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本当の自分は異世界で!  作者: うしのだ
三人旅のはじまり
20/54

太陽の見ぬ間に  ※

モブの死亡描写(地の文での説明)、性関係におわせ


(……誘拐、かぁ)

 麻辺は眠るように努力をした。だが、緊張かはたまた今の彼には説明できない何かによってか、意識が沈んだと思えば目を覚まし、起き続けていたと思えば腕時計の針が記憶にない程度には進んでいる、というのを繰り返していた。それを自覚してから麻辺に眠気はやってこなくなってしまった。努力も無駄に終わり、彼は起き続けることにした。

 準備をしようにも彼に荷物は無いと言って等しい。あの事故に遭う直前まで持っていた私物といえば、銭湯の代金と替えの下着くらいのものだった。だが、その下着をいれていた紙袋はどこかに――おそらく、日本のどこか――に置いてきてしまっているのを彼は先程思い出した。だが、あまり気にする気分にはなれなかった。

 麻辺は成長期が男性特有の急激に体格が大きくなるというものではなく、緩やかで体型の変化は中学校入学以降ほとんど無い。そのため少なくとも四年は同じ下着をローテーションで穿き続けている。ゴムは伸びきっていたし、不潔なのは分かりきっていたからそう遠くない時期に買い換えることになっていたはずだ。一番大きなサイズが手に入れることを考えれば、幼児番組の切り替わりの時期を狙うこともできる。

(馬鹿にされるかな……でも、別にいいや……どうせ布だし……。

 お金、はやく貯めなきゃ……アルバイトは禁止だし、自動販売機はカードでも買えるようになっちゃったし、公衆電話はこの間なくなった……)

 早朝、まだ日も登りきらない薄暗い時間帯の日本でのルーティンを麻辺は思い出していた。小学校入学前はそうやってよく小銭を稼いでいたが、最近では数ヵ月で五百円集まればかなりの上出来、むしろ奇跡だ。今はいかに機嫌を取るか、いかに気づかれずに()()からお金を取り続けるか、なのだ。

 そうやって集めた銭湯の代金――四百五十円――はリレイから貰ったハンカチに包んで、今は彼のポケットの中だ。彼にとってこの金額は大金だった。一般的な高校二年生であれば無くしても後悔こそすれすぐに切り替え、半年後には悔しさを感じながらも笑い話にする金額だ。だが、麻辺はそうではない。その存在を確かに太股に感じることは彼を安心させた。

(そういえば……回数券買えてなくて良かった……四千五百円は……何ヵ月かかるかわかんないし……)

 麻辺はそう思うと起き上がる。荷造りは終わっている。腕時計、小銭を包んだハンカチ、そして替えの服二着。最後のこれは自信を持って自分のものであると麻辺は言えないが、レアリムに馴染むために無断で拝借することにしたのだ。

 窓際まで移動し、麻辺は外を見る。いつもは真っ暗な空が明るい。遠く、麻辺の与えられている部屋からは屋敷の陰で死角になっているところを光源として、鈍い赤が揺らめいている。その揺らめきは薄黒い煙をより不気味なものとしていた。

 麻辺はその不気味な色を眺めた。

(……)

 あそこで人が死んでいく。生きたまま焼き尽くされる。

 悲鳴を上げ、その度に気管を焼き焦がし生命の糧である酸素を炎にくべ、その肉体を()()()()()

「……」

 どうでもよかった。

 そこに麻辺の知る人間はいない。名を言われて思い浮かぶ顔も、彼あるいは彼女の無惨な死を聞いて揺らぐ心もない。

 戦争をしている世界で、そして文明的に麻辺の暮らしていた日本の現代とは明らかに遅れている時点で、人が死ぬことは仕方ない。麻辺はそうとしか思えなかった。

(そういえば……死んだのかな、あの人)

 ふと麻辺は鮮やかな赤を思い出す。自分達の未来を、その身をもって示していたあの大男――だったもの。

(……でも、瀬良君は正当防衛って言ってたし……だったらたしか、無罪だっけ? じゃあ、別にいいや……)

 麻辺は彼について考えることをやめた。すでに起こってしまったことであり、今さら考えてもどうしようもないのだ。念じたらその人間が怪我をする前の状態に戻るというわけでもない。

 また戻るとしても、麻辺は念じることはなかっただろう。あの大男の一派に怪我をさせられた恨みからではない。戦争をしていて、異分子を発見したらそれを攻撃するのは当然だと麻辺は思う。その思いから、麻辺はその大男たちを恨むことはない。

 また、相手を突き落とした罪悪感から目をそむけるためでもない。麻辺は大男を突き落としたことを悪いとは思っていなかった。その大男が我を忘れ瀬良とリレイの方に向かい、たまたま自分(麻辺)のことは目に入っていないようだったからそうしただけだ。思った以上に勢いがつき自分もろとも落ちたときも、そういうものだ、と麻辺は受け入れていた。崖の方向へ勢いよく走れば、落ちる。当然のことだった。

 そして、足が地面から離れ自分の体が宙に浮いたとき、麻辺は自分が死ぬのも当然だと思っていた。自分のような人間が死んで、悔やむ人はいないと思っていたのだ。麻辺自身、今の生に執着していない。ただその心臓が鼓動を止めないから生きている。それだけのことであり、それ以上の理由は彼にはない。

 だからシャツを掴まれたときは、その途中で背中にかすった爪にひっかかれたところが痛い、としか思わなかった。その爪の主が瀬良だとわかったのは彼の声が上から聞こえて、それは遠ざかるどころかリレイの声も重なり共に落ちてきたからだった。瀬良とリレイが共に落ちていくことには、二人は生きられたはずなのにもったいない、と思って終わった。道連れにすることに申し訳なさはなかった。

 目の前で落ちていく大男のことは、頭の中から無くなってしまったようだった。麻辺の中にその大男が戻ってきたのは、現実か夢かもわからない、そんな状況で一人考えを巡らせていたときであり、ただ生と死のコントラストが鮮やかに感じただけだった。

 つまり、麻辺にはその大男に対して抱く感情がなかったのだ。怒りも罪悪感もない。ただ過去に起こったことであり、未来で変えられるものではない。そして、変えようとも思わない。

(全然幸せじゃなくていい。普通に暮らせたら、ここで生きていってもいいかなぁ……)

 麻辺はそう思うと窓際からベッドに移動する。もはや外の景色は興味を失い、彼の意識の範囲外だ。

 よく眠れそうだった。






 

 瀬良はリュックをまっ逆さまにし、その中身を全てぶちまけた。彼がこれをするのはすでに三度目だ。一度目も二度目もこの二時間のうちにやっていた。

 高校の新品同然の教科書、同じく新品同然のノート。唯一使い込まれているのは体育の教科書だ。体育教師のそれよりも年季を感じさせる。

(そりゃ持って帰れっつうよな……クソ邪魔じゃん)

 リュックに詰め直しながら瀬良は思う。

 文字が薄くなって読めないレシートが五枚。先輩の運転する(無免許の)バイクで行った隣の市で貰ったポケットティッシュが三つ。それの白く薄いからだを包むビニールが破れ、塾の勧誘や読む気にもならない主張のチラシにシミを作っていた。

 中華まんのグラシン紙と、記憶では同じ日にコンビニで買ったフライドチキンの包み紙。買ったまま忘れていた飴は大袋の中でほとんどが砕け、半年前に賞味期限を迎えていた。一度目にひっくり返したとき、その飴玉は大袋のなかでほとんど全てが溶けて小袋にくっついていた。瀬良は一度目の時それを三十分かけて一つ一つ剥がした。

(これ覚えてたらあそこまで喉渇かなかった……糖分補給もできたし、ぜってーもっと山越え楽だった……)

 瀬良はそこまで詰め直してため息をついた。見たくないものが、二グループ残っている。だが、リュックの中にそれを戻さなくてはいけない。ぶちまけた数分前の自分を彼は呪った。三度目の呪いだった。

 すっかりくしゃくしゃになった――夏休み前なんかに学校の机の奥から発掘される、忘れ去られたプリントのような――数枚の紙。中学校の卒業式の日程と離任式の案内が書かれたもの。瀬良はどちらにも参加しなかった。

 高校の入学願書のコピーにはホチキスで受験票が止められている。この二枚は生涯の番のように同じようなシワがついていた。その番号の判子が押されている合格通知。

『お、ゴーカクしたのかカオチャン』

『やさしーやさしーセンパイがプレゼントだー』

 そんな声が瀬良の頭の中で、まるで昨日のことのように思い出された。古びたアパートの一室で渡されたのは、缶チューハイとコンドームだった。それが何かを理解して顔を赤くして言葉を出せない瀬良に『カワイー』と面白そうに笑った金髪や茶髪の上半身はブラジャーかあるいは“彼氏”のシャツを羽織っただけ、下半身はあわよくばというのが願望ではなく()()となるスカート丈の女たち――

 あの日瀬良の頬を紅潮させた原因がここにそのままあるというのは、そういうことだ。コールと共に瀬良はチューハイを恐る恐る一口含んだが、そのあとの記憶は八時間分ない。ただ歓迎会の意味を調べたくなりながら部屋の掃除と風呂の準備をしたのをしっかりと覚えている。

「アホらし」

 瀬良は呟き、乱暴にそれをしまう。それも三度目だった。まるでループしているかのように彼は同じことを繰り返す。

 そして同じように、彼は動悸を感じないふりをして最後のもう一グループを見た。グループとは言っても、そこには一つのものしかない。だが、しっかりと自分の存在を直視させたいかのように毎回それは離れたところに転がり落ちるのだ。

 伸縮性の警棒。

 無我夢中、無意識のうちに他者を傷つけたそれ。視界の端にとらえたものに、瀬良は自らの意思を持ってそれを振り下ろした。突然の敵襲に気が立っていたということもある。それに、冷静になればほとんどの人間が瀬良の行為を正当防衛だと主張しただろう。

 だが――

「クソッ……」

 折れ曲がり、あり得ない方向を向いた右腕が今目の前にあるように瀬良は思えた。それに誘発され煤けた白い肌が、焼け焦げた肉が、散らばりながら落ちていく体が瀬良の目の前に現れては消えていく。

「ふざけんな……出てくんな……! 俺が、……俺が、臆病者みてえじゃねえか……っ!」

 瀬良は呟く。頭を抱える手が震えているのが彼にはわかった。

 その時は緊急事態で瀬良にそれを咀嚼する余裕はなかった。リレイの魔法によりクロッシェンに飛ばされた後もそれについて考えることはなかった。

 唯一それに触れたのは、麻辺に対し彼が大男を突き落とした行為を「正当防衛」だと伝えたときである。瀬良はそれを伝えるのが必要だったように感じたのだ。確定ではないが、麻辺は人を殺したのだ。その行為はフォローしなければ、せめて「あの殺しは仕方なかった」と言い訳できる何かが必要だったように瀬良は思ったのだ。

 その後は、忘れていた。いや、瀬良は思い出そうとしなかったのだ。他人の骨を折るようなことをするのは彼は初めてだったし、そもそも麻辺とリレイが《ロザ》の業抱隊に与えた損害の方が大きい。瀬良のそれはそんな二人の行為に埋もれるものだったのだ。

 瀬良はあの行為を肯定するタイミングを完全に失っていた。むしろ麻辺のそれに言い訳を与え、リレイの目線を戦場で逸らせたことで、彼一人がそれを自分の中に留めてしまったのだ。

 何気なく買った、そして最大の武器となっていた警棒を見て瀬良はそれを克明に、事実以上のものとして思い出していた。

「もういいだろ……俺は誰も殺してねえんだよ……仕方ねえんだ、仕方なかったんだ! 殺してねえよ……何もできねえんだから……諦めたあのババアが悪い、警備隊長のクセに何もできないあのババアが……。

 俺は悪くない……何もできないから……何も……仕方ないんだ……言うことは言った、……俺には何の力もないから……仕方ない、俺は悪く……」

 瀬良は自分に言い聞かせる。だが、それは遅すぎたし無意味なものだった。自分の無力さを再確認するという、彼の真に望むものとは真逆の行為だ。

 「グラッぺ」と言われても瀬良はそれがどの辺りかはわからない。だが、その方向が様々なものによって示され、だいたいの見当がついていた。そこに住む人々の顔を瀬良は思い出せる。

 明日には、いや、今まさにその顔を持つものは欠けていっている。

 瀬良は警棒をしまうのを諦めた。それに触れるのが単純に嫌だったのだ。

 ベッドに寝転がると、それに確実に寝れるのは今日が最後だと彼は自分に言い聞かせる。

 だが、眠れそうにはなかった。

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