第3話 〈闇の臣民〉
このアルハゴン王国には『5年鑑定制度』という制度がある。
まず、この国に産まれた赤子は父親によって国民登録される。
産まれた5年後には城から宮廷鑑定士がやってきて、その子を鑑定する。
『5年鑑定制度』の目的はアムハゴン王国のため。
もし、希少な最高神に愛された特別な能力を持つ神子がいたら城に連れて行って重宝するし、もし、災いの種となる子はその芽を摘み取る。
つまり、殺すか、国外追放か。
そのための『5年鑑定制度』である。
5歳になった私は誕生日パーティーを終えて、明日には宮廷鑑定士が自分を鑑定する予定になっていた。
私の人生の分岐点が着々と迫っていた。
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スレファン伯爵邸
「んー!! 朝は気持ちいいなぁ。マリア、練習着と剣を持ってきて!!」
「はい、お嬢様」
私はどこまでも広がる、雲一つ無い青空を見て、ぐっと伸びをした。
昨日のパーティーではとても傷ついたけれど、これが貴族社会。
頑張って生きていかないと。
そう思っていると、メイドのマリアが私の練習着と剣を持ってきた。
私はネグリジェから練習着に着替えると、剣を持って庭に出た。
私はこそっと藪から父の剣の特訓を見ていた。
そして、父から少し離れたところで剣の練習を始めた。
剣の練習が終わると、マリアはすでに風呂と着替えを用意しており、風呂から上がると、立派な朝食が用意されていた。
いつもの光景、いつものこと。
私は朝食を食べ終えると、家庭教師のヴィヴァールのスパルタ授業を受けた。
「マリア、もうすぐお城から宮廷鑑定士が来るのよね?」
「ええ、そうですともお嬢様。お嬢様はこんなにもお出来になられるんですもの、この王国に貢献する人となるでしょう。楽しみですね」
「うん!!」
ああ、そうマリアと話していたのを昨日の様に覚えてる。
もう9年前の話だけれど……
マリアとそう話していたら、城からの使者1人と宮廷鑑定士1人が茶色の馬に乗ってやってきた。
マリアに連れられて、庭に出ると、大きな魔法陣が敷かれていて、宮廷鑑定士が鑑定道具を揃えていた。
鑑定士は私にひざまずき、鑑定用の水晶を挟んで、鑑定士と向き合った。
鑑定士が目を閉じろというので、目を閉じた。
「ああ、母なる最高神よ、豊かなる海よ、生命の満ち溢れた森林よ、この者を見たまえ。この者を見て、この者が何者なのか、私にお教えしたまえ……〈神の鑑定〉!!」
その瞬間、雷が当たったような痺れた感覚が私の体を巡った。
……そのあと、錯覚なのかもしれないけれど、真っ黒な霧みたいなのが自分の体から出てきて、またすぐに戻っていった。
あの時感じた恐怖はまだ覚えている。
得体の知れないモノが自分に宿っているって感じがして……
私は宮廷鑑定士の方を向くと、宮廷鑑定士は私のことを恐怖の対象のような目で見てきた。
全身から冷や汗が噴き出し、顔は青白く、顔色が悪かった。
「な、なんてことだ……」
「どうした!! 宮廷鑑定士、鑑定の結果は!!」
使者は宮廷鑑定士の肩を持って、前後に揺さぶった。
しばらくすると、宮廷鑑定士は使者の揺さぶりを止めると、ふぅと吐息をついた。
「こ、この子は……災いの種だ、とてつもなく大きな……この子は、〈闇の臣民〉だ」
ザワザワとしたざわめきが、その時吹いた風によって止められたかのように、しん……と静まった。
「や、〈闇の臣民〉だと!! 今すぐ殺せぇぇぇぇ!!」
「火あぶりにしろぉぉぉ!!」
「国外追放にしろぉぉ!!」
そんな畏怖と狂気に満ちた声が私の周りから聞えてきた。
私は悪夢を見ているようだと、幻がおきている様だと思った。
(誰か、この悪夢を止めて……)
憎たらしいほどに光る太陽のおかげで、あたりはぼんやりとした白々しい景色に見えた。
この悪夢を終わらせる方法があれば、私は喜んで命以外のすべてをあげようと思った。
このまま悪夢が進行すれば、自分に残っているのは死だけだから……
「来い、エピナ」
悪夢の最中、私に声を掛けたのは父だった。
普段、厳格で厳しい父が今は倍以上に厳しく見えて、私はすくみあがった。
言われるがまま、父についていき、自分の部屋に軟禁された。
私は椅子によっこらせと座り、体育座りで座った。
こんなのはあまりにも酷だと、神は私のどこが気に入らなかったのだろうと頭の中でぐるぐる考えていた。
火あぶりされるのだったら、身一つで国外に追放された方がよっぽどマシだと、私は思った。
やがて陽は落ち、あたりは黒に限りなく近い青黒い闇に溶けた。
泣かずに体育座りで膝に顔をうずめていると、ガチャとドアが開いた音がした。
私はサッと顔を上げた。
入ってきたのは、マリアだった。
マリアは私に金貨2枚と着替えとパン1切れと水の入った水筒、ランプを詰め込んだ肩掛け鞄を私にあげると、玄関に案内した。
玄関には父と母、使用人たちが全員集合していて、私を冷ややかな眼で見つめていた。
私は母を見つめた。
母はアルビノのハーフなので瞳も髪もグレー、肌は日焼けしない色白な肌だった。
母は私が自分を見つめていることに気づくと、サッと顔をそらした。
私は国外追放で済んでよかったと喜ぶべきなのに、その時、心が冷えた気がした。
父は大きな肩掛け鞄を持つ私にずんずんと歩きよった。
そして、私に向かって手をかざした。
「アムハゴンの王よ、貴族としてふさわしくない者を、平民の世に送り出すため、貴族の証となる『ソレイル』の名を消し、失格の烙印を押したまえ。〈名消し〉」
私は父が貴族魔法を使ったのだと、一瞬で理解した。
私は誇り高きアムハゴン王国のスレファン伯爵家の令嬢ではない。
ただのエピナ・スレファンだ。
〈闇の臣民〉というどうでもいい証をつけただけの……
そう思っていると、左肩にじわじわとした痛みを感じた。
痛みを感じた部分を見てみると、ジュウゥゥゥという音と共に『失格』という文字が烙印を押されていた。
私は貴族ではなくなったのだ。
「エピナ」
「はい、お父様」
「お前はアムハゴン王国の者ではない。貴族でもない。よって、お前は今すぐこの国から出ていけ。国境警備兵がお前が国から出て行ったという知らせがあるまで私は目を光らせている。覚えておけ……そして、10年はこの国に足を踏み入れるな。分かったな!! さっさと出ていけ!!」
「……さようなら! お父様!」
私は恐怖と怒りが混ざったモノが腹の中でぐつぐつとマグマの様に噴き出しそうになった。
だが、私はそれを抑え、屋敷の門から出て行った。
そこから、国境の門をくぐり、隣国に逃げた。
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これが9年前の私のあり様だ。
子供の私は無力で、自分が〈闇の臣民〉の力を悪用しないと言えばよかったのに、私は言わなかった。
大人たちの言う通りに鑑定させられ、家を追い出され、旅をした……
あの時、母のそばで私を見ていた弟は、どう思っただろう。
可哀想と同情したのだろうか。
それとも、父や母、他の大人と一緒で、私を恐怖していたのだろうか。
それとも。私を惨めだと思っただろうか。
ははっ、と私は心の中で嘲笑した。
惨めだと思ったに決まっている。
なんでも完璧できていた姉が大人に追い出されていく様を見ていたのだから……
「ふぅ~」
私はそこまで思い出して、吐息をついた。
ヴィアノとヴィアナは今だこちらを見つめている。
嘘をついてこの親子をだますよりも、真実を言って家を追い出されて野宿した方がマシだと私は思った。
大丈夫。
こんなこと、初めてじゃない。
「はい、私は〈闇の臣民〉です。すみません、自分が悪役にされた絵本を読んでいると、なんだか少し泣けてきちゃって。すみません、家から出て行きますね。闇の王の魂が宿った悪役がいたら、寝心地、悪くなるでしょう? では」
そう言って、私はソファの隅っこに置いてあった肩掛け鞄を手に取ろうとすると、誰かの手が私の手をとめた。
私の手をとめたのは、ヴィアノさんだった。
「やめなさい。言ったでしょう、私はお客様をおもてなししないと気が済まない性分なの。大丈夫、たとえ〈闇の臣民〉であろうと、お客様はお客様よ」
私の目から涙が盛り上がった。
すごくうれしかった。私を普通の女の子として扱ってくれるのが。
「あ、ありがとうございます……」
「あ、泣いてるわね」
「おかーさん、おねーちゃん泣かしたー」
「違うよ、これはうれしい涙なの。だからお母さんはすごいんだよ?」
「そーなの?」
ヴィアナは首をかしげている。
意味が分からなくてもいい。
これはとてもうれしいことなのだから。
今日、初めて〈闇の臣民〉であることが私の嬉しさを2倍にした。