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第4話


窓から外へと飛び出して滑空するのは奇妙な体験だ。

本来、空を飛ぶのにどれ位のエネルギーを使わなければならないのか、詳しくは解らないが飛行機やロケットなど見れば膨大なエネルギーが必要なのは解る。

けれど、今の状況はどうだろうか?


「あまりキツく締めないで。痛い」

「あっ! すっ、すまん!」


細い腰から慌てて手を放し、彼女の肩に手を乗せる。

意外にも二人分の体重を乗せながらでも安定感がある細い箒に跨って宙を舞っている。

簡単に折れてしまいそうな竹箒(たけぼうき)なのに、何の苦も無く空中を飛ぶさまは間違いなくファンタジーの領分。

奇々怪々な世界だからこそ出来る不可思議な現象として認識しないと、今までの常識が砕け散って塵も残らない。

科学万歳? 何をバカな。

こんなファンタジーを知ってしまったら今までの自分の常識なんて極端に小さかった。

いや、そもそも科学も難しい公式だの理論だのと、詳しく調べようとすればよく解らないものじゃないか。

そう考えると何だか受け入れられそうな気もするかもしれない。


「……いや。夢だ、これは」

「なに? 声が小さくて聞き取れなかった」

「何でもない。それよりどうするんだ? どうしたらこの悪夢から覚められる?」


それこそが最優先の重要事項だ。

寄り道なんて絶対にしたくはないが、急がば回れという(ことわざ)があるように、寄り道もしなければならないならするしかない。

何でも、どんな情報でもいいからまずは情報を得なければ。


「詳しくは私にも分からない。私の記憶はここに来た最初の頃と、さっきのこと以外は朧気にしか覚えていない」

「じゃあ情報はゼロ? 出来れば攻略本並のことを期待してたんだが」

「攻略本? どんな本かは知らないけれど……全ての元凶はあそこに居るはず。見て」


彼女が指さすのはこの世界で極端に目立つ曲がり歪んだ坂の上に存在する巨大な城だった。

城、というのは全体的に見たぼんやりとした表現だ。

細かく見れば所々がヒビ割れ、先端は歪み、窓ガラスは硝子とは到底思えないほど何故かギラギラと輝き、城壁に描かれたカボチャのマークが何処かファンシー。


「あれは? って元凶っていうくらいなんだ。アイツしかいないか」


頭に浮かぶ少女の姿。

真に受ければの話だが、中二病のような設定を敷き詰めたような話だったが今の現状からは否定の材料が全くないことを考えれば会わなければならない相手なのは間違いない。


「そう。そしてあそこに何らかの帰るための手がかりがあってもおかしくはない」

「じゃあ、まずはあの城に行くのか?」

「それが出来れば苦労はない。結界がある。空からの侵入は自殺行為」

「はぁ? 結界って……そんなの見えないけれど」

「見えない? そう……魔法の素養がなければ見えないのかもしれない。結界に触れると侵入者が来たということが城中に伝わってしまう程度はあるはず」

「一種の警報装置ってことか。確かに赤外線は肉眼じゃ見れないしな」

「セキガイセン? よく解らないけど、納得できたならいい。けれど真正面から行くにも危険が多い」


確かに。街の中はこれでもかと言わんばかりにフィーバー状態の怪物たちがウヨウヨしている。

イケメンが女性をお茶に誘う、または何処ぞの野球少年が家に誘いに来るぐらい気安さで殺しにかかってくる可能性は否定できない。

一般人たる俺がゾンビ映画のような過激な行動は原則慎むべきだ。

なぜか? 命知らずじゃないからだ。


「安全な道はないのか? 手前で降りるとか」

「空を飛べるのが私たちだけなら。今は見えないけれど翼を持った奴や他の魔法使いがいたと思う」

「捕まってゲームオーバー。なら他のルートは? 下水道とか」

「暗所で臭い。それに爆発する可能性がある。それでも行く?」

「か、可燃性ガスか……どこぞの国じゃあマンホールの蓋が空高く舞い上がったって話もある。ダメだな」

「……なら次の手段」

「何かあるのか? まさか諦めるなんて言わないよな?」

「違う。情報屋に行ってみる」


情報屋とは何なのか訊こうとしたとき、唐突に箒は行き先を変わる。

地上へと、重力に引かれたリンゴのように墜落する。

行き先は建物と建物の間の通路、その路面だ。


「ちょちょちょ!? なになになにっ!?」

「魔力切れっ!? 鈍ったか……いや、これは干渉されてるっ!?」


線路の無いジェットコースターが向かう先は、寄り道などせずまっしぐらにゴールを目指してる。

舌を噛むかもしれないなど一切考えずに悲鳴をあげる。

徐々に近づいてくる舗装されていたであろう道は、怪物たちが奇跡的に居ないのに地面がめくれていたりしている。

このまま衝突しようものなら悲惨さアップは間違いないだろう。


「くっ! 言うことっ、きけっ!」

「やばいやばいヤバイって!」


箒を握りしめ、彼女は暴れ始めた箒を何とか制御しようと努力している。

迫り来る路面にもう半ば諦めかけたとき、背後の刷毛状の部分から火花が散る。

路面と擦りあいながらも、箒は地面と平行に猛然と前進していた。


「飛び降りてっ!」

「えっ!?」

「早くっ!」


腰に手が回っているはずなのにどうやったのか、目の前から彼女の姿が消える。

そして代わりに見えるのが前方の光景……目算で五十メートルほどだろうか。T字路が現れる。


「ぬぁあもう!」


箒から身を投げ出し、まるで映画のカーアクションのように身体を丸めて転がり逃げる。

もちろん訓練を受けた俳優とは違い、体中を滅多打ちにされながら。


「ごほっ! げほっ! いっってぇ……」


生きてるのが不思議なくらい全身の痛みと朦朧とする意識。

何で家に閉じこもっていなかったのか激しく後悔したくなるが、家にいれば怪物たちの仲間入りすることになることを考えれば安いもんだと意地で起きあがる。

前を見ればT字路に柄の部分が半分ほど埋まっている竹箒が見える。


「どんな、速度だよ……」

「大丈夫?」

「死ぬかと思った。アンタは?」

「この程度なら何度も経験してる。問題ない」


そう言うと彼女は竹箒を引き抜きに向かい、そのあとを追従しながら尋ねることにする。


「何が起きたんだ?」

「何者かに箒の制御を奪われた。干渉されないように何重もの結界を張ってあったのに。でも結界が壊れた様子はなかったけれど」


彼女の言う結界とかはよく分からないが、制御を奪われたというのは所謂(いわゆる)ハッキングのようなものだろう。

結界がファイヤーウォールだとして、コンピュータがハッキングされて制御を何者かに奪われたということだと思う。

だが彼女は、そのファイヤーウォールが壊された形跡がないのにハッキングされたことを不可解に思っているようだ。


「その結界ってやつを上手くかわして制御を奪ったっていうセンは?」

「干渉の方法は幾つかある。けれどその全てに結界が張ってある」

「予防は完璧ってことか」

「そんな訳ないじゃない。ホントに人間はバカねぇ」


女性の声に彼女と視線が合わさるが、さっきまで話していた彼女の声と明らかに違うので二人で周囲を見るが人っ子一人いない。


「どこ見てるの。バカなのは頭と顔? なら頭部は要らないんじゃない?」


その馬鹿にする声は、自分たちの上から聞こえてきた。

詳しくいえば箒が突き刺さっていたT字路の壁の上からだった。

見てみれば、そこに居たのは白いネコだ。

ただし白い猫といっても普通の猫とは違い、あの自分の部屋で出会った黒い猫を彷彿とさせる姿をしている。


「あらやだ。間抜け面もいるわね。バカ面と間抜け面が並んでるなんてちょっと面白いじゃない?」

「ず、ずいぶんと馬鹿にしてくる猫だな」

「不服? バカをバカだと言ってはいけないの? 初耳だわ」

「なんて生意気な猫……!」


白い猫に腹を立てていると、視界に飛び込んできたのは横に立っていたはずの彼女が箒を横薙ぎに振り抜こうとする姿だった。

何一つ躊躇のない一閃を、しかし彼女の箒は白猫に届く前に見えない何かによって止まっていた。


「お前が、干渉したのか?」

「そうよ。バカな旦那が最後まで仕事をしなかった所為で私が来ることになったの。単細胞で脳筋な貴女には難しかったかしら? ごめんあそばせ」


空中で薙いだ状態のまま止まった箒を、箒が動かないことを確認すると彼女は身軽な曲芸師のように片手で箒を軸にし回転。

壁の上、猫へと蹴りを入れようとしたが白猫には既に行動が読まれていたのか飛び跳ねて避けられてしまう。

塀の上で対峙する猫と彼女。

一見すると魔女と猫では仲間に見えるから奇妙な光景に見えてしまう。


「なにが目的で現れた?」

「格の違いが分からない脳筋には難しくて理解できない話だと思うけど、そっちの子に伝えないとならない話があってね。わざわざ私から来てあげたの。心の底から感謝してくれる?」

「……そりゃどうも」


話すたびに嫌気がさしてくる白猫に言葉だけのお礼をいう。

相手は人語を話す化け猫。つまりこの世界の怪物たちと同じなのだ。

実力が天と地ほどの差があっても、白旗をあげるつもりは全くなかった。


「生意気ね。でもいいわ。いちいち相手にしてあげるのも時間の無駄にしかならないし。簡潔に説明するわ」

「説明? いったい何の説明だ?」

「もちろん、この世界からの脱出方法よ」

「「っ!?」」


二人して白猫が言ったことに驚いてしまう。

この世界の怪物であるはずの白猫が、この場所から脱出方法を教えてくれるなど信じられる訳がない。


「やっぱりバカね。どうせ、敵である私がそんなことを教えるはずがないって顔をしてるわ。ふふん、そんな狭量な主を私たちは持っていないわよ」

「理解できない」

「そうかしら? なら圧倒的強者の余裕と言い換えたほうが貴女程度の頭にも理解できるかしら? 否定できない事実だものね」

「……チッ」


小さな舌打ちが響き、彼女は黙って白猫を見つめる。

警戒はしたままだが闘う意志は互いにもう無いのだろう、雰囲気が和らいだ。


「よろしい。では少し話をしましょうか。アナタたちにも解るようにねぇ?」


まるでその白い猫は、童話に出てくるチェシャ猫のように嗤うのだった。



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