見ることはできなかった。

「え……あ、……。いいで、すよ」

 視線を肩から地面、そして支えがなくなったときに進むであろうその先を見てから麻辺はポツリと呟いた。

「正気か」

「え、た……たぶん……。死ぬかもしれないけど……だって、あの、瀬良君には関係無いことですし……。僕と瀬良君は他人だし、それに、……それにあの、リレイさんは異世界の人ですから……」

 そこで麻辺は言葉を切った。終着点と予測される場所の一つ、大きな岩とその手前の切り株から焦点を瀬良の目に移す。

「別に死んでも、どうでもいいです」

 麻辺はそう言い切った。彼の本心だった。

「……マジ? 本気か、麻辺……」

「本気……かは、分からないですけど……」

「こいつがお前のこと呼んでたの覚えてるか?」

「はい」

「お前を見つけて走ってったのは?」

「覚えてます」

「色々話してたのは?」

「ちゃんと覚えてます。……あの、瀬良君」

「……」

「その、えっと……何が言いたいんですか?」

 麻辺は瀬良に問い返した。瀬良が自分に何を言いたいのか、本当に分からなかったのだ。

 リレイが自分になついていたことを、麻辺は現実として理解している。あの木の洞での会話の時、瀬良の口調がかなり乱暴なものでリレイに恐怖を与え、対して自分は彼女に対して恐怖を与えるようなことはしなかったからだろう、と麻辺は想像していた。

 だが、その事実と瀬良の発言を結びつける理由がなかったのだ。それぞれが別個のものであり、独立しきっていた。

「……はぁ……そっか。お前にとっちゃそういうもんか……」

「瀬良君……?」

「友情とか、そういうのお前は感じないタイプか」

「……僕、友達いたことないですし」

 麻辺はいつも通り、何も感じていないような声色で、何でもないことのように言う。その言葉に瀬良は一瞬だけ気まずさを感じさせる表情をしたが、それはすぐに消えうせた。

 瀬良の顔には、日本での彼の役割の表情が浮かんでいた。それを自らの意思で浮かべることができるくらいには、瀬良は不良に染まっている。

「……そうだったな。じゃあ……死ね」

 本気でありながらどこかで「まさか死ぬはずがない」という思いを同居させ、同時にその死をエンタメとして消費する残虐性を持った笑みと共に瀬良は荷車の持ち手部分を跨ぐと、これみよがしに片手だけで支える。

 彼が決意をしたからか、無意識のうちにストッパーがかかっていたのか――先程のようにそれが一ミリでも前進することは無かった。

「じゃ、あ、な」

 一音ずつ区切った、その簡潔な言葉を終えると瀬良はついに両手を自由にした。先程まで大きな負荷をかけ続けていたものから解放され、腕にはしびれが生まれていく。心臓が動くたびに生の源である酸素が供給されていくのを瀬良は感じていた。

「……」

 ガタン、という音と共に荷車の右の車輪が一瞬浮く。麻辺は後ろを振り返るが、その原因であるものは何か分からなかった。

 瀬良という支えを失い、荷車は自然の摂理に従ってぐんぐんとスピードを増していく。どうやら荷物の乗せかたのバランスは悪かったらしい。それはゆっくりと、しかし無視できない程度に道をそれていく。

 だが、麻辺はそれに対して抵抗しようと思うことすらなかった。自分のような人間が死ぬのは当然のことで、その死因も見た者・聞いた者に強い印象を与える劇的なものではなく、すぐに忘れ去られていくありきたりなものだと考えていたからだ。

 ピクリとも動かないリレイを見ても、彼は特に感情が動かされることはない。巻き添えにしてしまう申し訳なさはもちろん、彼女の母であるリンダと交わした言葉が脳裏に浮かんでくることもなかった。

 もしリレイに意識があれば、瀬良のその行為を大きな声で非難し、麻辺に決断させることは無かっただろう。ただ二人で口喧嘩をしながら相変わらず瀬良が荷車を引き、その車の上に麻辺とリレイが乗っていたはずだ。

 だが、これらは仮定の話である。

「……」

 スピードは増していく。ガタガタとした揺れはより激しいものとなる。

 このような状況で飛び降りても怪我をするだけだ。むしろ、ギリギリのバランスで保たれているバランスを崩すことになり、荷車が転倒することが予測された。

 その予測を麻辺はしない。

 特に生きようとも思っていなかった。優しく接してくれた少女が死ぬことに対する申し訳なさもない。生きてほしいと望んだ少女の母の思いを考えることもない。

(普通に暮らしてみたかったけど、()()普通ってきっとこうなんだろうなぁ……異世界でも変わらない)

 麻辺はそんなことをぼんやりと考える。このまま進んでいけば切り株にその車輪が触れ、大岩にぶつかることこそないがそのまま二人と荷物は深い青の中に投げ出されるのが予測された。運よくその木にぶつかれば生きているだろう。だが、幸運にもその根をこの地におろしている木々にぶつかることが無ければ、きっとそのからだは深い崖の底だろう。

(……)

 緑の中に映えていた赤。

 転がり落ち、その身を削っていく物体。

 それが脳裏に浮かんだ時、麻辺は何気なく後ろを振り返った。麻辺の目が瀬良を捉え、瀬良の目が麻辺を捉える。

 瀬良は中指を立てて見せた。教師に、イラつく同級生に、不良仲間に何気なくやっていたそれをするとき、彼の顔にはいつも笑みが浮かんでいた。敵には軽蔑と威圧を、仲間には親愛を持ってそれをしていたからだ。

 今の瀬良の顔にも笑みが浮かんでいる。だが、それはどこか引きつっていたし、彼の顔色は蒼白に近かった。

(……そっか、僕、死ぬんだ)

 瀬良の表情を見て麻辺はそう解釈する。相変わらず恐怖も、後悔もやってこない。

(走馬灯って見てみたかったなぁ……)

 麻辺はそう思いながらその時を待った。自分では抵抗することができないと理解できており、また抵抗する気もなかったからだ。彼はそのスピードを、音を感じながら待っていた。

 ――だが。

「……え」

 ふわりと、自分とそれ以外の境界線――自分の最も外側が静電気を帯びたような感覚を麻辺は覚えた。その静電気は何か不思議な“力”を帯びており、それが引力を持っているのが彼は理解できた。

 その理解の瞬間、荷車の車輪が切り株に乗り上げる。衝撃はそれ相応に麻辺に、リレイに、そして荷物に伝わる。だが、それはあくまで伝えるだけであり、その結果を完全にもたらすことはしなかった。

 荷車は確かにバランスを崩した。その車輪は確かに地面から離れる。

 だが、それらは投げ出されることは無かった。

 むしろ繊細さを併せ持つ乱暴なクレーン車に吊り上げられたかのように、荷車は乗せていたものを一切崩すことなくゆられていた。振り子のように揺れるそれは、きちんとした器具があれば粗末な遊園地の遊具と言われたかもしれない。そんな状況だった。

「おいおい、危ねえじゃねえかよぅ」

 ガサガサと草をかき分ける音と共に、気だるげな声がする。麻辺はその音源の方に視線を向けた。十秒後、その声の主が現れる。

 くすんだ金髪を後ろで束ねた、無精髭の生えた男性だった。体に草木の青いにおいが染みついている。身につけた衣類も土とほこりにまみれていた。

「だいじょぶかい、ってハハ、いきなり訳わからんオッサンに話しかけられても困るよなぁ? お嬢ちゃんも気絶しちまったかね?」

 男はリレイを恐怖で気絶したと勘違いし、麻辺も驚きと戸惑いで声が出ないと解釈したらしく困った様な、しかし人好きのする笑みを浮かべながらその後頭部を掻いた。麻辺は男の頭皮のにおいを感じたような気がした。

「んー……とりあえず、そっちの兄ちゃんにも話聞かなきゃいけないかね? ……よっと」

 彼が軽く二度手を叩くと、麻辺とリレイを乗せたままの荷車は静かに地面におろされた。地面に車輪が触れたことを感じさせないくらい、それは丁寧に行われていた。

「はい、兄ちゃんおいで~。……抵抗しない、怖くねえからさぁ、だいじょぶだ」

 男が手招きする。麻辺は男の視線を追うと、その先には瀬良がいた。瀬良は距離もあったことから当然男の言葉が聞こえているわけでもなく、坂道を引かれていく感覚に抗っていた。

「だいじょぶだいじょーぶ、怖くない、怖くないよーぅ」

 そんな瀬良に対して、母の足元に隠れる人見知りの三歳児に対して優しく呼びかける親戚のような声色で手招きを続けた。

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