第1話 記憶の彼方
第1話 記憶の彼方
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「た、助けてくれぇ!!!」
なんでこんなことになってるんだ。
俺は旅商人のフォトム。
塩をジャーブル帝国に運ぼうとしていたらAランクの魔物に襲われた。
護衛は壊滅。
今にも魔物は俺に襲い掛かろうとしている。
もはやこれまでか。
俺は目を閉じた。
……
死の瞬間は俺に来ない。
そっと目を開くと、あのAランクの魔物は地に倒れ、目の前には魔女風の少女が立っていた。
雪の様に白い肌、新緑の瞳、艶やかな栗色の髪、胸の赤いブローチ、紫のドレス、灰色のローブ、茶色の編み上げブーツ。手に持っているのは恐らく闇魔法系の杖。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった。ありがとう」
「いえ、とんでもありません。〈忘却〉」
少女はそう言うと、俺の記憶を奪い去っていた。
最後に微かに見えたのは少女の寂しそうな後ろ姿だった。
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私はエピナ・スレファン。
元は『ソレイル』という貴族名を持つ伯爵令嬢だったが、今は魔女だ。
さっき、Aランクの魔物に襲われていた商人を助けたが、彼は私のことを覚えてはいまい。
闇魔法の1つ、〈忘却〉をかけたからだ。
用心の1つだが、かけるたびに哀しくなる。
たとえ、また会い、私が覚えていたとしてもあちらは覚えていないのだ。
「ふぅ……」
1つ吐息をつくと、瞳を閉じ、心を落ち着かせた。
いかんせん、毎度毎度心を落ち着かせなければ、5歳のことを思い出してしまう。
父が私を家から追いだした、あの時を。
私はいつものように宿をとると、部屋に入り、金袋から手持ちの金を数えた。
「金貨2枚、銀貨4枚、銅貨5枚。ちょっくら迷宮行きますか」
私はベッドから降りると、冒険者ギルドへ行く準備をした。
冒険者ギルドは子供でも分かる派手な場所だ。
銀色のピッカピカの建物で、3階建てだ。
私はギルドに入ると、依頼板を見る。
「東の森の迷宮」
ランク:Bランク
場所:アソタ谷を越えた森
記録:5層階/20層階
出現魔物:光魔法系魔物
ふむ、これにしよう。
私は依頼板の「東の森の迷宮」の依頼書に冒険者カードをかざした。
依頼書には「エピナ・スレファン」と刻まれている。
これで依頼の引き受け手続きは完了。
私はギルドの地図を受付から借りると、ギルドから出て行った。
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アソタ村に到着。
水と食料を買い込むと、ほとんど空だった肩掛けカバンに突っ込んだ。
村人の話を聞き、迷宮の噂を聞いた。
天使の手下がいるだとか、太陽の化身がいるだとか。
そいつらがなぜ、東の森の迷宮に集まっているかは知らないが。
そもそも、光魔法系の魔物って珍しいし。
ていうか、私だったら1日で階層突破できるかもしれないし。
そしたら、宝箱開けて金銀財宝ゲットだし。
でもトラップ宝箱はホントに怖い。
トラップ宝箱は魔物の一種だが、もし開けてしまったら、噛みつかれて、永遠に離さないという。
……考えるだけで震えてしまう。
ともかく、東の森の迷宮に行かなきゃね。
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「〈魔王の一撃〉」
「ハッ‼ 800年も生きてきた私が、私がぁ‼」
「おやすみなさい、女天使さん。〈死神の鎖〉」
「アアアァァァ!!」
どうするんだよ、もう20階層のラスボス倒しちゃったよ。
ドォン‼ 大きな効果音をつけて、宝箱が天上から落ちてきた。
ビビッた、なんだ、宝箱か。
開ける前に鑑定しないと。
「〈鑑定〉」
-〈天使の迷宮〉本物宝箱‐
と出たので、遠慮なく開けさせてもらう。
中には金銀財宝の他にマジックアイテムや魔石などが入っていた。
以外と豪華だったので、目を$マークにしつつ、リュックサックに入れた。
後の魔物はカス程度のものだったので、瞬殺だった。
迷宮から出ると、茜色の空が私を迎え入れた。
谷の橋を渡っているとき、ふと足を止め、夕日を見つめた。
深緑色の森と灰色の谷がオレンジ色の夕日に染まって絶景だった。
村に着き、宿に泊まるために宿を探していた。
「うーん、なかなか見つからないなぁ」
「何が!?」
「うわぁ!!」
地図と睨めあいっこしていると、5歳ほどの幼女が割り込んできた。
さして珍しくない金髪の髪の毛を三つ編みにした可愛い女の子だった。
「お姉ちゃんね、この村の宿を探してるんだけどなかなか見つからないの」
「そりゃそうだよ!! この村に宿なんかないもん!!」
「えっ!!」
この村にきて1番の衝撃だ。
まさか宿が無いなんて……!! 悪いが野宿はごめんだ。
一旦街に戻って……いや、もう陽は傾き始めている。
闇はもうすぐこの村を覆うだろう、それで魔物に襲われたら大変だ。
私は再び「うーん」とうなった。
「お姉ちゃん、私のおうちに来る?」
「えっ、いいの?」
「うん!! お母さんもきっといいよって言ってくれるよ!! ついてきて!!」
女の子がそういうので、遠慮なくついていかせてもらった。
このまま行って大きいお友達に攫われないといいが。
まぁ、んなことはなく、小さな家に連れてこられた。
「まあまあ、ヴィアナがまたお姉ちゃんを拾ってきたの?」
「うん!!」
「ちょっと待て、『また』ってどゆこと?」
私のツッコミを無視し、親子は会話を続けた。
「お嬢さん、あなたのお名前は?」
「エピナです。エピナ・スレファン」
「エピナさんね、私はヴィアノよ」
名前から分かる親子関係。
「さて、夕食の準備をするわ」
「私、手伝います」
「まぁ、ありがとうね。でもいいわ、お客様をおもてなししないと気が済まない性分なの。そこに座っててちょうだい」
「すいません」
「お姉ちゃん!! 座って、座って‼」
ヴィアナが私の手を引っ張り、椅子に座らせた。
そして、絵本を差し出した。
題名は……『闇の王と勇者ルカダルト』か。
「読んで、読んで!!」
「うん、読もうね」
私は絵本を開き、読み始めた。
この世界でもっとも有名な童話を。
この世界のはるか上に神の住まう神聖界があった。
最高神と7人の神様がおり、その神様達は神聖界の中心にある〈神ノ宮〉に住み、その下には〈神の臣民〉が住んでいた。
神様達は全部で8人。
最高神、愛の女神、戦いの神、精霊の神、豊穣の女神、海の神、森林の神、死の神。
この8神は支えあい、協力し合い、下界を治めてきた。
だが、この世界の更に下、冥界を治めている死の神ハクロスは悪魔との契約を結び、冥界を自分のものにしようとした。
しかし、その悪魔は魔王の次に力を持つ最上級悪魔で、毒で弱らせた死の神ハクロスを乗っ取り、冥界の上のこの世界を滅ぼそうとした。
一方、この世界では少年ルカダルトがすくすくと育っていた。
正義感に溢れ、優しく、皆に親切で、剣の才能に満ち溢れた少年だ。
彼は家族や村人たちと共に平和な日々を過ごしていた。
だが、闇が世界を覆った。
闇のドラゴンが村を炎に包み、村人を焼き尽くした。
ルカダルトは復讐に燃えたが、復讐の力で敵を倒してはいけないと思い、善の想いで挑んだ。
闇の王ハクロスは世界を闇で覆い、光魔法をこの世からなくそうと考えていた。
だが、ルカダルトが仲間を率いて、闇の王ハクロスに立ち向かった。
満身創痍で闇の王ハクロスを倒すも、闇の王ハクロスは己の魂をある赤子に宿した。
幸い、その赤子の魂の力が強く、ハクロスは意思が欠如し、力だけがその赤子に宿った。
それを何百年、何万年と繰り返しているうちにも、神聖界には大変な危機が迫っていた。
神聖界は野蛮な魔物が侵入し、混乱と畏怖が入り混じった空気が流れていた。
〈神の臣民〉は恐怖の叫びをあげ、7神達は魔物たちと闘った。
〈神の臣民〉はとうとう〈火〉、〈水〉、〈風〉、〈土〉、〈光〉の種族の5人しかいなくなってしまった。
5人の〈神の臣民〉は下界に下りる覚悟を決め、魂をこの世界の赤子に宿した。
魂の力が強い赤子にしか入らなかったため、ハクロス同様、意思は欠如し、力だけが赤子に宿った。
それを何百年、何前年、何万年と繰り返し、今に至る。
〈神の臣民〉の魂を宿す者はこの世界に6人しかいない。
火、水、風、土、光の臣民は清き素晴らしい魂と偉大なる魔法の力を持ちながら、この世界に存在している。
だが、〈闇の臣民〉にだけは気を付けよ。
そなたの魂を闇の力で奪い去るかもしれぬから……
ポロッ。
「あ、いけない」
「お姉ちゃーん、なんで泣いてるの?」
ヴィアナが私の顔を見つめた。
ここで涙を流したら、分かってしまう。
「……あなた、もしかして〈闇の臣民〉でいらっしゃるの?」
気付くと、頬に一筋の涙がつたい、絵本に一粒の涙が落ちていた。
目の前にはサラダを持ったヴィアノが先ほどまでとはうって変わった冷徹な眼で見ていた。
私の体は抑えようもなく震えてしまう。
この瞬間に私の運命が決まってしまうから。
この瞬間ほど、私が〈闇の臣民〉であることを恨んだことはない。
力を手に入れたが、家族を捨てた……いや、捨てられた。
今でも覚えている。
父が冷徹な眼差しで私を見下ろし、『ソレイル』の名を奪い、屋敷から追い出したあの日のことを。