第2話 幼女期
さて、どこから話そうか。
といっても、私の誕生からかな。
私は南ではそこそこ有名なアルハゴン王国のスレファン伯爵の長女として、12月〈氷雪月〉の28日に産まれた。
メイドに何もかも任せ、何不自由ない生活を……と言いたいところだけど、残念ながら私は変わり者だった。
伯爵令嬢にしてはね。
自分が何かあった時のために、何でも体験しときたかったんだよ。
メイドと一緒に夕食を作ったり、父の稽古を盗み見て剣の練習をしたり、父の書斎から魔法書を盗んで自分の部屋で魔法の特訓をしたりした。
おかげで、5歳になった時の誕生日パーティーは最悪だった。
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スレファン伯爵邸、エピナの誕生日パーティー。
父が借りた音楽団が心地よい音楽を奏でている。
客たちは酒を飲み、踊り、このパーティーの主役である私にひざまずいた。
侯爵、公爵、大公、王族には私がひざまずいて、ここに来てくれたお礼の言葉を言ったけど。
それよりも、どこからか視線を感じる。
妬ましい嫉妬の視線。
私の新緑の瞳はぎろりとその視線の先を見た。
そこにいるのは今夜のパーティーに招待した貴族の令嬢だった。
(ああ、私のことを嫉妬しているのか)
そう思えたのは自分のこの体型と頭の賢さだった。
この頃の貴族の令嬢は地味に太っている。
私の様に馬の稽古をしたり、剣の稽古をしたりしないからだ。
珍しいということで皆が褒めたたえているのは私の耳にも聞こえていた。
なので、私を妬んでいるのだろう。
私はカツカツと令嬢達のもとに向かった。
令嬢達はビクッと震えたが、フンッという鼻息をついて、私を見つめてきた。
「なんの用でございまして? 主役の方がこんな隅にいてはパーティーも盛り上がらなくってよ?
エピナ伯爵令嬢様」
「私は嫉妬の視線を感じてここでやってきたまでです。ルリアーナ子爵令嬢、私がお尋ねします。
私に何の御用があるのです」
「うっ、うるさい!! ちやほやされているのも今夜のうちよ!! あなたはすぐに人生のどん底に落ちる ことね! お父様もお母様もエピナ伯爵令嬢様の様になりなさいと、賢く、美しくありなさいと言って!
……死ねばいいのに」
「ルリアーナ子爵令嬢、嫉妬の感情はやがて自分を滅ぼします。嫉妬する前に自分を磨くために努力をなさ
った方がいいと思います。それに、上位の令嬢に『死ねばいいのに』という言葉は不敬にあたりますし、令嬢としての言葉にはふさわしくありません。それではごきげんよう」
私はクルリと背を向けると、父と母の元へ戻った。
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私の心の中に刺さった『死ねばいいのに』という言葉の棘はいまだ私の心の中に刺さっている。
……それに、彼女の話はまさに明日の私を予言していたのだから。
まぁ、それはさておき、私の弟のことを話そうと思う。
私の弟は私が3歳の時の8月〈盛夏月〉の12日に産まれた。
名前はアムホム。
私とは全く対照的な弟だった。
私は1人を好んだけれど、アムホムは大勢でいることを好み、私は魔法を得意としていたけれど、アムホムは剣を得意としていたし、私は大人しくて礼儀正しかったけれど、アムホムは明るく元気で、礼儀作法のれの字も知らないわんぱく少年だった。
私は氷柱の様に冷たく大人しかったけれど、アムホムは太陽の様に温かく元気だった。
ある日のこと、アムホムは私に尋ねてきた。
「姉上、あなたはなぜこんなにも完璧なのですか?」
「……完璧?」
確かに、私は礼儀作法も文字も算術も普通の子より早く覚えて、5歳にしては上出来だったのかもしれない。
でも、完璧とは程遠い。
多分、幼い弟は私の姿を見て、憧れ、私が完璧なのだと錯覚しているのだ、と私は思った。
私は可愛い弟の髪を撫でてこう言った。
「いい? アムホム。私は完璧ではないわ。上には上がいる。魔法も私が完璧なのだと思っちゃダメ。この世界の魔法使いや魔女は私よりも素晴らしい魔法の力を持っているわ。だから、私は完璧ではないのよ。そもそも、この世界に完璧な人などいない。それを心の中によーく、刻み込むのよ」
月並みな言葉だったかもしれないが、幼いアムホムは私の言うことを信じて、毎日を過ごしていたと思う。
朱色の髪に、私と同じ新緑の瞳、色白な肌。
剣の才能に満ち溢れ、正義感と優しさを持ち、皆に親切。
まるで、童話の勇者ルカダルトの様だと、当時の私は思った。
そして、私が闇の王なのだと。
そう時々思うことがある。
私は水、火、風、土、光魔法が流通するこの世界で珍しく闇の魔法を使えた。
それも、まるで宿っていたかのように完璧に。
この力が後に災いをもたらすものだとは思いもしなかった。